第18話 配達完了の翌日、仕事が増えるのは聞いてない
都市崩壊は回避された。
黒霧の門は閉じた。
王都監察官カシアンも、一旦は引き下がった。
成功率は百パーセント。
つまり、俺の仕事は終わった。
……はずだった。
【新規目的:辺境都市エルドベルクに物流網を構築する】
【第一段階:南区・教会・商会・騎士団の定期配送路を作成】
【推奨開始日:本日】
「昨日は明日って出てたよな?」
教会の客室で目を覚ました瞬間、俺は天井に向かって文句を言った。
おかしい。
昨日の夜、確かに表示は「明日」と言っていた。
なのに、寝て起きたら「本日」になっている。
いや、当たり前だ。
当たり前なのだが、納得できない。
「せめて昼からにしてくれよ……」
体は全身筋肉痛。
足首はまだ痛い。
肩も背中も重い。
頭もぼんやりしている。
黒霧の門を返送した翌朝に、新規事業立ち上げを要求してくるスキル。
異世界ブラック労働、ここに極まれり。
布団の中で二度寝を決め込もうとした、その時だった。
扉が叩かれた。
「レンジ様、起きていますか?」
セラフィナの声だった。
「……寝ています」
「では、起きてからお返事ください」
「今の返事で起きてるのバレません?」
「はい」
逃げられなかった。
俺が観念して起き上がると、セラフィナが盆を持って部屋に入ってきた。
薬草茶と、薄く焼いたパン。
それから、小さな器に入ったスープ。
「朝食です。バルロ様からです」
「あの人、教会にまで飯を届け始めたんですか」
「はい。『英雄を飢えさせると縁起が悪い』とのことです」
「英雄じゃないって言ってるのに」
「皆さん、そう呼び始めていますよ」
「やめてほしい」
本気でやめてほしい。
俺はただの元配達員だ。
剣も振れないし、魔法も使えない。
魔物相手には基本逃げる。
英雄というより、道に詳しい巻き込まれ体質の一般人である。
パンをかじると、妙にうまかった。
バルロのスープも、胃に染みる。
「うま……」
「よかったです」
セラフィナは微笑んだ。
だが、目の下には薄い疲れが残っている。
「セラフィナ様も休めました?」
「三時間ほど」
「短い」
「昨日より長いです」
「基準がおかしい」
俺が言うと、セラフィナは少し困ったように笑った。
「ですが、今日からは治療より復旧が中心になります。私も無理は控えます」
「本当に?」
「……なるべく」
「その言い方、信用できないなぁ」
セラフィナは視線を逸らした。
聖女、意外と嘘が下手である。
◇
朝食後、俺は教会の中庭へ出た。
そこには、なぜかすでに人が集まっていた。
リリアナ。
ガルド。
ミレーユ。
トマ。
バルロ。
修道女長。
騎士団の工兵。
南区の若者代表。
商会の馬車係。
そして、例の太った貴族までいる。
「……何の会議ですか?」
俺が聞くと、ミレーユが当然のように答えた。
「第一回エルドベルク復旧物流会議です」
「名前がもう重い」
「議題は、南区への定期水配送、薬草管理、避難所食糧供給、東門復旧資材運搬、貴族区からの追加徴発、そして将来的な都市物流網の設計です」
「昨日、街が滅びかけたばかりですよね?」
「はい。だから今日やります」
商人、容赦がない。
俺はリリアナを見た。
彼女は椅子に座っていた。
よかった。
立っていない。
セラフィナ様の圧が効いているらしい。
「レンジ」
リリアナが言う。
「お前が昨日言った配送網の話だ。早い方がいい」
「まあ、それはそうですけど」
「街の危機は去ったが、不便は残っている。放っておけば、不満になる。不満は争いになる」
さすが騎士団長。
見る場所が違う。
確かに、今の街は危機を乗り越えた直後だ。
人々は一時的に団結している。
だが、水が届かない、飯が足りない、薬がない、復旧が遅いとなれば、すぐ不満が出る。
勝った後の方が、案外難しいのかもしれない。
「それで、俺は何をすれば?」
全員が俺を見た。
嫌な予感がする。
ミレーユがにっこり笑った。
「まず、今日中に優先配送路を三本作ってください」
「今日中?」
「はい」
「三本?」
「はい」
「俺、昨日まで街を救ってたんですけど」
「お疲れ様でした」
「労いが軽い」
バルロが腕を組んで言った。
「南区の水は待たねぇぞ」
ガルドも続く。
「東門の資材も必要だ」
セラフィナが静かに言う。
「薬草の配送も、滞れば治療に影響します」
太った貴族が咳払いした。
「我が家が提供した馬車の返却時期も明確にしてもらわねば困る」
ミレーユが即座に笑顔で返す。
「公共貢献記録にさらに加算できますよ」
