第26話 豆を運ぶには、盗賊も数に入れろ
「豆が欲しけりゃ、まず道を開けてくれ」
南西農村連合の代表を名乗った女は、そう言って腕を組んだ。
名前はマルタ。
日に焼けた肌。
太い腕。
鋭い目。
貴族や商人とは違う圧がある。
畑と天気と人手不足と戦ってきた人間の圧だ。
俺は思わず背筋を伸ばした。
「盗賊って、どのくらい出てるんですか?」
「三日前からだね。南西街道の林道で荷馬車が二台やられた。奪われたのは豆袋、干し野菜、塩漬け肉。人は殺されちゃいない」
「殺されてない?」
ガルドが眉を動かした。
いつの間にか背後にいた。
怖い。
この人、気配が薄い。
「殺すつもりなら、もっと血が出てるはずだ」
マルタは低く言った。
「だが、荷は全部持っていかれた。護衛も殴られて転がされた」
「つまり、食料狙い」
俺が言うと、マルタは頷いた。
「そう見てる。けど、だからって放っておけるわけじゃない。こっちも冬を越すための蓄えだ。奪われ続けたら村が干上がる」
豆。
干し野菜。
塩漬け肉。
避難所では、豆ひとつで夜の揉め事が減る。
ファルネ村では、避難民との対立を抑えるために食料が必要。
ミード村では、病人が回復するまで粥がいる。
そして南西農村側にも、自分たちの生活がある。
どこも余裕がない。
だから奪い合いになる。
「盗賊を倒せば終わり、って話じゃなさそうですね」
俺が呟くと、ミレーユが頷いた。
「食料狙いの盗賊は、背景に飢えがあります。討伐だけでは再発します」
バルロが横から鼻を鳴らした。
「腹減った連中は、説教じゃ止まらん」
「じゃあ、飯を出せば止まる?」
「出し方を間違えりゃ、もっと来る」
重い。
豆の話なのに、治安と政治の話になっている。
俺は視界の線を見る。
南西街道。
林道。
襲撃地点。
農村連合。
エルドベルク。
避難所。
そして、街道の脇にある古い製材小屋。
赤い線がそこに集まっていた。
【盗賊拠点候補:旧製材小屋】
【敵性:中】
【交渉余地:あり】
「交渉余地あり……?」
思わず口に出た。
ガルドが反応する。
「交渉できる盗賊か」
「たぶん。少なくとも、全員が殺し目的じゃない」
マルタが目を細めた。
「あんた、本当に道が見えるんだね」
「まあ、一応」
「なら見ておくれ。うちの豆をエルドベルクへ運ぶ道はあるのかい?」
金色の線は、確かにあった。
ただし、真っ直ぐではない。
盗賊を避ける道ではなく、盗賊のところへ一度向かう道。
嫌な予感しかしない。
「あります」
「本当かい」
「はい。でも、たぶん先に盗賊と話す必要があります」
マルタは腕を組んだまま、深く息を吐いた。
「面倒な道だね」
「俺のスキル、だいたい面倒な道を出してきます」
ガルドが短く言った。
「行くなら護衛をつける」
「お願いします」
「討伐ではなく調査と交渉だな」
「はい。できれば」
ミレーユがすぐに帳簿を開く。
「盗賊を労働力に変えられるなら、街道警備と荷役に使える可能性があります」
「怖いくらい実務的ですね」
「人手不足ですから」
この人、盗賊すら資源として見る。
でも、間違っていない。
食料がなくて盗賊になっているなら、仕事と飯を渡せば、敵が人手になる可能性もある。
もちろん、簡単ではない。
襲った側と襲われた側がいる。
信頼はない。
罪も消えない。
でも、道があるなら進むしかない。
◇
翌朝。
南西街道へ向かったのは、俺、ガルド、騎士二人、マルタ、ミレーユ、そしてなぜかバルロだった。
「バルロさん、なんでいるんですか?」
「盗賊が腹減ってるなら、飯の量を見れば分かる」
「そんな判断方法あるんですか」
「ある」
断言された。
料理番の世界、奥が深い。
トマは局舎で留守番だ。
出発前、彼は心底ほっとした顔をしていた。
「ようやく帳簿を室内で書けます……」
幸せの基準がかなり下がっている。
エマは三村定期便の連絡札作りがあるため同行しない。
代わりに、青札、赤札、黒札、黄札の試作品を見せてくれた。
「水、病気、魔物、食料です」
「分かりやすい。いいね」
「盗賊用の札も作りますか?」
「黒札でいいかな……いや、盗賊と魔物を一緒にするのも違うか」
ガルドがぼそっと言った。
「茶札だな」
「なぜ茶色?」
「土埃っぽい」
雑だけど、妙に納得した。
◇
南西街道は、思ったより穏やかな道だった。
畑が広がり、ところどころに豆の支柱が立っている。
干し野菜を吊るす小屋。
麦わらの山。
農村の匂い。
エルドベルクや黒霧の森とは違う、生きている土地の匂いがした。
だが、街道の途中から空気が変わった。
林道。
道幅が狭い。
荷馬車が通るには十分だが、左右から襲われると逃げにくい。
