はじまりの星
その日、星が落ちて来た。
とある星は痩せた土地を豊かに、とある星は一夜にして街を滅ぼした。
人はそれを星屑の禍福と呼んだ。
「……星"屑"なんてもんじゃないと思うんだけどなあ。」
古びた塔の地下に住む、銀髪のさらりとした髪に蜂蜜のような瞳をした彼女イチルは何度目か分からない呟きをこぼした。
彼女の愛読書である、星の降る夜と名付けられたそれには、古い時代に二つの神が争い、星を堕としたと書かれている。
一つ一つの星屑には強い力が宿っており、星屑が落ちた先には幸になったもの、不幸になったもの様々で生活魔法しか使えないものが大きな魔法を使えるようになったり、一年中雨が止まなかったり…。
この御伽噺は主人公の女の子が仲間と共に星屑の欠片によって起こる異変を解決していく…という、子供達の眠れない夜のお供となっているほど愛されている物語なのである。
そんな彼女も、眠れない夜は毎晩今は亡き母に読んでもらっては星屑の欠片というキラキラ輝く綺麗な物の存在目を輝かせていた。
(お母様、なんで私を置いて行っちゃったんだろう。)
母が残してくれた絵本を指でなぞりながら、大好きだった母の事を思い出しているとバンッと古びた扉が開かれギイギイと悲鳴をあげた。
「なんだ、まだ生きてたのね。」
「早く死んでくれればいいのにね〜。パパの娘は私だけでいいもの!」
甲高い声でケラケラと笑いながらやって来たのは、父の再婚相手の義理の母アイリーンと義理の妹アンジュだった。
──この世界には魔法がある。
生活魔法と呼ばれる、生活する上で役に立つ魔法は少ない魔力で扱えこの世界の人々のほとんどが少ない魔力を持ちこの世に生を受ける。
しかし、ごく稀に属性を持つ強大な魔力を持つものが生まれることがある。
それが、目の前にいるアイリーンとアンジュである。彼女達は炎の属性を持つ魔法使いで、母を亡くし弱っていた父に上手く取り入り、この家にやってきた。
二人がやって来てから、イチルの生活は一変した。屋敷からは追い出され、魔犬が住まうと噂される森のすぐ隣の、古びた塔の地下に母の私物と共に押し込まれ満足な食事も出されず、彼女達のストレスのはけ口となっていた。
イチルには少ない魔力しかなかったが、一度だけ抵抗をしたことがある。魔法では敵わない事が分かりきっていたのでアンジュの腕に噛み付いてみると、それはもう激しく叩かれ、蹴られ、魔女や汚い言葉で罵られ、殺されかけた。
(あれはまじで死ぬかと思ったな…。)
それ以来、触らぬ神に祟りなしと痛いのも、辛いのも全部我慢してきたのだ。
父はと言うと、母が亡くなってから家を空けることが増え、最後に会ったのは二人を紹介された時だった。
再婚相手とその娘に虐められるのは、もはやテンプレとも言えるのである。
「本当にきったない部屋だこと。魔女のあんたにはお似合いね。」
苦虫を噛み潰したような顔をしてアイリーン呟いた。
イチルからしてみれば、どちらかと言うと彼女達の方が魔女なのだが口に出すと何をされるか分からない為黙っていた。
「なにか御用ですか。」
「最後にあんたの憎たらしい顔を見に来ただけよ。」
カツカツとヒールを鳴らしながら、彼女達はまたケラケラと笑いながら部屋を後にした。
「え、何…、なに?え?」
いつもならば、部屋にある物を必ず壊して行くか、三発ほど殴られるものだから、物を直す魔法や痛みを感じなくなる魔法を覚え、彼女達の襲来を今か今かと待ち望んでいたイチルは肩透かしをくらった気分になった。逆に何もしてこないことに不穏を感じ、
身震いしたのだった。
思えばその日は何もかもが変だった。突然屋敷に呼ばれたかと思えば温かいお風呂と温かくてお腹いっぱいまで食べられるご飯…。
地下の部屋に戻るなり彼女は急な睡魔に襲われ普段より三時間も早くベットに入った。
──イチル、イチル!
