第155話 4匹の反撃
──飛空技師は駆り出される──
反撃開始の時──。
「見えたぜカラクリィ…! テメェを守る小せェ守護神の正体がな…!」
この情報をすぐにでも3人と共有したいが…このタイミングで今までほとんど見向きもしなかった魔物がこっちを向いた。
多少なりとも脚にまともな攻撃を喰らわせたからだろう…眼の奥で静かな怒りが燃えているのが分かる…。短気なウマめ…。
魔物は真っ直ぐ私に狙いを定めると、両の前脚で地面を力強く踏み込み、勢いをつけて立ち上がった。
そのまま二足歩行の状態を維持しながらこっちに近付いてくる…。頭に鳴り響く〝音〟…これは相当ヤバェ…!
一目散にその場を離れ…急いで木々の中へ避難する。ただでさえバカデカい図体なのに、更に二足歩行で視点が高い…木々の中に入り込めば捕捉できねェ筈。
念の為真っ直ぐには逃げず、茂みに入り次第進路を変えて真横に進んだ。その直後魔物の攻撃が繰り出された。
魔物は全体重を巨木に乗せると、巨木はいとも簡単に倒れ…そこに生い茂っていた草木は無残にも圧し潰された。
もし真っ直ぐ逃げてたら…そう考えると怖くなる…。実に恐ろしいな…、もしもあの脚に踏み潰されれば…何の痛みも感じぬ内に即死するだろう…。
こっちの攻撃は防がれ…向こうの攻撃は即死必至…、クソ過ぎる…。その状況を少しでも覆す為に…! 急ぎ情報共有だ…!
元の場所へ戻ると、こっちにアレスが走ってくる。ちょうどいい、まずはあの超加速メッセンジャーに情報を伝えよう。
「大丈夫か荒女…?!」
「おうっ、何てことねェぜ。それより朗報だ…! アイツの秘密が分かったぞ…! 近接組の攻撃がほとんど効かねェ理由が…!」
「本当か…?! よくやった荒女…! っでその理由ってのは…?!」
「いやちょっと落ち着けよ…そんながっつくな怖ェから…。──最初に結論から言うが…全ての元凶はあの〝深紫霧〟だ」
魔物の蹄から生えたパイプ、そこから放出され続ける深紫霧こそが…近接組の攻撃を阻害し続けてきた根源。
最初はてっきり私達を病に侵す為に深紫霧を放出しているものと考えていたが…その認識がそもそも違っていた。
「魔物病の特効薬を作った私の親友が言ってたんだ──
“「こんな病は診た事がないよ…。奇病とも特定危険疾病とも違う…、病原体がまるで意思を持っているみたいに体内を蠢いて…組織を無差別に攻撃してる…。」”
──ってな。そん時は比喩だと思ってたが…違ってた。あの深紫霧は極小サイズの細胞だ、一つ一つが意思を持つ魔物の細胞。恐らくだが体内で組織を攻撃してたように、私達が繰り出した攻撃に対して細胞も攻撃し返してる。
一つ一つは極小でも途轍もない数だ…完全に相殺することは無理でも、こっちの攻撃の威力を大幅に削ることくらいならできるんだろ」
「じゃあなんだ…? あの深紫霧に守られてる以上…前脚を崩すことは不可能ってか…? 早くも偽竜種の出番か…」
「いや、さっきニキとロイスの3人で一斉攻撃を仕掛けてみたが、それなりに効果があった。4人全員で一点集中すれば、細胞の力にも打ち勝てる筈だ。──だから私達の狙いは─」
「蹄のパイプだな…? でも再生すんだろ…? 破壊するだけ無意味じゃねェか…?」
「短剣で負わせた傷は再生しねェ。へし折ったパイプの断面を短剣で斬りつければ…もう再生はできねェ筈だ。それでダメならクギャ作戦に切り替えよう…」
多分上手くいくと思うがな…、でないと困る…非常に困る…。ただでさえ4人全員で同じ箇所を攻撃するのムズいのに…無駄骨で終わるのは御免だ…。
ひとまず今の情報と今後の動きを2人と共有する為、私がニキのもとへ、アレスがロイスのもとへ言伝しに向かった。
「なるほどニー、何とも魔物らしいイカれ具合ニ…。っで4人協力してあのパイプをぶっ壊すと…──結構ハードニね…」
「だがやるしかねェだろ。幸いネコ魔物やワニ魔物ほど戦闘能力は高くねェ、踏み付け攻撃にさえ注意しときゃ案外成功すると思うぜ?」
「魔物が力を隠してなければニ…」
「現状恐れてても仕方ねェさ…そん時はそん時考えよう…」
全員一箇所に集まるのはリスクが高ェと最初アレスに言われたが、こうなっちゃ仕方ねェよな…。遠距離組の援護に期待しよう…。
向こうも話はついたらしく、アレスがハンドサインを出してる。魔物が攻撃を仕掛けてくる前に、駆け足で2人と合流する。
魔物は依然余裕綽々なまま、私達を見下してやがる。今に見てろォ…! その余裕に満ち溢れた鼻っ柱へし折ってやっからよォ…!
