第一話 帰還と思わぬ来客
――疲れた。
ここ最近の出来事に対する感想はとにかくこの一言に尽きる。
この一週間、いろいろな出来事が有った。有り過ぎた。
現在、僕は宿屋の一室に戻ってきていた。部屋に居るのは、僕の他に、留守番してくれていたサラと、ミカ、そして思わぬ来客の四人だ。
「ねぇねぇー、なんでワタシは縛られてるんだい?」
「あんた自分がやったこと分かってないでしょ!」
間の抜けた声でそう聞いてきた目の前の少女――レウヴィスにミカは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「えー、解いてよー」
頭に一対の角を生やした少女はそれでも態度を変えることなく、ギチギチに縛られた全身をうねうねと動かしてみせる。
「あ、あの……ヨータさん?」
ぎゃぁぎゃぁ言い合いを続ける二人の様子をオロオロしながら伺っていたサラは、僕に困ったような視線を送ってくる。
「待って……、これには深い訳が……」
そこまで言って、僕は頭を抱える。どう説明したものか。
唸ったところで目の前の問題が解決するはずもない。ないのだが、上手く言葉にできない。
「とりあえず、説明すれば長くなるんだけど……」
「一体何が……」
サラならきっと分かってくれる。そう信じて僕は迷宮での出来事を彼女に話した。
「な、なるほど。よく分からないですけどよく分かりました。その、レウヴィスさんが実はすごく危ない人で、だからこうして縛って転がしているわけですね」
僕の話を聞いたサラは、どんな反応をしていいのか分からないのか、納得したような、してないような、絶妙に微妙な表情で頷いている。
「そう、二人ともこの化け物に殺されかけたんだよ」
化け物。それ以外にこの二本角の怪物を形容する言葉は頭の中の辞書を隅々まで調べても見つからなかった。
不意打ちが成功しなければ本当に死んでいた。あんな思いはもう二度とごめんだ。
「危ない人だの、化け物だの二人とも酷いじゃないか。ワタシにはレウヴィスという名前があるんだけどなー」
本人には悪意が無いというのもタチが悪い。見た感じ、本気で遊び感覚で殺し合いを仕掛けてきたらしい。
……すごく反応に困る。
彼女のしたことは到底許せるようなことではないのだが、結果としてお互い死んではいないし、ミカのことも一応は助けて貰ったことになる。
「大人しくしてるからさ、いいでしょ? ね?」
「そんなの信用できるわけないでしょ! ヨータ、早くギルドに突き出しましょ!」
ミカは一見威勢がいいけど、彼女の色白の肌には冷や汗がどっぷりと吹き出している。かなり恐怖を感じているようだ。
やはり、彼女のためにもここは帰ってもらうべきだろう。
「ごめん、僕も君のことは信用できないかな。正直に言うと、怖い。ギルドに突き出すっていうのも、できればしたくないし、ここは大人しく帰ってくれないかな?」
ジタバタもがいているレウヴィスに僕はそう告げる。すると、動きを止めたレウヴィスはこちらをまっすぐ見つめ、すっと、目を細めると言った。
「……へぇ、ワタシが怖いんだ」
途端に、空気が重くなった気がした。
ミカも、サラも、僕たち3人はレウヴィスから発せられる重圧に身体を強張らせる。
彼女は僕たちを順番に流し見ながら、唇の端を舌でペロリ、と舐める。
「心配しなくても、危害は加えないって言ってるだろう?」
「だ、だから、それが信用出来ないって」
「――やる気があったらもうとっくにやってるさ。ほら」
「……!!」
ミカはそれでもなんとか口を開くが、レウヴィスはそれに被せるように更に続けた。彼女を縛っていた縄はいつの間にか解けていた。
僕たちは驚愕する。
「こんな拘束、ワタシには何の意味もな…………わっ」
「ミカ! 押さえてろ!」