俺の視界に赤い線が浮かぶ。
「ここです」
俺は道端の轍を指した。
「襲撃された場所」
マルタが頷く。
「一台目はここだ」
地面には、古い車輪跡と、乱れた足跡が残っている。
血は少ない。
確かに殺し合いではない。
奪って逃げた。
そんな跡だ。
金色の線は、林の奥へ続いている。
「旧製材小屋へ行きます」
ガルドが騎士たちへ合図した。
「抜剣はするな。だがいつでも抜けるように」
バルロは大きな袋を肩に担いでいる。
「それ、何ですか?」
「粥の材料だ」
「盗賊のところに炊き出ししに行くんですか?」
「腹具合を見るには、飯を出すのが一番早い」
この人、本当にぶれない。
◇
旧製材小屋は、林の奥にあった。
壊れかけた屋根。
積まれた古い丸太。
錆びた鋸。
人の気配はある。
煙の匂い。
そして、焦げた豆の匂い。
バルロが眉をひそめた。
「豆を焦がしてやがる」
「そこに怒るんですね」
「食い物を粗末にする奴は信用できん」
小屋の中から、若い男の声がした。
「そこで止まれ!」
数人の男たちが出てきた。
武器は持っている。
だが、装備は粗末だ。
農具を改造した槍。
短いナイフ。
木の盾。
顔は痩せている。
目の下に隈。
奥には、子どもと老人の姿も見えた。
「……盗賊というより、避難民ですね」
俺が言うと、ガルドも小さく頷いた。
「だが、荷を奪ったのは事実だ」
先頭の男が叫ぶ。
「帰れ! 俺たちは何も渡さない!」
マルタが一歩前に出た。
「渡さない、じゃない。あんたら、うちの豆を盗ったね」
男の顔が歪んだ。
「……だったらどうする。あのままじゃ子どもが死んでた」
「だからって盗んでいいことにはならない」
「分かってる!」
男は叫んだ。
「分かってるけど、他にどうしろって言うんだ! 村は黒霧で潰れた! 王都へ行っても門前払い! エルドベルクは魔物で終わったって聞いた! どこも助けてくれないなら、奪うしかないだろ!」
その言葉に、場が静かになった。
エルドベルクは終わった。
そう噂されていたのだ。
だから、この人たちは助けを求めなかった。
求められなかった。
情報が届いていなかった。
まただ。
物資より先に、情報が届いていなかった。
俺はゆっくり手を上げた。
「エルドベルクは終わってません」
男が俺を睨む。
「誰だ、お前」
「エルドベルク配送局のレンジです」
「配送局?」
「できたばかりです。水と薬と飯を届ける組織です」
男は信じていない顔だった。
当然だ。
盗賊になりかけた避難民の前に、いきなり配送局ですと言われても困るだろう。
だから俺は、バルロを見た。
「バルロさん」
「分かってる」
バルロは袋を下ろし、鍋を出した。
盗賊たちがざわつく。
「何をする気だ」
「飯だ」
「は?」
「豆を焦がすような奴らに、まともな食い方を見せてやる」
バルロの圧に、盗賊たちが一瞬黙った。
すごい。
武器を持った男たちが、料理番に気圧されている。
バルロは手際よく火を起こし、鍋に水を入れ、麦と豆を放り込んだ。
香りが立つ。
焦げではない。
温かく、腹に届く匂い。
子どもたちが、小屋の奥から顔を出した。
男が唇を噛む。
「情けをかける気か」
バルロは木杓子を動かしながら答えた。
「違う。腹が減った奴とは話にならん。まず食わせる」
重い。
そして正しい。
◇
粥が配られると、空気は少し変わった。
子どもたちは夢中で食べた。
老人も震える手で器を持った。
男たちは警戒しながらも、結局食べた。
その食べ方で分かる。
本当に飢えている。
食べ終えた頃、先頭の男は小さく名乗った。
「……俺はダリオ。元はハルク村の農夫だ」
「ハルク村?」
マルタの顔が曇る。
「南西の外れだね。黒霧の通り道に近い」
「村は?」
ダリオは黙った。
それだけで十分だった。
「生き残ったのは?」
「ここにいる三十六人。子どもが八人、老人が六人。動ける大人は十二人」
トマがいたら即座に記録しただろう。
俺は木の板に数字を書き留めた。
「盗んだ荷は?」
「残ってる分は返す。だが、食った分は返せない」
マルタが険しい顔をした。
怒っている。
当然だ。
彼女たちにも生活がある。
俺は金色の線を見る。
単に許す道は赤い。
処罰だけも赤い。
太い金色の線は、労働と返済へ伸びていた。
「働いて返す形にしましょう」
全員が俺を見る。
「ダリオたちは、南西街道の補修と護衛補助に入る。奪った豆の分は、その労働で返済。子どもと老人は、エルドベルクか農村連合の一時受け入れ場所へ」
ダリオが眉を寄せる。
「俺たちを信じるのか」
「信じきるわけじゃないです。記録します。見張りもつけます。逃げたら罪になります」
