罪と罰
仲間を縛り終えたその男を、今度は俺自らの手で拘束する。五人ともしっかり縛られているのも確認しておく。その間にラーディアもすっかり自由に動けるようになった。男たちを袋小路の奥に転がしておき、俺は彼女と共にそこから少し離れて会話する。
「後は俺に任せて君は宿に戻ってくれ。仕事は午後からだったね? それまで風呂でも入って一眠りしておくといい」
少し戸惑ったあと、ラーディアは素直に頷いた。本当は相当悔しいだろうに、俺に手間取らせまいと自分を抑えている。聞き分けが良くて助かる。
「ありがとう……。そのお言葉に甘えさせて頂くわ。色々迷惑かけてごめんなさい。あなたはそのまま出発するの?」
「ああ。ウルカさんたちには先に行って貰ってるから正直急いでる。本当は君の勇者のことやら、聞きたいことは山ほどあるけど今度にするよ。まず優先させるべきは、あいつらにこれ以降君に手出しさせないことだ」
「出来れば、あたし自身の手でケリを着けようと思っていたのだけど、醜態晒しちゃったし、ここはあなたに委ねるわ。でも、あまり行き過ぎた真似はしないでね」
「努力はしてみる」
「もう……。それじゃ、何もかも任せきりですまないけど後は頼んだわね……」
「任せてくれ。俺を信じてくれて嬉しいよ」
彼女は呆れ顔で苦笑しながら、俺に背を向けて立ち去ろうとした。すぐに足を止めて振り返る。
「あたしのこと何一つ怒らないのね……。ノコノコこんな所にやってきて危ない目に会ってる事とか、あなたに色々秘密にしてたこととか」
「君が連中の誘いに乗らざるを得なかったのは、大方察しがついている。俺やウルカさんたちに危害を加えるとか脅迫されたんだろ? 秘密に関しては、なぜ君がこいつらに狙われているかの理由くらいは聞かせて欲しかったけど、それ以外は別に咎める事じゃない。それとも叱って欲しかったのかい?」
「そんなつもりじゃないけど……。でも、そうね。これ以上は面倒くさい女に思われるのも嫌だからやめとく。……じゃあ、くれぐれも気をつけてね。また再会出来る日を楽しみにしてるわ」
ラーディアが申し訳なさそうな笑みを残して去った後、俺は送り笑顔を冷徹な表情に変えて振り返った。
「待たせてすまなかったね、君たち。まずは彼女をつけ狙う理由から聞かせて貰おうか」
縛られて座ったり横たわったりする五人の男たちへ、グレイブ片手に歩み寄る。全員意識を取り戻している。
根本にあるのは彼女がギアスによって手の出せない絶世の美女という点にある。皆一度は彼女と組んだことがあり、無理にちょっかいをかけて痛い目に会っていた。手出し不可能なのをいい事に、男を挑発するような言動を彼女もしていたらしい。あの格好がその証拠だと言う。ラーディアにも問題がありそうだが、これは男たちからの弁明なので話半分で頭に入れておく。
自業自得の逆恨みを抱いた彼らは、強硬手段という形を取り、復讐という名目で彼女を我が物にしようとした。直接触れられずとも、精神的肉体的に支配し屈服させる方法はあるだろう。敢えて聞かなかった。別に知りたくもない。
彼女のギアスを解く為、共に魔王討伐に赴こうという発想には至らなかったのか。或いは彼女がそれに言及しなかったのかもしれない。何にせよ女性は彼女だけではない。モノにならないならさっさと諦めればいいものを、わざわざ徒党を組んで拉致しようとまでするとは……。手に入らないから余計に欲しくなるという心理か。
「なるほどよく分かったよ。色々考慮した結果、君たちには情状酌量の余地がある。なので、有り金全部巻き上げて……」
一拍置いて五人の顔を見回す。連中は息を呑んだ。
「ここで死んで貰うことにするよ」
グレイブの刃を突き付ける。
「は? まったく酌量されてねえぞ!!」
「何言ってるんだい? ちゃんと苦しませずに殺してあげるから酌量だよ。彼女に帰って貰ったのは俺の非情な一面を見せたくなかったんでね」
あらん限り酷薄な顔をして見せた。
「へ! どうせハッタリだ。こんな小僧にそんな真似出来るわけねえ」
「本当にそう思うかい? ここはあまり治安の良くない街だからね。君たちがしようとしてたように、人が失踪しようがほとんど気に止める者なんていない。そんな街で君らの始末など容易いこと。俺にとって彼女の身の安全の保証と君ら五人の命。どちらが大事かなんて秤にかけるまでもない」
