第7話「黙った食卓」
レオン様が、食堂の椅子に座った。
一週間前に向かい側へ置かれた椅子。それ以来、毎晩ここに座るようになった。今日で七日目になる。
暖炉の火が静かに燃えている。冬の夜は冷える。食卓の上には温かいスープと焼いたパン、蒸した根菜、それから庭のハーブを使った香草焼きが並んでいた。マルグリットが腕を振るった献立だ。
レオン様は黙ってスープを口に運んだ。
私も黙って、パンをちぎった。
三年間、この食卓に私は一人で座っていた。レオン様は書斎で食事を取り、私は食堂で取る。それが日課だった。
今は二人いる。
会話はほとんどない。匙が皿に触れる音、パンを裂く音、暖炉の薪が爆ぜる音。それだけが食堂に響いている。
けれど、沈黙の質が変わった。
以前の沈黙は不在の沈黙だった。一人しかいないから静かだった。今の沈黙は、二人がここにいるという事実の上に成り立っている。
レオン様が皿に手を伸ばした。香草焼きを切り分けて、一切れを別の皿に取る。その皿をゆっくりと——直接手渡しではなく——テーブルの上を滑らせて、私の前に置いた。
指と指が触れないように。皿の縁だけを持って、そっと。
誓約の範囲内の、精一杯。
「……ありがとうございます」
レオン様は小さく頷いた。
食事が半分ほど進んだとき、私は匙を置いた。
ここ数日、ずっと考えていたことがある。神殿で誓約の原文を読んでから、一つの問いが頭を離れない。
「レオン様」
声をかけると、レオン様の手が止まった。パンを持ったまま、こちらを見る。
「任期満了後のことを、考えていらっしゃいますか」
直接的な問いだった。三年間の沈黙の中で、これほどはっきりとした質問を投げかけたことはない。
茶碗や花のような間接的な対話ではなく、声と言葉で。
レオン様は答えなかった。
パンをテーブルに置き、手を膝の上に下ろした。視線が皿の上を泳いでいる。
沈黙が長かった。暖炉の薪が一つ、崩れ落ちる音がした。
「……考えている」
短い。けれど声に力がある。
考えている。何を。どんなふうに。任期が終わった後の生活を。家督の継承を。あるいは——。
聞きたいことが喉元まで上がってきた。けれど急かしてはいけない。この人が言葉を探すのには時間がかかる。三年間、行動でしか伝えてこなかった人が、声で何かを伝えようとしている。
待った。
レオン様が口を開いた。閉じた。また開いた。
「……俺には、まだ言葉が足りない」
俺。
その一人称を、私は初めて聞いた。
公の場では「私」を使い、日常の短い受け答えでは主語を省くレオン様が——「俺」と言った。
聖騎士としての鎧を、一枚脱いだような響きだった。
公式の顔ではない。素の、レオン・ハイデンライヒとしての声。
「それだけで十分です」
私は微笑んだ。
本心だった。「考えている」と「言葉が足りない」。この二つで、今の私には十分だった。
何を考えているかは分からない。けれど考えていること自体が答えだ。任期が終わった後を考えている。つまり、終わった後のことを——私がいる未来のことを——考えている。
レオン様の肩から、わずかに力が抜けた。
食事の終盤。
皿はほとんど空になっていた。マルグリットが途中で一度だけ水差しを補充しに来て、二人が向かい合って座っている光景を見た。彼女の目がほんの一瞬だけ赤くなったのを、私は見逃さなかった。何も言わずに、水差しを置いて去った。
レオン様がスープの最後の一口を飲み終えて、匙を置いた。
「……明日から、ここで食べる」
「はい」
これは宣言だった。「七日間の試行」ではなく、これからの日課を変えるという意思表示。
書斎で一人の食事を、やめる。
三年間の日課を、自分の意志で変える。
