10話 帰還と忠誠。
6章終了です。
7章はハルのターンです。
「ご主人! 惚けてないで逃げますよ!」
「あ、ああ」
まさかクロに助けて貰う事になるとは思わず、カムイはその場に立ち尽くしていた。そこをクロに叱咤され、慌てて荷物を背負った。
穢神は言葉になっていない音を叫び、喉を震わせる。それに呼応するかのように氷が漆黒に浸食されていき、その浸食された場所から氷がバリバリと割れウジ虫が這い出て来る。一部のウジ虫はそのまま湖へと落下し、藻掻きながら水没した。
「走れ走れ!」
カムイも可能な限り全力で走るが、それよりも敵の浸食の方が早い。クロだけであるなら逃げ切れたかも知れないが、敏捷値で劣るカムイはさらに荷物まで持っている。荷物を背負ったのは完全に悪手であったが、いまさら降ろすわけにもいかない。というかその隙に呑み込まれてしまうだろう。
(まさか俺が、足を引っ張る事に、なろうとは!)
ぜいぜいと息を切らしながら懸命に走る。心中で叫ぶ言葉は死亡フラグの立った敵役のようだ。
カムイは足を前に出しながら振り返る。呑み込まれるまであと三秒。
二秒。
一秒ーーーー
「…………へ?」
轟、と地面が音を立てる。湖から飛び出てきた巨大な何かが太陽を隠し、世界に影を落とした。
その巨大な何かとは、所謂クジラであった。
「ひっ!」
ただしその巨大なクジラの全身にはびっしりと、カムイの顔ほどある眼球が埋まっており、それら全てがぎょろりとカムイを見た。思わず口から飛び出した情けない言葉はクロのものか、カムイのものか……カムイ自身ですら分からなかった。
それだけカムイは、目の前のクジラに恐怖を抱いていた。
だが恐らく穢神の一種であろうクジラは、ウジ虫の穢神を丸呑みするとそのまま湖に沈んで行く。その衝撃は凍った水面を全て払い、数メートルほどの大波となって付近の樹木を薙ぎ倒した。
無論カムイもクロもその流れに逆らう事は出来ず、そこらに立っていた木々にぶつかって肺の空気を吐き出した。
「ぐっ」
「大丈夫ですか!? ご主人!」
流されながらも華麗に受け身を取り、早々に離脱していたクロは素早くカムイの下へと駆け寄った。
「なんとか……な…………おえっ」
少しばかり飲み込んでしまった水を吐きながら、カムイはクロに無事をアピールする。事実これといった外傷はなく、少し休めばすぐに動けるようになるだろう。
「さっきのは、何だったんだ……? 穢神にも食物連鎖の概念はあるのか?」
「私には分かりませんが、おかげで助かりました」
「それは違いない」
あのクジラがウジ虫を丸呑みにしなければ、カムイたちは今頃想像もしたくないような事になっていたはずだ。ただの偶然であれありがたい事に変わりはなかった。
万が一あのクジラの主食、もしくは餌の対象があのウジ虫であるなら、そいつを斬る事によって餌を散蒔かせた時点で勝ちは決まったようなものだったのだろう。分の悪い賭けではあるが。
「姉さんがいれば、そもそも苦戦する事はなかったでしょうね」
クロが自嘲気味に呟く。確かにハルの魔法であればあっという間に焼き尽くして終わりだった。だが、結果的にこうして生きているのはクロのおかげである。
カムイは下手に慰めたりはせず、無言で頭を撫でた。
「…………変態です」
せめてもの照れ隠しにそんな罵倒を浴びせ、クロはカムイの胸に頭を寄せた。
穢神の食物連鎖を目の当たりにしてから二日目。カムイたちは無事に王都エルサレムの大地を踏みしめていた。
「あー、長かったです」
帰還出来たのは、偶然エルサレムが所有するダンジョンを見付けたからだ。もしも他の国や都市が所有するダンジョンであれば、悲しい事にポータルは反応しない。その都市のステータスプレートを持っていれば関係ないのだが、カムイはエルサレムのプレートしか持っていない。正に地獄に仏というやつである。
「それな。取り敢えずエルフィーに報告だけして、さっさと帰ろう」
ハルも心配しているだろうし今すぐ帰りたい気持ちもあるが、穢神の存在は伝えておかないといけない。神と名前が付くだけあって、他の存在とは一線を画す存在と考えていたのだが、今回の食物連鎖を見るにそのような単純な話ではないのかも知れない。
カムイは受付でエルフィーに話を通して貰い、先に応接室で待っておく。
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