「……だろうな」
「でも、働くなら飯は出す。水も出す。子どもたちは飢えさせない」
ダリオの顔が歪んだ。
「そんな都合のいい話があるか」
「都合よくはないです。めちゃくちゃ面倒です」
俺は正直に言った。
「でも、ここで討伐しても、飢えた人がまた別の場所で盗賊になる。だったら、道の中に組み込んだ方がいい」
ミレーユが微笑む。
「配送局としては、人手不足の街道補修班が手に入ります」
ガルドが言う。
「騎士団としては、監視対象を一か所にまとめられる」
マルタは腕を組んだまま、ダリオを見る。
「農村連合としては、奪われた分を働いて返してもらう。それなら筋は通る」
バルロが木杓子を鳴らした。
「飯を食うなら働け。働くなら飯を出す。それだけだ」
結局、バルロが一番分かりやすかった。
ダリオはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり頭を下げた。
「……子どもたちを飢えさせないなら、俺は何でもする」
「なら決まりです」
俺の頭に表示が浮かぶ。
【南西街道盗賊問題:交渉成立】
【旧ハルク村避難民を街道補修労働班として仮編成】
【豆類配送路の安全度:上昇】
よし。
盗賊討伐ではなく、盗賊回収。
また変な配送をしてしまった。
◇
帰り道、マルタは馬車の横を歩きながら言った。
「あんた、変わった局長だね」
「よく言われます」
「盗賊を働かせて豆の道を守らせるなんて、普通は考えない」
「俺も普通はやりたくないです」
「でも、悪くない」
マルタは少しだけ笑った。
「農村連合は豆を出す。ただし、最初は少量だ。道が本当に安全になるか見る」
「十分です」
「それと、ハルク村の連中を受け入れる場所も考えな。あのまま製材小屋に置くと、また盗賊に戻る」
「ですよね」
金色の線は、旧製材小屋からエルドベルク南区の空き倉庫へ伸びていた。
また空き倉庫か。
この街、空き倉庫が毎回救世主になっている。
【推奨:旧ハルク村避難民の一時収容所を設置】
【食糧支援・労働登録・護衛監視が必要】
「仕事が増えた……」
ミレーユが隣でにっこり笑った。
「人手も増えましたよ」
「そういう見方もあるか」
「あります」
バルロが後ろから言った。
「飯の口も増えた」
「それもありますね」
「豆を増やせ」
「結局そこに戻る」
◇
エルドベルクに戻ると、トマが局長席で帳簿を広げて待っていた。
「おかえりなさい。豆の契約は取れましたか?」
「取れました」
「よかったです」
「あと、盗賊だった避難民三十六人を労働班として仮編成します」
トマの筆が止まった。
「……もう一度お願いします」
「旧ハルク村避難民三十六人を、街道補修労働班として登録します」
トマは天井を見上げた。
「帳簿項目が増えました……」
「ごめん」
「謝るなら増やさないでください……」
無理だ。
配送局は、必要なものを拾ってしまう。
水も。
飯も。
薬も。
人も。
問題も。
全部、道の上に落ちている。
そして見えてしまった以上、拾わずにはいられない。
夕方、正式に記録された。
【南西農村連合:豆類試験供給合意】
【旧ハルク村避難民:街道補修労働班として仮登録】
【南西街道配送路:仮開通】
【エルドベルク配送局 食糧網安定度:上昇】
局舎の中庭に、豆袋が三つ届いた。
バルロはそれを見て、満足そうに頷いた。
「これで粥が濃くなる」
「街道問題の成果がそれなんですね」
「民にはそれが一番分かりやすい」
確かにそうだ。
政治より、名誉より、報告書より。
今日の粥が少し濃い。
それだけで、人は明日を信じやすくなる。
◇
夜。
局長席に座っていると、王都へ伸びる赤線がまた少し太くなっていた。
【長期警告:王都方面】
【配送局の影響圏拡大を検知される可能性上昇】
豆の道を開いた。
盗賊を労働班にした。
三村と農村連合が繋がった。
配送局の線は、確実に広がっている。
それは良いことだ。
でも、目立つということでもある。
「王都より先に、豆と水だ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
大きな敵は怖い。
だが、明日の配送表は待ってくれない。
南区へ水。
西区へ豆。
三村へ薬。
南西街道へ工具。
旧ハルク村避難民へ寝床。
やることは山ほどある。
でも、金色の線はちゃんと伸びている。
俺は羽ペンを取り、明日の配送表に一行を書き加えた。
【南西街道補修班へ、粥用豆一袋】
盗賊だった人間にも飯を届ける。
それが、明日の治安になるなら。
配送局の仕事としては、十分すぎるほど意味がある。