レオン様にとって、それがどれほどの決断なのか——言葉にしなくても分かる。行動で伝えてきた人が、行動で変えようとしている。
レオン様が食堂を出た後、私はしばらくその椅子を見つめていた。
向かい側の椅子。一週間前にはなかった椅子。座面にはまだ温もりが残っている気がした。
「俺には、まだ言葉が足りない」
あの声が耳に残っている。
「俺」。
レオン様が私の前で、初めて公の顔を外した瞬間。
前世の知識が言う。人が内面の一人称を他者の前で使うのは、相手を「内側の人間」として認識しているときだ。家族。友人。あるいは——。
名前はまだつけない。けれど輪郭がまた一つ、はっきりした。
翌朝。
書斎の前に茶碗を置いて、台所に戻った。
マルグリットが朝食の支度をしながら、いつもの調子で言った。
「奥様、旦那様は今朝早くに神殿へお出かけになりました」
「いつもより早いのですか」
「ええ。聖務の時刻より一刻ほど早く」
いつもより早く神殿へ。聖務の時刻より前に。
私は茶碗を手に持ったまま、少し考えた。
聖務の前に神殿へ行く理由。任期満了に関する何かだろうか。あるいは——。
昨夜、レオン様は「考えている」と言った。「言葉が足りない」と言った。
けれど行動は足りている。この人はいつも、行動で先に動く。
その日の夕刻。
レオン様が帰宅した。
玄関で靴音が響き、廊下を歩く音が食堂の方へ向かった。
食堂に入ると、レオン様はすでに椅子に座っていた。昨日までと同じ、向かい側の席に。
「おかえりなさいませ」
「……ああ」
短い返事。けれど目が合ったとき、微かに——ほんの微かに——口の端が動いた。
笑った、とまでは言えない。けれど、表情が緩んだ。
マルグリットが食事を運んできた。今日の献立は煮込み料理と温かいパン、サラダ。冬の食卓にふさわしい、体が温まる品々だった。
食事の間、会話は少なかった。けれど昨日よりも、沈黙が自然だった。
二人で食卓を囲むという行為が、すでに対話になっている。
食事を終えて、私が席を立とうとしたとき、レオン様が口を開いた。
「今日、神殿で大神官に伝えた」
手が止まった。
「聖護誓約の延長に、同意しない、と」
声は静かだった。けれど一語一語に迷いがなかった。
「大神官に、直接?」
「……ああ。口頭で」
レオン様は私を見ていた。目を逸らさずに。
大神官に、延長に同意しないと伝えた。口頭で。
聖護誓約の第三項。延長には大神官の発令と聖騎士本人の書面同意が必要。本人が同意しないと明言すれば、延長の可能性は制度上消滅する。
レオン様が自分の意志で、鎖を断ち切った。
誓約は守る。任期の最後まで、接触禁止を遵守する。けれど延長は受け入れない。
これがこの人の答えだった。「考えている」の中身。言葉が足りなくても、行動で示す。
「……ありがとうございます」
声が震えた。
レオン様は立ち上がった。テーブルの縁に指先を置き、一瞬だけ私の方へ手を伸ばしかけた。
止まった。
指がテーブルの上で握り込まれた。
まだ触れられない。任期は終わっていない。
「……おやすみ」
背を向けて、食堂を出ていった。
足音が廊下を遠ざかる。書斎の扉が閉まる音。
私は空の食卓の前に座ったまま、両手を膝の上で握りしめた。
あの人は、伸ばしかけた手を止めた。
誓約を守るために。最後の一日まで守りきるために。
それが誠実さだと分かっている。正しいことだと分かっている。
けれど——あの止められた手が、どうしようもなく切なかった。
暖炉の火が小さくなっていた。
食堂に一人残り、冷めていく皿を見つめながら、私は思った。
あと少しだ。
あと少しで、任期が終わる。
そのとき、この人はどんな顔をするのだろう。伸ばしかけた手を、今度は止めずに済むとき。
それを見届けたい。
この目で、必ず。




