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小話 ある日の出来事

ちょっと一章で語られなかった部分の補完みたいなものです。

前半部分は本来7月7日に投稿する予定でしたが、タイミングを逃し、結局今投稿することになってしまいました。

 これは、ヨータがミカを助けに行った後の話である。


「本当ごめん、ありがとう」


 そう言ってヨータは部屋を慌ただしく出ていった。後にはサラだけが残される。

 サラはしばらく彼の去った方を見ていたが、ほっと息をつくとベッドに再び倒れ込むように寝転がる。


(ちょっと汗かいちゃった)


 昨日からずっとヨータを抱き留めながら寝ていたのだ。この夏に、そうなるのは無理もなかった。

 サラは心の中でそんなことを考えながら、先程のヨータの顔を思い出す。

 すこし寂しそうだった。でも、揺れる瞳には何か強い意志があった。まるで……、親しい誰かを想うような……。

 サラは自分の胸元をギュッと抑える。


(やっぱり居るんだ、そう言う人が)


 ミカって名前なら、きっと女の人だ。その人が、今迷宮で大変な目に遭っているとヨータは言っていた。

 あんなに狼狽していたんだ。かなり親しい間柄であったに違いない。

 ……なんだか変な気分だ。サラはそう思った。

 何もおかしいことは無いのに、この胸のざわつきというか、違和感はなんだろう。

 サラには自分で自分の気持ちが理解出来なかった。

 と、サラがしばらく悶々としていたところに、宿屋の看板娘であるナギサから朝食に呼ばれた。

 サラは一旦モヤモヤした気持ちは振り払うことにして食堂へと向かったのだった。

 




「あれ? ヨータさんは?」


 サラが席に着くと、ヨータがいないことに気づいたナギサが彼女に聞いた。

 サラはヨータが今日は用事がある旨を伝える。

 その返答を聞いたナギサは困った表情を作って言った。


「ヨータさんの分ももう用意しちゃったんだけど……」


 サラは普段ヨータが座っている方の席に目を向ける。確かに自分の前にある料理と全く同じものがすでに配膳されてしまっていた。

 

「あの、勿体無いですし……私が食べましょうか?」


 サラは慌ててそう申し出る。せっかくの料理がこれでは粗末になってしまう。そう思っての申し出だったのだが、ナギサは彼女に気にしないように言う。

 ナギサは少し考えてから、何か思いついたように、手をポン、と叩く。そしてサラに向かってその考えを口にした。


「よし、じゃあ私がサラちゃんと一緒に食べちゃおう」


「えっ、お仕事とかは大丈夫なんですか?」


 彼女の言葉にサラは驚いて聞き返す。ナギサは手をぷらぷらと振りながら問題が無いことを伝えた。


「大丈夫、これから休憩だし朝ごはんもまだだったんだ」


「なら良かったです」


 ナギサの答えで大丈夫であることを確認すると、笑いかけて来た彼女に対し、サラも笑顔で返した。





「ん! 今日も美味しいです!」


 朝食はいつもナギサの手料理である。今日も例外はなく、彼女の料理が出てきた。

 

「そう? 良かった」


 ナギサとサラは隣同士で食事を摂っている。

 そうやって二人で雑談をしながら朝のひと時を一緒に過ごす。


「うん、やっぱり寂しそうだったしね。そんなこともなくて良かった良かった」


「へっ、私はそんなんじゃ……」


 ナギサにそう言われ、慌てて顔をペタペタ触って確認するサラ。


「まぁ顔にすっごい出てたからね。私でもわかっちゃうよ」


「……うう」


 ナギサが笑いながらそういうと、少し顔を赤くして俯いた。


「……どうしたの? 私で良かったら相談に乗るよ」


「えっと……」


「あっ、無理しなくてもいいよ。私、ついお節介働いちゃって」


「いえ、そんなことないですよ! ありがたいです。それで、相談なんですけど」


「うん」


 話し始めたサラにナギサは相槌を打つ。サラはひと息置いてから続けた。


「ちょっと朝からなんだか気持ちがモヤモヤしちゃって……」


「それはどうして?」


 分からない。理由が本当に。

 だからモヤモヤしているのだ。

 サラは先程と同じように胸元を軽く抑える。


「分からないんです。ただ、ヨータさんのことを考えていると、変な気分になるというか……なんというか」


「ふむ、なるほどね」


 サラの話を一通り聞いて、ナギサはしばし思案する。が、すぐに顔を上げ、ぴっ、と人さし指を立てて提案をしてきた。


「じゃあ、神様にお願い事! してみたら?」


「えっ?」


 サラはなんのことだかよくわからず、間の抜けた声を漏らす。

 ナギサは部屋の隅にある、一本の植木を指さした。


「ほら、あれ。ササグサっていう木なんだけど、あれにお願い事を書いた紙を括り付けて天にいる神様にお願いするの」


「どうしてそんなことを?」


「ほら、これから秋になって農作物の収穫の時期がくるじゃない? それの豊作祈願よ。元々は」


「へぇー、そんなことが」


 サラは彼女の説明に感心したように、しきりに頷く。

 ナギサは更に続けた。


「私の住んでた地方では有名で、大きな祭りもやったりするんだけどね。まぁ、とりあえずやってみなよ。自分の気持ちが分かるかも」


「はい!」


「その前に食べ終わってからね」


「っ、はい!」


 サラはナギサにそう注意され、慌てて返事をするとご飯を口にかきこんだ。





(うーん、これは気づいてないわね)