夢の中で彼女は亡き母に会った。いつも優しかった母が焦った表情で彼女の名前を呼んでいた。
「お母様、やっと会えたのにどうして焦っているの?」
だめ、まだこっちに来てはだめよ。私はねイチル。私が見てきたように、沢山の人と出会って沢山の世界を貴女にも見て欲しい。だから、
ピシリと硝子が割れたように世界が崩壊した。ここが夢の中だと理解した彼女は吐き気のする熱さで目を覚ました。
「…なに、これ。」
赤、赤、赤、視界いっぱいに広がる赤はイチルの大切な思い出を包み込みさらに力を増していた。
(もう、無理だ)
火を消そうにも魔力が込められていて全ての火を消すことは魔力の少ないイチルには困難だ。そして何より母との大事な思い出が燃え、無くなってしまう。その事実だけでイチルは生きる事を諦めた。
「おかあさま、ごめんなさい。」
枕元に置いてあった、絵本を抱き締めると一粒の何かが頬を伝った。それが、抱いていた絵本を潤したかと思えば色とりどりの星屑の欠片が飛び出し、一つは南へ、もう一つは北へ、様々な方向に散らばった。
そして一つは、イチルの目の前に。真っ黒な色をしたその星屑に似たなにかを、じっと見つめていると何故だか吸い込まれそうで気づけば彼女はそれを指で触れていた。
お前か。
脳内に声が響いたかと思えば、イチルは近くの森の中に居た。一冊の絵本を抱え、左手の中には漆黒の星屑の欠片に似た何か。全て夢ではないと察したイチルだったが、考える事を辞め意識を手放した。
パチパチ、と何かの音が響いた。
その音は轟々と燃え盛る先程の音とは違い、どこか柔らかく穏やかであった。
ぱちり、と目を覚ますと目の前にはオレンジ色が広がっていた。火に対する恐怖心が植え付き、ひゅっと喉が音を立てたが直ぐにあの炎とは違うと感じ取る。キョロキョロと辺りを見渡すと、知らない男性と目が合った。
「やあ、目が覚めたかい?」
にこりと微笑んだ彼は、真っ白で長い髪を束ね、蜂蜜を零したような瞳。とても綺麗で思わず見惚れてしまうほどだった。
そんなに見られると照れてしまうよ。とにこにこと笑いながら彼は続けた。
「君もこっちに来たらどうだい?」
「え?」
「……。」
イチルが振り向くと、そこには漆黒の髪に赤眼、片角と大きな片翼を持つ男性が鋭い眼光で立っていた。
「そんなに殺気を出さないで!自己紹介がまだだったね。僕は第四神のヨハンって言うんだ。きみがイチルちゃんで間違いないかな?」
「は、はい。」
え、今神って言った?という言葉をごくんと飲み込み、ヨハンを見つめた。
そんなに見られると照れちゃうって!と二度目の言葉を聞きながら、イチルはのヨハンからの言葉を待った。
「きみの持ってる本、どこで手に入れた。」
漆黒の彼とは違う雰囲気に、息が苦しくなる。殺気とも言えるであろう謎の緊張感だった。
(何か言わなくちゃ、何か…)
ひゅっひゅっと声にならない音が溢れる。殺される、という感覚を初めて感じた。
「おい、アンタの方が殺気出てんぞ。」
肩をポン、と叩かれた瞬間、呼吸の仕方を思い出したかのように緊張が解れた。おえっと嗚咽を零しながら、イチルは振り向いた。
「ありがとうございます。」
「別に。」
ぺこりとお礼をしてから、イチルはヨハンに向き合った。
「これは、私の母から貰ったものです。毎晩、おやすみ前に読んでくれてました。その母はもう亡くなってしまって居ないのですが…。」
母との思い出を辿るように、優しいような、悲しいようなそんな眼差しをしながら絵本を見つめた。
亡くなったと聞いてびっくりしたように目を見開いたヨハンはふうと一息しながら続けた。
「そうだったんだね、辛いことを聞いてすまない。…その本はね、星屑の欠片を封印していた物だったんだよ。だけど何かの影響で封印が解かれて世界全土に散ってしまったんだ。ちなみにそこの彼。」
ヨハンは漆黒の髪をした彼を指さし、こう続けた。
「地下深くに封印してた魔王なんだよね。どうしようね?」
「……は?」
星屑の欠片の力で封印が解けちゃったのかなーと他人事のように言うヨハンを横目に、イチルは口をぽかんと開けて話を聞くことしか出来なかった。
鳩が豆鉄砲を食らったとはこのことである。魔王、という存在は御伽噺の中でしか聞いたことがない。ましてや星屑の欠片の存在も御伽噺の空想の世界の話だと思っていた。
思考が追い付いておらずぐるぐると目が回っているイチルにヨハンがトドメの一言を放った。
「そうだ!イチルちゃん、不本意かもしれないけど封印を解いちゃった罰として星屑の欠片を集めて来てよ、その魔王と一緒に。」
「は?」
