第25話 定期便一号、出発前から揉める
エルドベルク配送局、三日目。
俺は局長席で、配送表を睨んでいた。
【三村定期便一号】
行き先は、ルッカ村、ファルネ村、ミード村。
積み荷は、水樽、薬草、麦、豆、塩、清潔な布、煮沸用の薪、記録板。
帰り荷は、水質サンプル、消費量記録、病人数報告、追加要望。
うん。
完全に仕事だ。
異世界転生して、チートで無双するはずが、俺は今、配送表と在庫表と必要物資一覧に囲まれている。
「……俺、冒険者だったよな?」
小さく呟くと、横でトマが帳簿から顔を上げた。
「現在の職務実態としては、ほぼ行政職です」
「言わないでほしかった」
「局長ですので」
「まだその呼び方に慣れてない」
「皆さん慣れました」
「俺だけ取り残されてる……」
中庭では、馬車三台が出発準備をしていた。
一台目は水と薬。
二台目は食料。
三台目は空き樽と回収用の箱。
エマは記録板を抱え、トマから数字の書き方を教わっている。
「水樽はこの記号。薬草箱はこれ。病人の数はここに」
「はい!」
「読み間違えると次回配送量が狂うので、丁寧に」
「はい!」
エマの返事は元気だ。
トマは疲れている。
たぶん、この二人は良い組み合わせになる。
若さとやる気のエマ。
疲労と正確性のトマ。
配送局、意外と人材が育ってきている。
その時、中庭の入口で声が上がった。
「待て! その馬車は出せん!」
全員が振り返る。
門のところに立っていたのは、貴族区の役人らしき男だった。
きっちりした服。
高そうな帽子。
鼻にかけたような声。
俺は一瞬で嫌な予感がした。
リリアナがまだ来ていない時間を狙ったのだろう。
ガルドも東門の確認で不在。
つまり、配送局の現場が手薄なタイミング。
「何の用ですか?」
俺が聞くと、男は巻物を広げた。
「貴族区管理馬車三台の返還を求める。現在、配送局とやらが使用している馬車のうち二台は、グレイ伯爵家の所有物だ」
「ああ、復旧支援で貸してもらってる馬車ですね」
「貸与期限は昨日までだ」
「昨日?」
俺はトマを見る。
トマは慌てて帳簿をめくった。
「いえ、契約書上は『東門復旧第一段階完了まで』です。日付指定ではありません」
役人の眉が動いた。
「解釈の問題だ。伯爵家としては、すでに第一段階は完了したと判断している」
「東門、まだ半壊してますけど」
「仮封鎖は完了している」
「それを完了扱いにするの、だいぶ強引では?」
「貴族区の判断だ」
出た。
便利ワード。
貴族区の判断。
俺は金色の線を見た。
馬車。
三村定期便。
グレイ伯爵家。
そして、王都方面へ伸びる細い赤線。
【干渉:配送馬車の返還要求】
【放置時、三村定期便遅延】
【推奨:代替利益提示】
「なるほど」
俺は小さく息を吐いた。
力で奪い返すつもりではない。
でも、馬車を引き上げて定期便を止める。
配送局の信用を削る。
そしてたぶん、王都か誰かに「配送局は運用不能」と報告する。
嫌な手だ。
地味だけど効く。
ミレーユがいれば、もっと上手く捌けただろう。
だが彼女は今、商会倉庫で物資調達中。
なら、俺がやるしかない。
「分かりました。馬車は返せます」
トマがぎょっとした。
「局長!?」
役人は勝ち誇ったように笑った。
「最初からそう言えばよい」
「ただし、返す前に確認します」
「何をだ」
「グレイ伯爵家は、三村への水と薬の定期配送を止めた家として記録されても問題ないですか?」
役人の笑みが固まった。
「何?」
「今、この馬車はルッカ、ファルネ、ミードへ行く予定です。水源汚染と病人対応のためです」
