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少年が言った。
静香は少年に頷いて見せた。
「○△□!!」
少年の異国語と共に、黒馬が走りだした。
猛烈な勢いで静香めがけて突進してくる。
静香も、すでに構えていた。
牙次を斬ったときの構えだ。
背中を向けているため、迫ってくる男爵と黒馬の姿は見えない。
ただ、牙次のときとは違うところが、ひとつあった。
静香の両眼が、斬る瞬間だけではなく、構えている段階から爛々と緑色に輝いているのだ。
静香は微動だにせず、男爵を待った。
男爵はすさまじい速さで一発の弾丸の如くなりながらも、正確に長槍を静香の身体に定めていた。
見物していた誰しもが、男爵の長槍が静香を串刺しにしたと思った刹那。
静香の身体が回転し、長刀を抜き放った。
静香が身体を捻りつつ抜刀したため、男爵の槍はぎりぎりで目標を外した。
静香の着物が裂け、さらしを巻いた胸が露になった。
それと同時に静香の斬撃は超速で馬上の敵へと打ち込まれていた。
いったい、どのような軌跡を描いて長刀は走ったのか?
見物している人々はおろか、攻撃を受けた男爵本人もまるで分からなかった。
男爵の身体が右腰から左肩にかけて、鎧ごと両断された。
構えていた大盾も、まるで紙のように切断されている。
鮮血を撒き散らし、男爵の半分が落下した。
下半身を含む部分は黒馬に乗った状態で走り去っていく。
少年の悲鳴が空気を裂いた。
自らの主人の予期せぬ無惨な最後に衝撃を受けたのだ。
地球儀を放りだし、男爵の死体に駆け寄った。
母国語で半狂乱に泣き叫んでいる。
他の人々は、あまりの凄惨な決着に水を打ったように静まり返った。