「ほらほらイチルちゃん、絵本を開いてみて。」
「あ、はい。」
ぺらりとページめくると、沢山の星が降っていたはずのページが真っ白になっていた。次のページも、その次のページも星の絵だけが全て、消えていた。
「どうして……。」
「そこに描かれていた星はね、全て封印していた星屑の欠片だったんだよ。それが全て散り散りになってしまったんだ。星屑の欠片は異変を起こす、強大な魔力を持つきみ達にはきっと異変を解決する力があると思う。だからきみ達には星屑の欠片を回収して再びその本に封印してもらいたい。僕は神の立場だから、この世界に手を加えることが出来なくてね、きみ達にお願いをするしかないんだ。」
「待ってください!どうしてそんなものが母が持っていたんですか?!」
ふむ、と考えるような素振りをしてヨハンは続ける。
「詳しくは言えないけど、保管していた場所から何故か消えていてね。僕も馬車馬のように探していたのだけど…強大な魔力とあの夜に似た景色を再び見てしまって急いで来たんだよ。」
まあ、間に合わなかったけど。と話すヨハンの言葉に嘘はないようだった。
すると話を遮るように、彼は口を開いた。
「俺はアンタからの命令を聞くなんてごめんだな。それにその本が消えたのは監督不行届、アンタの責任だろ。せっかく復活したんだ、やりたい事が沢山あるんでね。」
そう吐き捨てるとパチン、と指を鳴らした。しかしなにも起こらない。
パチン、パチンと何度か指を鳴らしたところでヨハンが吹き出した。
「あっはは!むりむり!自分の姿を見てみなよ、二本あった角と翼は一本ずつしかない。雀の涙ほどあった魔力もイチルちゃんを助けるために使っちゃったでしょ。今のきみは魔犬…いや噛み付くことしか能がない魔兎以下だよ。」
げらげらと笑いながら話すヨハンを睨み付け、舌打ちをしながら魔王と呼ばれる彼は踵を翻し森の奥へ消えようとした。そんな彼にヨハンが声をかける。
「始まりの魔王、ゼロス。これは神である僕からの命令だよ。本当はここで非力な君のことを殺しちゃってもいいんだけど、イチルちゃんのことを助けてたから、情状酌量だ。人間の彼女と一緒にきみが大嫌いで仕方の無い人間を知っていくといい。」
空から一筋の光が指したかと思えば、ヨハンは大きな翼を広げた。
「イチルちゃん、左手に持ってるその石を見せてごらん。」
色々なことがありすぎて存在を忘れていた左手を開くと、漆黒の石がころんと姿を現した。
ヨハンが手を翳すと、それは光とともにブレスレットとなりイチルの左手首に巻き付いた。
「その石に魔王を封印してたんだ。長い時間封印されていたからか彼の魔力もその中に残っているね。きみからは絶対に離れない魔法をかけたよ。彼に殺されるのも、きみの義理の母と妹に殺されるのもきみ次第。」
ヨハンが、不意にパチンと指を鳴らしたかと思えば、炎に焼かれ所々焦げていた洋服が綺麗な漆黒のワンピースに変わっていた。ちらりとゼロスの方を見ると、彼も新しい服を見に守っていた。何故か角と翼が消えていたがあまり気にしないようにしようと誓ったイチルだった。
「あ、そうだ。どうやらイチルちゃんは魔女って呼ばれてたらしいから、魔女っぽい洋服をプレゼント!あと帽子と箒ね。」
ポイポイっ、と帽子と箒を投げられ、フラフラしながらも受け取った。
「ゼロスくんはオマケ、角と翼は欲しい時に生えるようにしてあげたよ!」
星が飛ぶ勢いのウィンクをゼロスはひらりとかわし、頼んでない。とぶっきらぼうに呟いた。
「イチルちゃん、そのブレスレットさえあればきみはゼロスくんの魔力を使える。そしてゼロスくんもイチルちゃんがいれば、本来の力までにはおよばないだろうが彼女を助ける位の力は使えるはずだ。だからどうか、頑張って。」
にっこりと笑いながら、ヨハンは光の中に消えて行った。最後になにか呟いていたが、イチルの耳には届かなかった。
(そっくり、ね。)
どういう意図で言ったのかは不明だが、ゼロスの耳にはハッキリと聞こえた。そして、少しだけ悲しそうな表情をしていたのも。
(あのいけ好かない神と、この小娘に何があるのかは知らんが…。)
「あの、ゼロスさんでしたっけ。」
「……。」
「助けて下さってありがとうございました。そして……あの、巻き込んでしまって申し訳ないのですが、これからよろしくお願いします。」
蜂蜜色の目を細めてにこりと笑う少女に、ゼロスは不思議と目を奪われた。
そして人間嫌いな彼が、人間を助けるのもありえない話で、もしかしたら彼女には不思議な何かあるのかもしれない。
それを知るのは、まだ先のお話。
魔女と呼ばれた私の不本意な救世行脚 #0