ギルドの職員から出された、入れたてのお茶をすすりながらほっと一息を吐く。
(これがB級映画なら、そろそろ目を覚ます頃だよなぁ)
そしてみんな死ぬ。しかし当然ながらそんなオチは待っておらず、数分ほどでエルフィーがやって来た。
「すまない。待たせたみたいだな」
急いで来たのか息を切らせている。顔色もあまり良くない。
「いえ。それよりきつそうですけど、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、問題ないさ。ちょっと調べものがあってね……それよりも、こうして私を呼んだという事は何かあったのだろう?」
「ええ、実はーーーー」
カムイは『雪山の洞窟』からの遭難劇と、そこで出会った穢神について事細やかに説明した。
クジラの穢神はまだ存命だし、ウジ虫の穢神もどうなったのか定かではない。『雪山の洞窟』はこのままでいいが、クジラとウジ虫が出没した付近にあるダンジョンは閉鎖するか注意喚起をしておいた方がいいだろう。
「食物連鎖……か」
「あまり驚いてないみたいですね」
「いや、そんな事はないぞ? ただ、にわかに信じ難い事だと思ってな」
そういうエルフィーはどこか白々しかった。
もしも体調が万全であればそんな素振りは欠片も見せなかっただろうが、どうやら今のエルフィーは簡単に隠し事を気取らせてしまう程度には弱っているようだ。本人もそれが分かっているのか、どこか笑顔が引き攣っている。
「それよりも、無事に帰って来たのなら早くハルに顔を見せてやるといい。かなり心配していたぞ? 大丈夫だと思うけど万が一……って毎日私のところに来てな。何度か『雪山の洞窟』を捜索したのだが、どこにもいなかったからお手上げ状態だったんだ。あと数日帰還が遅れれば、もっと大々的な捜索になってそれはもう大騒ぎになったはずだ」
「……それは何というか、ご迷惑をおかけしました」
「いや、当然の事をしただけなのだから、恩義を感じる必要はないさ」
言外に『だからこれ以上言及するな』と言われたようで、カムイは何も言えなくなった。まあ仮にもギルドマスターなのだから他言出来ないような事はいくらでもあるだろうと思い、カムイはその事について考える事を止めた。
「ああ、そうだ。食物連鎖に気を取られて忘れていたが、そこの黒猫族も穢神の『狂気』に耐えたんだったな。何か特別なスキルでも目覚めたのか?」
「……スキル?」
カムイは聞き慣れない単語に首を傾げる。ゲームで定番のそれは、現実世界では抽象的な言葉だ。
「ああ、そうか。そういえばカムイ殿は作っていなかったな。スキルプレートを」
「ステータスプレートじゃなくて?」
「ああ。それとは別物で、持ち主の能力値を視覚化するためのアイテムだ」
主にギルドで職を探す際に使用されるそれは、元の世界でいうところの資格みたいなものだ。多少金はかかるが誰でも作る事が出来るうえに、そこにあるスキルは偽る事の出来ない保証された能力であるため信頼が出来る。
「十分程度で作成出来るがどうする? 先にハルに会いに行くか?」
「そうですね……エルフィーも忙しいでしょうし、後回しにするより先に作ってた方がいいですよね」
「私としてはどちらでも構わないのだが、まあ好意は受け取っておくよーーーーじゃあ、この水晶に魔力を込めてくれ。そちらのお嬢さんはこっちだ」
エルフィーはカムイとクロに握り拳ほどの水晶を手渡す。それはステータスプレートを作った時に使用した『真実の水晶』と同じものであった。
「よいしょ」
おっさんくさいかけ声と共に魔力を通し、エルフィーにそれを返却する。クロも同じく魔力を通し、エルフィーに水晶を手渡す。
「クロはスキルプレートの事は知ってたか?」
「当たり前じゃないですか。むしろご主人は知らない事が多過ぎです。どこかのお坊ちゃんですか?」
「無知なのは肯定するが、後者は否定させてもらおう」
そんな感じで二人でわいわい騒いでいるとあっという間に時が過ぎ、エルフィーが戻って来た。
「これがスキルプレートだ。少々操作は難しいが、すぐに慣れるさ」
材質はステータスプレートと同じだが、大きさは一回り大きく縁が銀色のステータスプレートとは違い、黒色に変わっていた。
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特権:冒険者-1-
技能:『攻撃強化レベル3』『魔攻強化レベル2』
