3 リーナと図書館棟
「あれ?ここって……」
二人とともに次の建物に入ったリーナは、そこが見知った場所であることに気づいた。
「そう。図書館棟。君たちも月一で利用しているよね」
リーナは、ぐるっと見回して、これまでの記憶と今の場所が繋がった。
「そっか。今まで私たちが入ってきていたのは裏口だったのね」
そして、裏口の近くにも小さな門があり、リーナたちはそこから学院の敷地に入っていたのだった。図書館棟では、学院の行っている奉仕活動の一つとして、一部を孤児院の子どもたちや一般庶民にも開放している。とてもありがたい制度だ。
「でも、私はここにあるアトセルティルス関係の本は全部読んだわよ!」
「そうだろうね。でも、研究区域の本は?」
アルが自慢げに笑みを浮かべる。
「そんなのがあるの!?見たい!」
獲物に飛びつく子猫のような勢いのリーナに、アルはまたくすくすと笑って案内する。
リーナたちが二階に上がると、アルは受付の一人に声をかけ、書架の案内を頼んだ。
「こちらに、アトセルティルス文明関係の資料が置いてあります」
「ああ、ありがとう」
アルが慣れたように礼を言う。
「ごゆっくりどうぞ」
案内をしてくれた人が去ると、リーナは両手を組んで目を輝かせていた。
「すごい! まだまだこんなに資料がたくさんあるの!?」
「良かったね。今から1時間位は、本を見てていいよ。僕たちもちょっと調べ物をするから」
「うん! ありがとう」
言い終わるや否や、リーナは書架に並ぶ背表紙に指先を走らせる。
「『アトセルティルス大全』! これにしよっと」
一番大きくて分厚い本を持って、リーナは近くの読書机に陣取った。
「調子はどう?」
突然のアルの声に、リーナは驚く。いつの間にか、本を読むのにすごく集中していたようだ。
「うーん……。よくわかんない」
資料のスケッチなどを眺めつつ、文章を斜め読みしているけれど、まだこれといってピンとくるものは見つかっていない。ただ、それでも何か、見ているものに馴染みのあるような感覚がほのかにしていた。
「そっか。それは何、文字の一覧表みたいだけど」
アルが、リーナの見ていたページを興味深げにのぞきこむ。
本には石板のスケッチが載っていて、何やら不規則なうねうねした文字が縦七文字、横十五列で並んでいる。
「文字が百五種類もあるって、非効率じゃない? 二十文字あれば事足りるのに。アトセルティルス文明って変わってるね」
アルが呆れたように言った。
「そんなことない! ……と、思う」
突然反論が口をついて出たことに自分でも驚いたリーナの言葉は、だんだん尻すぼみになっていった。
「へえ、そうなの?」
アルは面白がるように、リーナに続きを促す。
「慣れれば、普通に使える……ような気がする」
リーナは、何となくこの表から音が聞こえる気がした。この表はきっと、横一列はのばすと同じ音になる文字で、縦一列は同じ音の出し方で始まる文字になっているはず。そして、できた音の一つずつに字を当てはめているんだ。
しかし、周りの文章を読んでも、そんなことは書いていなかった。
アルにそんな気がしたことを話すと、感心しながら聞いていた。
「でもやっぱり、二十文字でよくない?」
それがアルの結論だった。そう言われてみれば、確かに今使っている二十文字の方が簡単かもしれない。どうして、こんな面倒な文字をかばう気になったのか、改めて考えるとリーナは自分を不思議に思った。
「あれ?ギルは?」
リーナは、周りを見回した。
「うん。たぶんもうすぐ戻ってくるよ」
「そっか」
リーナは改めて、図書棟を大きいなと見回す。今いる読書机の近くは吹き抜けになっていて、一階の様子がよく見える。これまで、リーナたちが利用してきたのは、図書館棟のほんの一角に過ぎなかった。学ぶ権利のある人たちとは、こんなにも違う。なんだか、悔しいような、悲しいような気がした。
「そろそろ時間だな」
アルがそう言って、リーナはしぶしぶ、本を書架に戻した。結局、その本の半分くらいしか見られなかった。それに、他の本も見たかった。
「あれ? アルのその本……」
アルが本を持っていることに気づいたリーナは、その表紙に「アトセルティルス考」と書いてあることに目を留めた。
「アルもアトセルティルス文明を調べてくれてたの?」
気づいたリーナは嬉しくなって、自然と顔がほころぶ。
「ああ。これはここの教授が書いた著書で、受付で借りていたんだ」
そう言って、アルはページをパラパラとめくってリーナに見せた。
「でも、残念ながら真新しそうな話は載っていなかったかな」
アルは肩をすくめてみせる。
「そっかぁ……。でもありがとう!」
受付に向かって歩く二人にギルも合流する。そして、受付で本を返した後、三人は図書館棟を後にした。