「う、うん!」
僕は慌ててレウヴィスに飛びかかる。そしてミカと一緒に解けた縄を縛り直した。今度は別の結び方だ。先ほどよりもっと強固で、簡単には解けないはず。
「もー、だから意味ないって」
「なっ」
しかし、レウヴィスは呆れた様子で、またすぐに縄を解いてしまった。ミカがまた結び直しに彼女を押さえつける。
「ヨータ!」
「チョッ、また!?」
レウヴィスはそれをまたまた解く。僕たちも負けじと様々な結び方を試す。
彼女は解く。
また縛る。
解く。
縛る。
「はい、ざんねん」
「これなら!」
「簡単!」
「じゃあこっちは!」
「ほい!」
そうこう繰り返している内に、30分ほど時間が経っていた。双方息も絶え絶えだ。
「キミッ……達も、諦めが! ハァハァ、悪いねぇ……、さしものワタシも疲れてきたよ」
「そっちこそ、はぁはぁ、フゥ……往生際が悪いぞ」
一体どうなってるんだ。もう30回以上は縛っては解かれてを繰り返している。どんなに固く複雑に縛ってもレウヴィスはたちまち抜け出してしまう。
僕は目の前で起こる怪奇現象にただただ恐怖する。
「だから、ワタシがキミ達に危害を加える気があるなら、もうやってるって、何度も言ってるだろう……はぁ」
レウヴィスはそう言うとまた縄から抜け出そうとして、辞めた。これ以上は不毛だと判断したのだろうか。
「……もういい加減いいよね?」
彼女は縛られた状態のまま上目遣いになって聞いてくる。もちろん駄目に決まってる。
「帰れ」
「えー、頼むよー、ワタシ悪い魔人じゃないよ」
十分悪いよ? 何言ってんの?
「ま、まぁヨータさんもミカ、さんも落ち着いて。あんまりうるさくしたら他の人の迷惑にもなりますよ」
「……そうね、ごめんなさい」
今まで蚊帳の外だったサラに、至極真っ当なことを言われてしまう。
そうだ、ここは宿屋の一室だ。完全に失念していた。
ミカは一度深呼吸をすると、彼女に謝罪する。
「わ、私はレウヴィスさんは悪い人じゃないと思います! ヨータさんもミカさんも一度信じてあげてもいいんじゃないでしょうか?」
「そうそう、ワタシ、いい魔人。オーケー?」
サラは少しためらうような素振りを見せたあと、鼻息を少し荒くしながら、レウヴィスを擁護する。レウヴィスはそれに追従する。……おい。
心なしかサラの目は輝いてみえる。どうしたのだろう。
僕は疑問に思ったが、その答えはすぐにわかった。
「――仲間が増えるのはいいことだと思いますっ! レウヴィスさんはすごく強いみたいですし、ヨータさんと一緒ならきっと依頼も楽にこなせるはずです!」
な、なるほど。そういうことか。
「そうそう、ワタシは強いから仲間にするとなにかとお得だよ」
レウヴィスはサラの言葉に乗っかるようにして、調子のいいことを宣っている。
……彼女がお遊び感覚で人のことをぶっ○しにくるような輩でなければ問題ないんだけどね。
「いやー、サラちゃんだっけ? キミいいこと言うねぇ」
「そ、そうですか? えへへ」
いや、照れるな。
サラはもう完全にレウヴィスの味方だ。これで二対二、僕も正直少し揺らいでいる。ミカはまだ渋い顔をしていた。ううむ。
「んー、逆にどうしたらワタシのことをヨータ達は信じてくれるんだい?」
「どーしたらって、それは……」
レウヴィスにそう聞かれ、ミカも僕も言葉に詰まってしまう。
彼女が力を持つ限り、不安は残る。いつ周囲に危害を及ぼすか、僕たちには判断できないのだ。
「んー、どうしたらいいかなー。……あっ、そうだ!」
サラもミカも僕もみんなして考え込んでいたら、レウヴィスは何かを思いついたようで、ぱっと顔を上げて言った。
「ワタシが何かをしでかすかもしれないっていうのが怖いなら、ワタシの手と足を切り落としちゃえばいい!」
えっ?