俺は中庭の配送表を指さした。
「ここで馬車を返還すれば、三村定期便は遅れます。遅れた結果、村の病人や子どもに水が届かなかった場合、その原因欄に『グレイ伯爵家による馬車返還要求』と記録します」
「脅す気か?」
「記録するだけです」
トマが小さく呟いた。
「それなら帳簿上、正確ですね」
役人がトマを睨む。
トマは震えながらも帳簿を抱えた。
強くなったな、トマ。
俺は続ける。
「もちろん、逆もあります」
「逆?」
「このまま馬車を貸していただければ、三村支援記録に『グレイ伯爵家提供馬車により水・薬草配送』と残ります」
役人の表情が微妙に変わった。
名誉。
またこのカードだ。
「伯爵家は、エルドベルクだけでなく周辺三村の救済にも貢献した。そう記録されます」
「……それは」
「しかも、王都へ提出する復旧報告書にも載ります」
王都、という言葉で男の目が動いた。
効いた。
貴族にとって、地元民の感謝より王都への評価の方が刺さることもある。
少し腹立つが、使えるものは使う。
「ただ返すだけなら、馬車は戻ります。でも記録には残りません」
俺は巻物を見た。
「どうします?」
役人はしばらく黙った。
周囲の配送局員、修道女、商会員、南区の若者たちが見ている。
ここで馬車を引き上げれば、完全に悪役だ。
しかも王都報告に不名誉な形で載るかもしれない。
役人は苦々しく言った。
「……伯爵家は慈悲深い。三村救済のため、一日だけ貸与を延長する」
「ありがとうございます。トマさん、記録を」
「はい。グレイ伯爵家、三村救済定期便へ馬車二台を追加貸与。一日延長」
「一日だけだぞ」
「明日また相談しましょう」
「毎日来させる気か!」
「記録は毎日更新できます」
役人は顔を引きつらせ、去っていった。
中庭に、微妙な沈黙が落ちる。
南区の若者がぽつりと言った。
「局長、貴族の扱い上手くなってきたな」
「嬉しくない成長だなぁ」
トマが帳簿を閉じた。
「でも助かりました。馬車がなければ、三村便は組み直しでした」
「出発前からこれか……」
俺は空を見上げた。
王都の赤線は、ほんの少し太くなっている。
配送局を潰すなら、魔物より書類と馬車の方が効く。
敵も学習してきている。
嫌すぎる。
◇
三村定期便一号は、予定より少し遅れて出発した。
同行は、俺、エマ、トマ、騎士二名、修道女一名、南区の若者二名。
ガルドは東門対応で残る。
代わりに騎士団から若い騎士のルークが来た。
真面目そうな青年だ。
「副官より、局長殿を守れと命じられました」
「局長殿って」
「局長殿です」
「堅いなぁ」
「騎士ですので」
そしてもう一人は、寡黙な女性騎士マイラ。
短い黒髪に、鋭い目。
ほとんど喋らないが、馬車の周囲を見る目がかなり細かい。
頼もしい。
少し怖い。
エマは馬車の上で記録板を見つめていた。
「ルッカ村は水樽四つ、薬草一箱。ファルネ村は水樽五つ、豆一袋。ミード村は水樽四つ、薬草一箱、塩少量……」
「完璧」
「本当ですか?」
「うん。俺より覚えてる」
「局長なのに?」
「局長にも得意不得意がある」
トマが横から言った。
「局長の得意分野は、無茶な現場判断です」
「褒めてる?」
「半分は」
「もう半分は?」
「無茶です」
否定できない。
◇
ルッカ村では、前回見つけた北の湧き水ルートがすでに使われ始めていた。
倒木は村人たちが少しずつ除去し、小さな桶置き場ができている。
子どもたちが水を運び、大人が煮沸所で湯を沸かしていた。
村長が頭を下げる。
「水が回り始めました。井戸はまだ怖いが、湧き水があるだけで皆の顔が違います」
