第1話 別れて再会 ご隣人
《白鷺結城 視点》
3月。
中学校の卒業式の日。静まり返った教室内に2人の男女が向き合っていた。
俺、白鷺結城の目の前には、黄金のように輝く金髪を腰辺りまで伸ばし、碧眼の瞳のハーフ巨乳美少女。宵宮・クロメール・アイシャが立っていた。
「俺たち、もう別れよう。アイシャ」
「えぇ、いいわよ。………どうせ、もう会うこともないしね。貴方との未練もないわ。結城……貴方と別れられて、せいせいするわ」
もしも今、教室に第三者が入ってきて、このやり取りを見たら一目で理解するだろうか。
この状況が、若い男女が破局した瞬間だと。
「……そうか、君の気持ちがよく分かったよ。宵宮さん。さようなら。君とは、もう二度と会うことはないだろう。じゃあ」
「えっ! ちょっとっ! 待ちなさ……つっ!……結城のバカ……なんでそうなるのよ。本当にバカ……結城」
俺はアイシャ……いや、宵宮の方を振り返らず教室の扉を目指した。
……扉の前。一瞬だけ宵宮の方へと目線を向ける。
ついさっき別れた元カノが、唇を噛み締めていた。うつむいている? 長い前髪が彼女の顔をおおっているため、宵宮が今、どんな表情なのか分からない。
「……さようなら。アイシャ……大好きだったよ。……今までありがとう。愛してる」
本当は今でも彼女が大好きだ。だけど、このまま気まずい状態で付き合っていても、お互い精神的に辛いだけ。だから別れを切り出したんだ。
そして俺は小さい声でそう告げると、静かに元カノが残る教室を後にした。
……中学校三年間にはよくある男女のすれ違いからだった。
若い男女の些細なすれ違い。最初は小さなすれ違いだった。
学校のレクリエーションで、俺がクラスメイトの女子と会話していたことが、原因で起こった些細な勘違い。
お互い受験生で余裕もなかったからだろう。口喧嘩に発展して、そこから段々と疎遠になっていきろくに会話もすることはなかった。
後は、中学の卒業式をもって恋人関係を自然解消。お互い来月から高校生となり、これ以降顔も合わせることはないだろう。
そう思って俺は中学校を静かに去った。
元カノが行く高校を把握しないまま……
◇◇◇
中学生最後の春休み。俺は自室に引きこもっていた。
自分から別れを切り出したとはいえ、中学2年までは相思相愛だった。お互いの総意があったとはいえ、心のダメージは計りしれなかったためか。数日間、俺は寝込んだ。
「結城〜! いつまで、部屋に引きこもっているつもりなの。アイシャちゃんに言うわよ!」
寝込んでいる息子のことなどお構い無しに、部屋へと突入してくる我が母。
「いや、だからアイシャとは別れたんだって。……何度言えば分かるんだよ。母さん」
「はいはい。そんな冗談はいいから。さっさと起きてリビングに来なさい。パパから話があるの」
「父さんから話?」
「そう。大事なお話よ」
そして、伝えられる両親からの一言。
「父さん。仕事でフランスに行くことになったから。結城、来週から一人暮らししてくれ」
「はい?」
「ママも、パパが心配で着いていくことにしたの。なんでも、そつなくこなせる結城なら一人暮らしできるわよね?」
「いいや、いいや。ちょっと! なに言ってんだ! 父さん、母さん!」
「フランス楽しみね。パパ♡」
「僕に着いてきてくれてありがとう。ママ♡ こりゃあ、あっちで3人目かな?」
「もう! パパったら、そういう冗談は子供の前でしちゃ駄目よっ! めっ!」
「ハハハ。ごめんごめん」
駄目だこりゃあ。自分たちの世界に完全に入ってる。俺のことなんて視界にない。
―――息子の目の前でイチャつく美男美女夫婦。
父は世界をまたにかける芸能事務所の社長。母は引退した女優で今は投資家。
家も裕福だ。俺は運が良いことに、その2人のDNAを満遍なく受け継がせていただいだラッキーボーイ。
そう。ただの生まれが良かったことしか取り柄がない男。
(おいっ! 調子に乗るなよ! 白鷺。また俺の狙ってる女を口説こうとしたのかよ?)
