夜梟の審判
「ん……」
目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。
まだもやがかかったような思考の中、必死で記憶を辿ろうとしていたとき。
扉が開いて、心配そうな面持ちで藍田さんが入ってきた。
「あ、目が覚めたようだね。大丈夫かい?」
「藍田さん……あれ、俺いったいどうして……?」
「覚えてないかい?君はN.Tと話しに行ったが、どうやら最後の抵抗にでた彼らに後部から攻撃を受けてね、そのまま気を失ったんだよ」
「そう、なんですか。わざわざすみません」
そうだ。思い出した。
あいつらのアジトへ逃げるように伝えにいったが、既に遅く、藍田さんとともにN.Tと話しに行ったのだった。
だが、そのあたりから記憶にない。
(あいつらがそんなことを……?やっぱり俺のせいで、アジトバレたことを怒ってたのか?)
そう思い浮かべてみるものの、どうもしっくりはこない。
いや、今はそんなことどうでもいい。
それよりも伝えるべきことがある。
「そういえば藍田さん。1つお聞きしたいのですが」
「どうしたんだい?」
のんびりと珈琲を注ぐ藍田さんの背に問いかけると、振り向いて優しく微笑む。
「昔の証拠リストに記載されている『N』ってご存知ですか?」
「……どうして君がそれを?」
優しい笑顔を浮かべたまま、ワントーン声が落ちる。
「最近花枝さんの仕事を手伝っているのですが、どうもおかしいんです」
「ほう、おかしいとは?」
「改修履歴もないのに打消し線だけ追加書きされていたり、『N』と書かれている事件だけ必ず操作が切替になっていたり……明らかに過失以外の意図を感じるんです。
それを、櫻井さんに報告しようと思ったのですが――……」
「言ったのか?」
食い気味に迫る藍田さんの問いに、俺は上手く言葉を紡ぐことができず、ただゆっくり首を振った。
沈黙ののち、肩で笑うような細かな息遣いが響く。
「ふっ…はははっ」
「藍田、さん……?」
ゆっくりと手を伸ばすと、顔を覆っていた指の隙間から不気味な視線を覗かせながら、ぽつりと溢した。
「君も頭のまわらないコですね。唯くんは気付いたっていうのに。……最後の最後に、ですがね」
「さい……ご……?」
「そう。彼らは少年院からもう出てくることはありません」
「どういうことですか?」
「彼らは知ってしまったからさ、もう引き返すことはできないだろう?
そう――……」
その時。
背後でカチという金属音が響いた。振り向かなくてもわかる。
間違いなく、遠隔操作で施錠した音。
「……君のように」
その声色は、明らかにさっきまでのあたたかな“保護者”のものではなかった。
「さあ、君は真実を知りたいですか?いいや、知りたくないだろう。
こんな真実を見るくらいなら、子どものままがいいと願うはずさ」
「藍田さん……アンタ…ッ」
「だから、教えてあげるんです。君の、両親の”事故”もね」
「俺らの、両親……」
藍田さんの口から飛び出した言葉に、思わず思考が止められる。
「そうです。君がずっと逢いたがってた両親。知りたくありませんか?」
「…………っ」
屈辱的だが、今まで誰も教えてくれなかった提案を、心は否定しきれない。
例え両親の件がどんな機密事項に該当しようが、藍田さんほどの権限があれば知れないことなどないだろう。
「…………ひとつ、いいことを教えてあげましょうか」
そんな揺らぐ心の隙間に取り入るように、藍田さんは努めて優しい声で微笑みながら言う。
「君はね、記憶を司る能力者『夜梟の審判』」
「やきゅう……のしん……ぱん……?」
「そう。過去の記憶を見るっていうのはよくあると思いますが、君の場合は記憶だけじゃない。まあ、この辺は後程嫌でも理解できます。一度体験すれば、説明は不要でしょう」
珈琲を一口傾け、懐かしむかのように語りだす。
「私はね、警察になって思っていたんです」
ゆっくりと歩を進める部屋には藍田さんの声と、乾いた靴の音だけが響く。
「証拠を回収して、早く犯人を捕まえなければいけない。
証拠が確実でなければ、曖昧だったり不十分ではなにもできない。
何をするにも、申請には時間がかかる。
でも不当逮捕はだめ。冤罪もだめ。間違えるな。
でも、早く捕まえろ。確実に、迅速に」
「……あたりまえでしょう。人生がかかっているんですから」
俺が強く睨むと、藍田さんは一度冷ややかな視線を向ける。
が、すぐに正面に向き直ると、つまらなそうに宙を見つめながら淡々と続けた。
「そうですね。だからまるで機械になったかのように働きました。そのうち、みんなの求める『確実で迅速に』犯人を逮捕できるシステムが欲しいなと思いました」
「……システム?」
「例えば今は大いに役に立っている防犯カメラですが、必ず犯行現場を映しているとは限りません。例えばその目、記憶が、ダイレクトに遡れたら事件解決に大いに役に立つと思いませんか」
「それは、まあ……」
「だから私は、研究者としてのこの頭脳を活かして、超能力者を開発する極秘プロジェクトを立ち上げました」
「超能力者を、開発……?どういう意味ですか?」
「それを聞いて、どうするつもりです。君のことです。この話を鵜のみにするわけはないでしょう?」
俺の本心を見透かしたように、藍田さんは綺麗に答えを濁した。
そして、あざ笑うかのように笑みを浮かべながら、こう続けた。
「気になるなら、君がその能力で直接見ればいい。その方が用心深い君だって、疑いようもないでしょう。……さて、もう歩けますね?ついてきなさい」
「だれが……っ」
「ああ。反抗するのは勝手ですが、葉月の処遇をどうするかはすべて私が握っている。意味は、わかりますね?」
(どこまでもふざけやがって……!)
そうして、俺は噛み切りそうなほど固く唇を強く、怒りを噛み殺しながらも、ゆっくりと藍田さんの後ろをついて歩いた。