「待てよ! 俺たちのした事は命を奪われるほどのことか!? 別に一生監禁しようとしたわけじゃない! それに未遂じゃねえか!」
「複数人で他者の尊厳を踏みにじろうとしておいてよく言う。十分、死に価すると思うが。それに思い違いして欲しくないな。俺は君たちと罪の重さについて論じるつもりはない。裁きたいんじゃない。ただ彼女に及びそうな危険を徹底的に排除しておきたいだけだ」
長くなるので割愛するが、俺は如何にラーディアを大切に思っているかを熱心に訴えた。こうしていちいち説明している時点ですでにハッタリだと気づきそうなものだが、彼らは二度とラーディアに近づかない事を泣きながら固く誓ってくれた。有り金は全部出すから命だけは助けてくれと懇願された。金は受け取らない代わりに五人にこの街から出て行くよう宣告する。そして彼らはそれを承諾した。
「君らの顔はよく覚えた。次にこの街で会ったら容赦しない。それと、もし今後ラーディアの身に何かあったら俺は真っ先に君らを疑う。例え君たちの仕業じゃなかろうと地の果てまで探し出し、追いかけて償わせる。こんな面倒なこと出来ればしたくないんだ。ここで片付けておいた方が遥かに楽で後腐れもない。本当は君らを生かしておきたくない俺の気持ちがわかってくれるかい?」
最後にそう言い渡し、返事を聞かずに立ち上がった。さて、すっかり時間を食ってしまった。縛り上げたままの五人をその場に置き去りにし、俺は武器を鞘に収めてまた屋根の上に飛び上がった。縄を解いてくれと言ってこないところを見るに脅しは十分効いたようだ。
放置していた背嚢の所まで戻る。道に降りず、そのまま屋根伝いに街の出口へ向かった。
城壁を飛び越え、開けた街の外に出た。スイッチを一瞬切って下方向へのベクトルを発生させる。空を飛びつつ少しずつ落下していく。しかし、街中より風が強く、重さの無い俺の身体は風に簡単にさらわれてしまう。また上に舞い上がってしまった。地面近くなら風も多少はマシになるだろうか。スイッチを何度かオンオフして、どうにか街道に降り立った。
「急がないと……」
思った通り少しは風も弱くなった。助走をつけ水平に地を蹴る。地面と平行に進む瞬間にスイッチを入れる。こうすることで、たいして労力を使わず、地面スレスレを滑るように移動出来る。と思ったのだが考えが甘かった。上方向に飛び上がってしまったり、すぐに地面に足がついてしまったり、何より風に流されて中々思うように行かない。街道をあちこち外れながらも何とか前へ進む。
歩いた方が楽そうな気がする。しかし、走るよりはこっちのが断然良い。出来れば村に到着する前にウルカさんたちに追いつきたい。段々と風も収まってきた。同時に水平移動のコツも掴んできた。風を切って街道を疾走する。顔に当たる風が心地よい。道行く人や馬車の姿はたまに見かける程度。
外では機巧魔兵に襲われる危険があるので、人は基本あまり街や村の外に出歩かない。街や村はそれぞれ独立して自給自足出来るよう心がけている。もちろん他の街や村との交易や交流もそれなりに行われている。ただそれが必要最小限に抑えられているだけだ。俺たちのような冒険者の派兵もその一つ。自給自足の前にまず自衛ありきと思われるかもしれないが、俺たちのギルドがこうして成り立っていられるのも、それを委ねてくれているおかげだ。
しばらくそうやって進んでいると、前方に何か見えてきた。土埃を巻き上げ、複数の人が同数の獣らしきものと争っている。
「追いついたけど!」
手前に一人、目に優しい色調の小柄な少女。間違いない、ウルカさんだ。その両サイド少し奥にズィーガルとイチノ。それぞれ一匹ずつ相手をしている。本来、ウルカさんのポジションには俺がいたハズだ。俺が遅れたせいで皆を余計なピンチに晒してしまった。
「ウルカ! あたしらがこっち倒すまで耐えて!」
イチノが必死に叫ぶも、余裕がないのか聞こえていないのか、ウルカさんの返答はない。相手は人工的な見た目の巨大な狼、獣型の機巧魔兵。初めて目にするタイプだ。彼女は小さな盾と短剣を構えて深く腰を落とし、何とか敵の攻撃を凌いでいる。が、どう見ても腰が引けている。地表から数センチを滑空しつつ、小剣を抜きながら彼女に呼びかけた。
「ウルカさん、避けて!」
「リアムさん!?」
突然の背後からの声に彼女は驚き振り返り、迅速機敏に真横に飛び退いた。俺は敵に突っ込む寸前で胸のスイッチを切った。