(お前さぁ、態度悪いよな。校舎裏来いよ。指導してやる)
(ざ、ざけんな!! なんでこんなに強……誰か助けて……がぁ!? 白鷺もう止めてく……)
…………いかん。中学生の最初の頃のトラブルを思い出してた。
家柄と容姿が良いとトラブルも起きやすい。思春期真っ盛りの中学なんて、とくにだ。
「…………アイシャとは、最初は不要なトラブルが起きないよう。上っ面な恋人関係だったんだよな。元気してるかな」
こちらから別れを切り出した元カノのことを思い出し、スマホの通知画面を見つめる。
〖宵宮・クロメール・アイシャとの、最終連絡通知。202○年7月7日〗
半年以上前からお互いに連絡取り合ってなかったんだな。
「お互い冷めきってたもんな。そりゃあ自然解消するか……」
「ママ〜! 愛してるよ」
「パパ〜! 私もよ」
「ハハハ……本当に仲が良いおしどり夫婦だわ。羨ましいこって」
……俺もアイシャとちゃんと話し合っているれば、今頃春休みを彼女と楽しんでいたんだろうか?
「一人暮らしか。……まぁ、いいか」
「実家のことは柚木ちゃんに任せるから、なにか困ったことがあれば柚木ちゃんに連絡してね」
「一人暮らしができなさそうなら。家政婦さん……ハウスキーパーも雇ってやるからな。結城、一人暮らし楽しんでこい」
「ん。とんでも展開だけど分かったよ。父さん。ありがとう」
ここで反論しても仕方ない。昔から迷惑かけている父さんや母さんに逆らえないしな。
「……それにしても姉さんめ。自分が実家を出たくないからって、俺を家から追い出したな。あの悪魔め」
〖結城へ。私、一人暮らしとか無理だからさぁ。パパとママに相談して、あんたが一人暮らしさせるって決まったわぁ。そんじゃあ、よろしく〜!〗
なんてメールが後から姉さんから着た。あの策士。許すまじ……
◇
あれよあれよと話は進み、二週間後。
俺の一人暮らしは唐突に幕を開けた。
「それでは、白鷺様。失礼致します」
「ありがとう。夢姫さん。引っ越しの手伝いしてくれてありがとう」
「はい。またご連絡頂けると嬉しいですわ」
ハウスキーパーとして雇った夢姫さんが帰っていく。
一人暮らしが慣れるまでの期間。生活補助をしてもらう予定だ。
「とりあえず、必要最低限の物は家から持ってきた。後々家電製品とかも揃えればいいか。……新天地か」
俺が住むのに困らないようにと、2LDKの広い賃貸を用意してくれたようだけど。
「……一人暮らしには広すぎるって、母さん、父さん」
相変わらず。子供には金を惜しみ無くかけてくれる両親。
「最上階だし外の眺めも良いんだよな」
窓を開けてベランダに出る。少し離れた場所に学校が見えた。
「……あれが4月から通う。星夏高校か。高校生活か」
街の様子をボーッと眺める。
すると隣の部屋から窓を開ける音が聞こえてきた。
隣人というやつだ。これから何度も顔を合わせることになるだろうし、ちゃんと挨拶しておくか―――
「こんにちは。今日から隣に引っ越して来た白鷺といいます」
笑顔でしっかりとご挨拶。後は何か会話して終わりだろう。
「はぁ!? えっ? 結城? なんで、あんたがここに居るのよ?」
……おや? この声。どこかで聞いたことがあるような。
「……アイシャ? なんで、君がここに居るんだ?」
数週間前に別れたはずの元カノの宵宮・クロメール・アイシャが、驚いた顔で俺を見つめていた。