「魔人はとてつもない再生力を持っているけど、実は傷口を焼いてしまえば、その部位からは再生が出来なくなってしまうんだ」
いや、ちょ……
「あ、でも手とかないとごはんとか食べられないか……。ま、それはヨータがなんとかしてくれるだろうしいいよね。よし、早速「待てーい!!」なに?」
なに? じゃねぇよ。
この子何言ってんの? まじで何言ってんの?
ミカとサラは目が点になって硬直している。思考がぶっ飛び過ぎだ。
「……っ急になにを言ってるんだ! 正気なのか!?」
「……? ヨータ達はこれくらいしないと納得しないでしょ? ワタシが力を持ってることが怖いなら、それを無くしてしまえばいい。さしものワタシも手足が無かったら何もできないからね」
僕が思わずツッコむと、レウヴィスはなんでもないことのように、そう言った。本気……なのか?
寒気がした。いつも彼女に感じているのとは、また別の恐怖を僕は今彼女に対して抱いていた。
「……あなた、真面目に言ってる?」
ミカが恐る恐るといった様子で、質問を返す。レウヴィスは表情一つ変えずに返答した。
「真面目も真面目、大真面目だよ。ワタシは欲しいモノがあれば、何がなんでも手に入れたい、ってだけさ。それこそ、ダルマになってでもね」
「なんでそこまでして……」
正直意味がわからない。薄気味悪ささえ感じる。
一体何が彼女をそこまで本気にさせるんだろう。
「仲間が欲しくなったんだ。ワタシはずっと独りだったから、独りでいることに飽きたんだよ」
「オーク達は違うのか?」
「あの子達は、ちょっと違うかな。いつもあの子達のほうが一歩引いて接してくるものだから、仲間ってよりは家来とか、下僕みたいな感じ。あの子達には悪いけど」
僕の質問に、レウヴィスは少し寂しそうに目を伏せてそう答えた。
今まで底知れぬ笑みばかりを浮かべていて、いまいち感情の読めなかった彼女が見せた意外な表情に、僕は少しドキリとする。
「ワタシはそういうのは求めてないんだけど、どうしてもそうなっちゃう」
「それは、君が魔人だから?」
「まぁ、だいたいそんな感じだね」
なるほど……。
少しだけ、彼女が考えていることが理解できた気がした。
「ワタシの境遇とか、そう言うの関係なく接して来てくれたのは実はヨータ達が初めてなんだ。……だからさ、だめかな?」
そこでいいえと言える人間はなかなか居ないだろう。ミカもサラもふるふるとかぶりを振った。
僕の頭の中からも、彼女のことを追い返すという選択肢は無くなっていた。
「わかった、いいよ」
「よっし交渉成立ー!」
僕の返答に縛られてイモムシ状態のまま跳ねまわって喜ぶ彼女の狂った運動神経はともかく、その表情はいつもの感情の見えない笑みと違い、年相応の少女のモノに思えた。
この日、半ばなし崩し的に”仲間”が一人、増えたのだった。
◇
「……縄、もう解いていいけど」
レウヴィスが”仲間”になって数時間経った。けれどなぜか彼女は自らを縛っている縄を解こうとしない。僕は見かねて、彼女にそう促したのだが……。
「……わかってるよー」
「……さっきまでどうやってもどんな手を使ってか抜け出してたのに、まさか今になって解けないとかないでしょうね?」
ミカがわずかに期待しつつそう聞くと、レウヴィスはケラケラと笑って言った。
「いやー、なんかこの状態が気持ちよくなってきちゃったよ! もう少しこのままでー」
「えっ」
「え?」
――まさかこの子、……”M”なのか?
僕の中で本日何度目か分からない疑問が生まれた。





