輪郭のない月
葉月や柚紀が帰り、誰もが寝静まった夜。
俺は一人、窓辺に立ち、ただぼんやりと月を眺めていた。
見ているはずなのに、輪郭はどこか曖昧だった。
「……寝れないのか?」
不意に声がして、振り返る。
唯が、少し離れたところに立っていた。
今の心境でそいつの顔を見るのは正直腹立たしくて、
俺はつい、ぶっきらぼうに返してしまう。
「別に」
「そう」
その一言で済ませるあたりが、いかにも唯らしい。
怒るでもなく、慰めるでもない。
その静けさが、逆に胸につかえた。
「……なあ」
気づけば、口が先に動いていた。
「お前はさ。
真琴のこと、知ってたのか?」
月から視線を外せないまま、問いかける。
仲間だと思ってた。
同じ場所にいて、同じ危険をくぐってきた。
それなのに、
俺だけが知らなかったみたいな気がして。
「いや」
唯は、即答だった。
「知らないよ」
その言葉が、思った以上に鋭く刺さる。
「……え。
でも、お前あの時――」
「見てれば、分かる」
淡々とした声が続く。
「真琴は、“男性の力”を怖がってる。暴力ってのは、力の大きさそのものが恐怖になる。
逃げても追いつかれる。声を上げても押さえつけられる」
思い出すような、虚空を見つめるような視線のまま、唯は続けた。
「……その感覚は、
男の俺たちには想像すらできない」
その言葉に、息が詰まった。
唯自身が、暴力の被害者だったことを思い出す。
幼い頃、小さな身体に染みついた恐怖。
“力”が、人をどう縛るのか。
それを知っているのは、確かに唯の方だった。
「……俺」
喉の奥が、ひりつく。
「俺、気づいてやれなかった……」
途端に自分だけが、何も分かっていなかった気がした。
「お前は力があっても、誰かの一方的な支配に使おうなんて、考えもしないだろ」
唯が、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「だから、気づけなくて当然だ……そんな恵まれたお前のことを、俺はずっと」
夜の静けさに、その言葉の続きが落ちる。
「ずっと、好きじゃなかった」




