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男爵の兜には傷ひとつ付いていない。
「むう…」
侍は唸ると、その場にへたり込んだ。
自らの刀を茫然と眺めている。
笑い声がした。
男爵の兜が揺れている。
男爵が笑っているのだ。
「○△□○△□」
何かを喋った。
「男爵様は」
少年が通訳した。
「ジパングにはサムライという強者が居ると聞いて来たのに、口先だけの腰抜けばかりだと仰せです」
静香が人だかりの前へと出た。
男爵の正面の立つ。
「私が相手しよう」
静香の声に聴衆はざわついた。
静香が女だと分かったからだ。
「○△□○△□」
男爵が言った。
「男爵様は女とは戦いたくないと仰せです」と少年。
主人の語調が少年にも移ったのか、その顔には嘲笑めいたものが浮かんでいた。
「お前のほうが腰抜けだな。女が怖いか?」
静香が言った。
少年が、みるみるうちに青ざめる。
唇が震えだした。
「○△□」
男爵が少年に言った。
静香の言葉を訳せと命じたようだ。
少年は一瞬、躊躇したが、男爵の兜に何やら耳打ちした。
「○△□○△□!!」
「男爵様は大変ご立腹です! 全力で立ち合うので後悔するなと仰せです!」
「○△□○△□!」
「今度は先ほどとは趣向を変えると仰せです!」
少年が聴衆に向けて叫んだ。
男爵は静香をその場に残し、自らの黒馬へと歩いて行く。