エマが記録を取る。
「水樽消費、昨日より一つ減。湧き水利用あり。病人は?」
「十三人から七人に減った」
「七人」
彼女の字はまだ少し拙い。
でも読める。
記録として十分だ。
俺の頭に表示が出た。
【ルッカ村:自立水運用進行】
【次回水配送量を一樽削減可能】
「よし」
届け続けるだけじゃない。
届ける量を減らせるくらい、現地が回り始める。
これは良い傾向だ。
◇
ファルネ村では、やはり人の問題が残っていた。
村人と避難民の間には、まだ見えない線がある。
ただ、前回よりは落ち着いていた。
広場には三列の配給線があり、子ども・老人・病人優先のルールも守られている。
炊き出しの鍋からは、豆入り粥の匂いがした。
「豆だ!」
子どもが嬉しそうに声を上げる。
バルロの判断は正しかった。
豆ひとつで、場の空気が少し明るくなる。
しかし、村長は困った顔で俺を呼んだ。
「局長殿、少し問題が」
「局長殿が広まりすぎてる……」
「避難民の一部が、村に残りたいと言っている」
「残りたい?」
「元の集落が黒霧でやられたらしい。戻れないと」
ああ。
来た。
配送だけでは解決できない問題。
人の居場所。
村人側からすれば、突然五十人近い避難民が居着くのは負担だ。
食料も水も土地も足りない。
でも避難民側にも、帰る場所がない。
俺の視界に赤線が出る。
【ファルネ村:定住摩擦リスク】
【放置時、物資配布衝突再燃】
「これは……重いな」
すぐ答えを出せる話ではない。
でも、今できることはある。
「まず、避難民を一時滞在者として記録しましょう。人数、家族構成、戻れる集落があるか、仕事ができる人がいるか」
トマが頷く。
「名簿ですね」
「はい。配給量もそれで計算できる。あと、村に残るなら水運びや畑の復旧を手伝ってもらう。支援を受けるだけじゃなく、村を支える側にも回ってもらう」
村長は考え込んだ。
「働くなら、村人も少しは納得するかもしれん」
「避難民代表とも話しましょう」
俺はエマを見る。
「エマ、名簿作りを手伝える?」
「はい!」
トマが小声で言う。
「仕事が増えましたね」
「でも必要な仕事です」
「分かっています……」
ファルネ村では、定期便の荷下ろしに加えて避難民名簿作りが始まった。
配送局、もはや物流だけでなく住民調整まで始めている。
怖い。
だが、物資の流れと人の流れは切り離せない。
人がどこにいるか分からなければ、必要な物も分からない。
◇
ミード村に着いたのは夕方前だった。
前回より、村に少しだけ声が戻っていた。
集会所の窓は開けられ、外ではニルが桶を運んでいる。
ユルもまだ寝てはいるが、意識が戻ったらしい。
メイナ老婆は、俺たちを見るなり深く頭を下げた。
「水が、今朝も汲めたよ」
その声は震えていた。
けれど、昨日のような絶望ではなかった。
水源上流の泉は、まだ完全には戻っていない。
だが、黒霧核片を取り除いたおかげで、新しく湧く水は使えるようになり始めている。
修道女が水質を確認し、頷いた。
「煮沸すれば使えます」
村人たちから小さな歓声が上がった。
俺は思わず笑った。
魔物を倒した時の歓声とは違う。
水が使える。
ただそれだけ。
でも、村にとっては勝利だった。
【ミード村:臨時水路運用開始】
【水源回復傾向】
【三村定期便:初回巡回成功】
「よし……」
胸の奥が軽くなる。
だが、同時に新しい表示が浮かんだ。
【追加課題:三村間連絡網の未整備】
【ファルネ村避難民問題とミード村水源問題の情報共有不足】
【推奨:連絡札制度】
「連絡札?」
