らしくない二人
「……なに?その傷……」
「んあ?これか?」
そう傷に触れるクリス。
へそから五センチほどのところに、何か刃物で刺されたような傷跡がある。
「別にそんなに気にするほどのもんでもねぇんだけど」
「いやきにするわよ!おなかに刺し傷とか命を狙われた的なあれじゃないの!」
「そのテンションの高さは純粋な心配か?それとも「隠し設定キターーーー!」っていうオタク的なテンションか?」
「1:9よ」
「オブラートに包めよ」
「包んだうえでこれよ」
テンションが上がっているリディアに対し、冷めた目をするクリス。それこそ寒暖差で風邪をひきそうなくらいに。
「まぁ隠すほどのことでもねぇんだけどな。あれはそう、まだ10歳のことだった……」
レイドとクリスは幼馴染だ。神の嗜好品として完成された顔を持つが気の弱いレイドと、見目はいいが気が強く、大人の前ではこれでもかというほど猫を被るクリス。二人はなぜか息があったのかよく一緒にいた。
だからこそ事件は起きてしまったのかもしれない。
二人しかいなかった状況。そこに突如、刃物を持った女が現れた。髪を振り乱し、目の焦点はあっていない。何かうわ言を呟いている。子供の眼からしてもその姿は異質だった。
クリスは「狙いはレイド」だと気づいた。女が呟いていたうわ言はレイドの名前だった。老若男女問わず魅了してしまうほどの美しさをレイドはその時点で持っていた。
条件反射。意識なんてまるでしていなかった。ただ無条件に。気づけばクリスの腹には刃が刺さっていた。鋭い激痛と刃物から滴り落ちる赤。引き抜かれる前に蹴り上げ、手を離させる。クリスは子供とはいえある程度武術の心得はあった。相手はまともな状態でなかったこともあり、蹴り上げると軽々と倒れた。
「クリス!血が!」
「問題ねぇ……刃が栓になってるから触んな……」
息も絶え絶えで弱弱しい声のクリスに対し、レイドは泣くしかできなかった。すぐさま人が駆けつけ、女は取り押さえられ、クリスは病院に運ばれていった。
今となっては小さな腹部の傷は、その時の名残である。
「俺は全く気にしてないんだけど、レイドの奴はがっつり気にして……というかトラウマになってるみたいで、俺に対し強くは出れないんだ。泣きつきはするけど」
「どおりでおかしな主従関係が出来上がっていると思ったわぁ……」
「おい、なんか言ったか?」
「イエナニモ」
しれっとした素振りでそう返すリディア。訝しげな雰囲気に対し、疑わしげな眼を向けるクリス。
「俺個人としては15の時に森で遭難して出くわしたクマにつけられた背中の傷の方が気になるんだけどな。……あのクマ、次会ったら絶対跪かせてやる」
「さりげなくびっくり情報をぶち込まないでよ。でもまぁ顔に傷ができなくてよかったわね。あなた、絶対に似合わないから」
「純粋な心配はないのか」
「ないわね」
バッサリと言い切るリディア。あまりにバッサリと言い切られすぎて、むしろ残念になってくるクリス。
「というか、私に心配されてうれしいの?」
「……心配されないよりかは、嬉しいな。少なくともマリアンヌよりかはリディアがいい」
「私もマリアンヌよりかはクリスの方がずっといいわ」
真顔でキッパリと言い切る二人。
こういったセリフの場合、少しくらいは甘酸っぱい空気になってもいいはずだが、残念ながら本日分は売り切れているようだ。
「はっ!というかパーティであれだけやらかしちゃったけどどうしよう!お父様やお母様に迷惑かけたくなかったのに!」
「今頃か」
今頃気づいて慌てるリディアに、もう少し早く気づけよと呆れを通り越してもはや関心気味のクリス。
「安心しろ。今頃会場はそれどころじゃねぇから」
「なにそのあくどい微笑み」
割とクリスに慣れていたリディアも若干引くような笑みを浮かべるクリス。
彼の言う通り、会場はリディアどころではなくなっていた。が、それを二人が知るのはもう少し先。
「ほんっとクリスって当て馬って感じじゃないわね。むしろ悪役……いや、ラスボスじゃないの?」
「悪役令嬢が何を言う。つーかリディアも悪役令嬢って柄じゃねーだろ」
「それもそうね」
手を取って微笑む二人。
まだこの二人にはこのくらいの距離がちょうどいいようだ。




