〔6〕
風花が、闇夜に白く煌めいた。
朝日と共に幽鬼は霧散するが、夜明けまではまだ時間がある。庭の残骸をレンカに見張らせ、他の幽鬼が出現していないか『地獄釜』まで確かめに行ったクヨウが戻ると、二人は身を寄せ合って月を眺めた。
「日の下で最後に会った朝、酷い事を言った。謝るよ」
謝罪に首を振るレンカを見つめ、クヨウは寂しく微笑んだ。
「あの朝日は、これから鬼になろうとしている俺が見た、最後の光だった。人を捨てれば、お前と添い遂げる事は出来ない。でも俺が、お前を守るには、この方法しか思い付かなかった。ムゲンは朝夕の日光に耐えられる上に強い。策を巡らせ油断させる為にも、お前に嫌われた方が良かったんだ。本当は俺一人でムゲンを斃し、嫌われたまま姿を消すつもりだった」
「このまま、日の光を避けながら一緒にいる事は出来ないのか?」
すがるようなレンカの眼差しに、クヨウは目を伏せる。
「無理を言うな、出来るわけが無いだろう? あと数刻で日が昇る。霊山の登頂に光が差す前に俺は、闇に紛れ姿を隠さなければならない」
「行くな……頼む……。ううん、お願い……一緒に、いて欲しいの……私……」
言いかけた言葉をクヨウは、そっと指で塞ぐ。
「言うな、レンカ。言えば俺は、お前を闇に攫ってしまうだろう。でも、お前を連れて行けば必ず後悔すると解っているんだよ」
「私は後悔などしない!」
「それでも……」
クヨウはレンカの手を取り、サクラの大木の下へと連れて行った。
「見ろよ、レンカ。冬だというのに、この蕾は開きそうだ。狂い咲きとも徒花とも言うが、実を結ぶ事は出来ずとも、寒空の下で健気に咲く桜は儚く美しい。そして、枯れているように見えながらも春を待ち、逞しく冬を耐えぬく力強さを思わせる。お前も、この桜のように強く逞しく、生きて欲しいのだ」
「クヨウ……一人では強く生きられない。お前がいなくては、心が折れてしまうだろう」
「心配するな。俺は、いつでもレンカの側にいる。お前が務めで危険な目にあえば、影から加勢してやろう。寂しく眠れない夜があれば、庭の影で一晩中見守ろう。そして勤めが解かれる十八歳の夜。再び姿を現し、お前に斬ってもらおう。最後はお前の手で、終わらせてほしいからな」
「いやっ……いやだっ!」
激しく頭を振るレンカを優しく抱きしめてからクヨウは、突き放すように肩を押した。
「クヨウ……!」
霊山の頂が、うっすらと白い光に包まれ、クヨウの姿が消えた。
レンカの足下には、美しい桜の金細工が朝日に眩く輝いていた。
二年後、十八歳になったレンカは婿を取る事もなく、「これより先、幽鬼を狩る必要は無い」と言い置いて姿を消した。
一族の者は疑い警戒し、暫く十六夜の見張りを続けたが、レンカの言ったとおり二度と幽鬼が出現する事は無かった。
ある者はレンカが名のある寺に出家したと噂し、ある者は鬼となった恋人と異界で幸せに暮らしていると噂したが、その真実は誰も確かめる術を持たなかった。
〔終〕