俺が呟くと、エマが反応した。
「何ですか?」
「村ごとに記録板を置くだけじゃなくて、急ぎの知らせを次の便まで待たずに送る仕組みが必要みたい」
「手紙ですか?」
「手紙より簡単な札。水不足、病人増加、魔物目撃、食糧不足。記号で分かるやつ」
トマが目を開いた。
「それは良いです。文字が読めない人でも使えます」
「例えば青札は水、赤札は病気、黒札は魔物、黄札は食料」
エマがすぐに記録する。
「札を村の入口に出しておけば、配送便が見て対応できますね」
「そう。緊急なら村から走者を出す時にも札を持たせる」
配送局の情報網。
最初は小さな札でもいい。
でも、それがあれば「何が足りないか」が早く届く。
物資より先に、情報が走る。
【連絡札制度案:有効】
【配送判断精度:上昇】
いい。
これだ。
配送局が本当に機能するには、馬車だけじゃ足りない。
情報の道が必要だ。
◇
帰り道、馬車の中でエマが札の記号案を書いていた。
青い水滴。
赤い十字。
黒い爪跡。
黄色い麦穂。
なかなか分かりやすい。
「絵、上手いね」
「昔、村の子どもたちに絵を描いてあげてたので」
「配送局の連絡札担当、いけるかも」
エマは少し照れた。
「私にできるなら、やりたいです」
トマが横から言う。
「では、連絡札台帳も必要ですね」
「また台帳」
「記録しない制度は崩れます」
「トマさん、どんどん頼もしくなってる」
「嬉しくない成長です……」
馬車がエルドベルクへ向かって進む。
三村定期便一号は、成功。
ただし、また仕事が増えた。
避難民名簿。
連絡札制度。
豆の追加調達。
貴族馬車の延長交渉。
南区の水管理改善。
王都の干渉。
……多すぎる。
「配送局、便利になればなるほど仕事増えません?」
俺が言うと、トマが疲れた声で答えた。
「便利な場所には、仕事が集まります」
「名言みたいに言わないでください」
「帳簿係の実感です」
重い。
◇
夜、エルドベルクへ戻ると、局舎の前に一台の見慣れない馬車が停まっていた。
黒塗りではない。
王都の紋章でもない。
しかし、かなり立派な馬車だ。
ミレーユが入口で待っていた。
珍しく、表情が少し硬い。
「レンジ様。お客様です」
「王都ですか?」
「いえ」
彼女は馬車を見た。
「南西農村連合の代表です」
「農村連合?」
「豆と干し野菜の産地です。こちらから交渉便を出す前に、向こうから来ました」
「早いですね」
「ええ。早すぎます」
嫌な予感がした。
中から降りてきたのは、日に焼けた中年女性だった。
農民というより、村々を束ねる女親分のような迫力がある。
彼女は俺を見るなり、まっすぐ言った。
「あんたが配送局の局長かい?」
「一応……」
「うちの豆を買いたいなら、条件がある」
「条件?」
「南西街道に盗賊が出る。うちから荷を出したくても、途中で奪われる」
彼女は腕を組んだ。
「豆が欲しけりゃ、まず道を開けてくれ」
俺の視界に、新しい赤線が浮かぶ。
南西街道。
豆の産地。
盗賊。
食料供給路。
【新規課題:南西街道の盗賊被害】
【放置時、豆類安定調達不可】
【配送局食糧網拡張の障害】
「……今度は盗賊か」
俺は思わず天を仰いだ。
魔物。
黒霧。
貴族。
王都。
今度は盗賊。
異世界の配送、敵の種類が豊富すぎる。
でも、豆がなければ避難所と三村の食糧安定が遅れる。
バルロが言っていた。
腹は政治だ。
つまり、豆は治安だ。
「分かりました」
俺はため息をつきながら言った。
「話を聞かせてください」
配送局、三日目。
次の仕事は、どうやら豆を守る道作りらしい。