 サラが短冊に願い事を書いて去っていった所で、ナギサは彼女の願い事をチラリと確認した。

 願い事には、


”ヨータさんとミカさんが無事で帰って来れますように。ヨータさんとこれからも仲良く過ごせますように”


 とあった。

 文面を見るに、今ミカが迷宮でなにかあったのだろうことを理解する。

 ナギサはそれをみて軽くため息をつく。


「ライバルはミカちゃんだけだと思ってたのに、思わぬ所に伏兵がいたものね」


 もう一度だけ、文面を確認してから、入り口の方を向いて、外の騒がしい雑踏を眺めながら独り言を呟く。


「でも、そっか……ヨータ君はやっぱりミカちゃんのことが好きなのか」


「あっ、ナギサさん! 今日もお仕事手伝いますよ!」


 と、そこにサラが戻ってきた。ナギサは慌てて短冊から目を逸し、彼女に向き直る。


「どうしたんですか?」


 ナギサの挙動不審な様子に、サラが不思議そうに聞く。

 彼女はなんでもない、とその場を取り繕うとサラを伴って仕事を再開した。


「私も頑張らなくちゃ……ミカちゃん、無事でいてね」


 ナギサのその小さなつぶやきは誰の耳に入ることもなく空気に溶けて消えていった。





 話は変わって、ヨータ達が去ったあとの迷宮での出来事だ。


 ヨータを見送ったあと、ガロンは早足でレウヴィスがいるはずの場所へと向かう。

 彼らは殺したと言った。本当に死んでしまったのか。レウヴィスは自分の目の前から本当に居なくなってしまうのか。

 気掛かりでしょうがなかった。


「レウヴィス様……」


 彼は自分達の一生の主だ。それは絶対に変わらない。

 それは何故なのか。

 ガロンは考えた。

 レウヴィス様は俺たちを拾って育ててくれた。……俺たちははぐれモンだ。他の奴らとは違う。欠陥品のようなもの。

 捨てられていた俺たちを拾って育ててくれたのだ。

 自分は魔物だから人間の心はよく分からない。でも、一端の情くらいは持ち合わせていた。

 ガロンは想った。

 彼が、レウヴィスが居なくなってしまうのは嫌だと。生きていてほしいと。


「っ、レウヴィス様!」


 ガロンはあの空間の中へと入り、少し行った場所でレウヴィスを発見した。彼は血溜まりの中心にうつ伏せに倒れて動かない。

 彼はレウヴィスを抱き起こすと、肩を揺する。


「レウヴィス様! レウヴィス様!! 返事をして下さい!」


 だが、いくらガロンが呼びかけても、レウヴィスがそれに反応することは無い。


「レウヴィス様! こんな所で死んではいけません! 俺との約束はどうするつもりなんですか! レウヴィス様はそれが果たせるまでずっと待ってくれると言ったではありませんか!」


 ガロンは諦めない。彼の肩を揺すり続ける。


「だから、……だから目を覚まして下さい! レウヴィス様!」


 しかし、彼がガロンの言葉に反応することは――


「ん? ガロンどうしたの?」


 あった。

 レウヴィスは目をぱっちりと開けて、ガロンの方を見ている。


「……レウヴィス様!」


 ガロンは喜んだような、驚いたような、変な声で彼の名前を呼ぶ。レウヴィスはすっくりと立ち上がると、自分の体の具合を確認し始める。


「おーすげー、生きてるよ私。本当にすげー」


「レウヴィス様、ご無事で……!」


 彼の元にひざまずきながら、気持ちのこもった声でガロンはいった。そんなガロンにレウヴィスは話し掛ける。

 

「あ、ガロン、ちょっと頼みたいことあるんだけどいい?」 


「はい? ……何なりと!」


「ふふ、ありがとう。私、しばらく()()行ってくる」


「……え?」


 ガロンは、そう言ったものの、次の瞬間彼の口から出た言葉に疑問符を浮かべる。


「私、しばらくヨータについてくことにしたんだ。だからさ、しばらくの間ここお留守番しててもらっていい?」


「え? ……え? ちょっと待っ」


 急に変なことを言い出したレウヴィスに困惑するガロン。しかし、レウヴィスはそんな彼のことは気にもかけない。


「じゃあ、そういうことだから。いってきまーす!」


 レウヴィスは言うだけ言うと、すぐにその場から消えてしまった。後には放心状態のガロンが残される。


「……は?」


 ガロンは呆然とするしかないのだった。





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