「ふむ。なら多少は待とう」
名誉ポイント、便利すぎる。
俺は深く息を吐いた。
「分かりました。まず現状の物資と必要地点を整理しましょう」
そう言った瞬間、頭の中に金色の線が広がった。
南区。
教会。
西区避難所。
東門。
ミレーユ商会。
貴族区の倉庫。
北井戸。
薬草保管庫。
各地点が光り、線で繋がっていく。
まるで街全体が巨大な地図になったようだった。
【第一配送路候補:北井戸 → 南区煮沸所 → 西区避難所】
【第二配送路候補:ミレーユ商会倉庫 → 教会薬草庫 → 東門救護所】
【第三配送路候補:貴族区余剰馬車庫 → 東門復旧現場 → 旧採石場封鎖地点】
「三本、見えました」
俺が言うと、トマが即座に筆を構えた。
「記録します」
「まず一本目。北井戸から南区煮沸所、そこから西区避難所。これは水の定期配送です」
俺は地面に簡易地図を描く。
「問題は、今のルートだと市場前を通るので混雑します。だから朝と夕方の二回は北回り。昼だけ市場ルートでいい」
馬車係が頷く。
「北回りは遠いですが、道幅があります」
「水樽を積むなら遠回りでも安定優先です。市場ルートは少量配送だけにする」
ミレーユがトマに言う。
「水樽の本数と馬車の消耗を計算して」
「はい……」
「二本目。薬草です」
俺は教会と商会を繋ぐ線を引いた。
「薬草は一か所に集めると狙われます。だから商会、教会、東門救護所で三分割保管。毎朝、使用量を記録して補充」
セラフィナが頷いた。
「治療班ごとに記録係を置きます」
「トマさん、帳簿の書式作れますか?」
「作れますが、私の仕事量が増えていませんか?」
「増えてます」
「やはり……」
トマが遠い目をした。
頑張れ、帳簿係。
君の記録が街を救う。
「三本目は復旧資材です。東門と旧採石場の封鎖。ここは重い物を運ぶので、貴族区の大型馬車を使うしかない」
太った貴族が眉を寄せる。
「我が家の馬車をまた使うのか」
ミレーユがすかさず言う。
「復旧支援貢献として記録されます」
「ふむ。ならば二台まで出そう」
「四台必要です」
「二台だ」
金色の線を見る。
妥協点。
馬車三台。
さらに商会の小型馬車二台を補助。
「三台でお願いします。その代わり、東門復旧報告書に貴家名を最上段で記載します」
貴族の目が光った。
「最上段か」
「はい」
「三台出そう」
名誉、強い。
俺は少し怖くなってきた。
◇
会議は昼まで続いた。
配送時間。
馬車の台数。
護衛の人数。
荷下ろし場所。
水樽の返却。
薬草の記録。
飯の配給。
東門の復旧優先箇所。
細かいことが山ほど出てくる。
街を救うのは派手だった。
だが、街を回すのは地味だ。
そして地味な方が、たぶんずっと大変だ。
「レンジ様」
ミレーユが書類をまとめながら言った。
「この仕組み、正式な組織にした方がいいですね」
「組織?」
「騎士団、教会、商会、住民代表が共同で運営する配送管理部門です」
「急に会社っぽくなってきた」
「名前が必要です」
嫌な予感がした。
「名前?」
「はい。組織名があれば、契約も予算も取りやすくなります」
リリアナが考え込む。
「エルドベルク復旧輸送隊」
硬い。
ガルドが言う。
「都市補給連絡班」
さらに硬い。
セラフィナが微笑む。
「命を届ける会」
優しいけど、少し重い。
バルロが鼻を鳴らす。
「飯と水を運ぶ連中」
そのまますぎる。
ミレーユが俺を見る。
「レンジ様、どうします?」
「俺に振ります?」
「言い出したのはレンジ様ですので」
「うーん……」
俺は街を見た。
この数日、俺がやってきたこと。
道を見て、物を動かして、人を繋いだ。
ただ運ぶだけじゃない。
必要なものを、必要な場所へ、必要な順番で届ける。
「エルドベルク配送局……とか?」
言った瞬間、場が静かになった。
「変ですか?」
ミレーユが目を細める。
「悪くありません。分かりやすい」
リリアナも頷いた。
「局、か。公的な響きもある」
セラフィナが微笑む。
「人々にも伝わりやすいと思います」
バルロが言った。
「飯が届けば名前なんざ何でもいい」
「じゃあ、それで」
軽いノリで決まってしまった。
【新規組織案:エルドベルク配送局】
【第一段階設立成功率:六十二パーセント】
おい。
成功率が出た。
つまり、これは本当に新しい目的になったらしい。
「また仕事が増えた……」
俺が頭を抱えると、ミレーユが楽しそうに笑った。
「局長、頑張ってください」
「局長?」
「当然でしょう。発案者ですから」
「いやいやいや」
リリアナも頷いた。
「適任だな」
「待ってください」