『防御強化レベル1』『敏捷強化レベル4』『精神強
化レベル5』『気配察知レベル4』『気配遮断レベル
4』『見切りレベル5』『一刀両断レベル3』『縮地
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エルフィーに教わった通り画面にタッチした指を右に動かす、所謂スワイプを行うと次のステータスが表示された。
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レベル3』『寸勁レベル3』『機転レベル3』『激励
レベル3』『体術レベル4』『剣術レベル5』『居合
いレベル3』『逆境レベル5』『集中レベル3』『底
力レベル2』『棒術レベル2』『謀術レベル1』『弓
術レベル4』『槍術レベル3』『耐性レベル1』『耐
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次は右ではなく下にスワイプ。すると今度は別の職業スキルが表示される。
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特権:料理人-2-
技能:『計算技術レベル3』『暗算レベル3』『接客
レベル2』『包丁捌きレベル3』『魚料理レベル4』
『肉料理レベル4』『野菜料理レベル4』『和食レベ
ル5』『洋食レベル4』『フレンチレベル2』『中華
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「何だよ接客スキルって」
思わず癖でタップすると、なんとタップしたスキルの詳細が表示された。
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技能:接客レベル2
効果:精神が40以下の敵を籠絡。対象はリピーター
になる。
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「敵扱いかよ!」
しかもかなりえげつない効果だ。きっとハルは『接客レベル4』くらい持っているに違いないな、とカムイは思った。
(っていうかこれ、スマホかよ)
ピンチイン・アウト、つまり拡大縮小にも対応しており、操作感は完全にスマホと一緒であった。隣を見るとクロは、まるで初めてスマホを持ったおばあちゃんのような危うい手つきでスマホ……もとい、スキルプレートを扱っている。
もしかして思いスキルをタップし続けると、そのスキルが動かせるようになった。どうやら手動ではあるがソートも可能らしい。
「え、何でこの機能をステータスプレートに付けないわけ?」
「制作方法は秘匿されているため説明は出来ないが、簡単に言えば今の技術で機能の追加は出来ないからだな。既に確立されている物をそのまま使う事しか出来ないわけだ」
(あー、よくある神々の秘宝的なやつね)
よくある設定だとしてカムイは呑み込んだ。
しかし多少オリジナリティはあるが、ベースはアニメやら漫画でよく見るものである。実はそれらの走りとなった作品の制作者は、もしかして自分のように異世界にでも転移なり召還なりされたのだろうかと、手元のスキルプレートをいじりながらカムイはそう考えた。
「クロ、結局穢神の『狂気』に耐えられた原因は分かったか?」
「……多分これですね」
少々嫌そうではあったが、スキルプレートの所有権も主人であるカムイにある。クロは渋々該当するであろうスキルをタップし、その詳細を表示させた。
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技能:真実の忠誠
効果:主人がピンチの際、全ての状態異常を無効化し
なおかつ全てのステータスが大幅に上昇する。
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「だから嫌だったんですよ!」
クロは無言で頭を撫でるカムイの手を払い除け、僅かに距離を取った。その顔は湯気が立つほど紅潮していた。
「そこ、いちゃつくならさっさと帰ってくれ」
エルフィーが疲れた顔で呟いた。
それに遠慮したわけではないが、早くハルに無事を伝えるためにもカムイとクロは立ち上がる。
「じゃあ、俺たちはこれで失礼します」
仲睦まじく頭を下げて出て行く二人を見て、エルフィーはそっと溜め息を吐いた。