セラフィナまで微笑んだ。
「レンジ様なら、きっと良い配送局になります」
「俺が配送局そのものになってません?」
ガルドが真面目な顔で言った。
「肩書きは必要だ。局長レンジ」
「急に偉そう!」
トマが小声で呟く。
「私は帳簿担当にされる未来が見えます……」
「たぶん当たってます」
「嫌な予言です……」
◇
午後。
試験的な第一配送が始まった。
北井戸から南区煮沸所へ水樽を運ぶ。
担当は商会の馬車一台、護衛騎士二名、南区の若者二名、教会の修道女一名。
俺も同行した。
局長と呼ばれたくはないが、最初のルート確認は必要だ。
「この角、馬車が曲がりにくいですね」
「普段は荷車が置いてあるからな」
南区の若者が答える。
「じゃあ、配送時間だけ荷車を移動してもらう必要がある」
「誰が言うんだよ」
「バルロさん」
「あの爺なら皆聞くな」
強い。
バルロ権限、便利すぎる。
煮沸所に到着すると、住民たちが水樽を見て集まってきた。
以前のような敵意はない。
ただ、まだ不安はある。
「今日も水は来るのか?」
「明日もか?」
「井戸はいつ使える?」
質問が飛ぶ。
俺は答えた。
「しばらくは毎日来ます。朝と夕方は大きい樽、昼は小さい樽。井戸は安全が確認できるまで使いません」
「本当に毎日か?」
「はい。今日から配送表を貼ります」
修道女が板に書いた配送予定を壁に貼る。
時間。
場所。
水の量。
配布順。
それを見た住民たちが、少しずつ頷く。
予定が見えるだけで、人は落ち着く。
これは現代でも同じだった。
遅延しても、到着予定が分かれば客の怒りは少し減る。
いや、減らない時もあったけど。
異世界でも、人は「分からない」が一番怖いのだ。
【第一配送路:試験運用成功】
【南区水供給安定度:上昇】
【エルドベルク配送局 第一段階設立成功率:六十二パーセント → 七十一パーセント】
「よし」
小さく呟く。
いい。
この感覚はいい。
魔物を罠に落とすより、ずっと健全だ。
◇
夕方。
教会へ戻ると、門前に見知らぬ少女が立っていた。
年は十代半ばくらい。
薄い茶色の髪。
旅装束。
小さな鞄。
そして、首から下げた金属の札。
商人でも修道女でも騎士でもない。
だが、どこか見覚えのある雰囲気があった。
迷っている。
いや、道に困っている人間の顔だ。
少女は俺を見るなり、ぱっと顔を上げた。
「あ、あの!」
「はい?」
「ここに、レンジ様という方はいらっしゃいますか?」
「俺ですけど」
少女は目を見開いた。
そして、鞄から一通の封書を取り出した。
「王都からではありません! これは、王都に向かう途中の村からです!」
「村?」
「黒霧の被害が、エルドベルクだけではないんです」
その言葉に、胸の奥が冷えた。
金色の線が、少女の封書へ伸びる。
そして、その先に赤い点がいくつも浮かんだ。
エルドベルクの外。
街道沿いの村。
小さな集落。
水源。
橋。
崩れかけた物流路。
【新規緊急候補】
【街道沿い三村に物資不足】
【黒霧残滓による水源汚染の可能性】
【対応遅延時、周辺地域難民化】
「……マジか」
街を救った。
配送局を作る。
次は周辺村。
どうやら、俺の配達エリアは勝手に広がっているらしい。
リリアナが背後から歩いてきた。
「レンジ?」
「次の依頼です」
「早いな」
「早すぎます」
ミレーユもいつの間にか来ていた。
「街道配送網ですか。商機ですね」
「怖いくらい前向き」
セラフィナは少女に近づき、優しく声をかけた。
「まずは中へ。水と食事を」
少女の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……村では、もう水も薬も足りなくて……」
俺は封書を受け取った。
その瞬間、視界に新しい金色の線が伸びた。
街の外へ。
まだ見ぬ村へ。
まだ届いていない人たちの元へ。
【新規目的候補】
【エルドベルク周辺三村へ緊急配送路を開通する】
【推奨開始:明朝】
「明朝か……」
俺は空を見上げた。
夕日が街を赤く染めている。
配達完了の翌日に新規案件。
でも、不思議と嫌ではなかった。
この街には、もう一人で走る俺だけじゃない。
騎士がいる。
聖女がいる。
商人がいる。
料理番がいる。
帳簿係がいる。
そして、配送局ができかけている。
「分かりました」
俺は少女に言った。
「届けます。水も、薬も、飯も」
少女が泣きながら頭を下げる。
俺は封書を握りしめた。
配達完了。
新規依頼、受付。
エルドベルク配送局の初仕事は、どうやら街の外から始まるらしい。