「攻め方はどうする大将?」
「大将はオメェだろうよ…。バラバラに攻め込んでも…攻撃のタイミングで全員揃ってなきゃ意味がねェ…。全員で最短を突き進むぞ、少し不安もあるがな…」
「この4人なら大丈夫だろ…! 目に物見せてやろうぜ…!」
息を合わせて魔物への進撃を開始。攻撃が成功すると同時に短剣で斬りつけなきゃならない都合上、いつもは空けている左手で早めに短剣を握っておく。
余裕綽々な魔物も、外敵が4匹同時に接近してきたとあっては…流石に敵意を向けてくる。頭を下げて口を開け、キモい舌を伸ばしてきた。
「 〝震速捌き〟!!
〝群発纏哭〟!! 」
「 〝無心の剣〟!!
〝薙ぎ断ち〟!! 」
手数に長けている私とニキが高速で襲い掛かって来る舌を弾き、弾いても尚攻撃を仕掛けてくる舌をアレスとロイスが切り刻む連携プレー。
舌攻撃じゃ何の足止めにもならないと察してか、魔物は舌を戻して踏み付け攻撃に移行。持ち上げられた右前脚の硬い蹄が迫ってくる。
通常であれば4人全員の攻撃で押し返せたりもできそうだが…深紫霧のことを考えると流石にやれない…。私達は瞬時に左右に分かれて攻撃を回避。
だがこれは反撃チャンス…! 私と一緒に右側へ回避したロイスと顔を見合わせ、同時に右前脚へ駆け出した。
向こうの2人も同じように考えていると信じ、深紫霧の中へと飛び込む。パイプが本当に折れるかどうか試してやる…!
直に深紫霧の中にパイプが見え、その奥の方に薄っすら人影も見えた。4人の力を左右からぶつければ…きっと折れる筈…!
衝棍の回転数を上げ、ロイスと同時に渾身の一撃を放った。っが…攻撃が命中する直前…突如魔物の足は目の前から消えた…。
的が消えたことで…ロイスとアレスは互いに武器同士をぶつけ合わせ…私の攻撃はニキに命中してしまった…。
手応え的に…深紫霧の外までぶっ飛んだかもしれんな…。それについては後で謝るとして…今は魔物の動向だ…。
足は上に消えて行った…、加えて足が消えていく直前に…ボコッ!って地面が凹んだような音がした…。
恐らくだが跳んで攻撃を回避したんだろう…。それだけならまだいいが…今〝音〟が鳴り響いているってことは…そのまま踏み潰そうとしてるってことだ…。
「2人共離れろォ…! 降ってくるぞ…!」
2人に呼び掛け、急いでこの場から離れる。直後大きく地面が揺れ…突風に背中を押された…。バランスを崩して転んでしまい…腕とか脚とか擦りむいた…。
立ち上がりついでに地面を見ると…軽くひび割れている…。スゲー揺れだったもんな…、あの巨体でどれだけジャンプしたんだ…。
「惜しかったね…、でも危なかったね…」
「ああ…毎回あれをやられたんじゃ堪らねェぜ…」
あんなんされたんじゃこっちは避難せざるを得ない…。攻撃は届かないし…最悪全員踏み潰されてしまう…、厄介極まりない…。
「 “フルルゥゥ…!!” 」
「おっ…?! 次は尻尾攻撃か…?!」
魔物は尻尾をたなびかせ…私とロイスを睨み付けている。また体を半回転させて…薙ぎ払うように広範囲を攻撃するつもりだな…。
ニキが力負けした時点で受け切るのが不可能なのは自明の理…、走って無事に回避できるかは賭けだな…。
クソォ…攻撃はどれも単調だってのに…巨体と力が合わさるだけでこんなにも行動が縛られるのウザ過ぎる…。
「──おいロイス…! 俺の剣に酸を纏わせろ…! 急げ…!攻撃がくる…!」
「わっ…分かった…! 〝酸付与〟…!」
「んなことしてる場合か…!? 尻尾くるぞ…!? 逃げんぞ今すぐ…!」
「逃げてばっかじゃ進まねェだろ…! あの野郎に一泡吹かせてやる…!」
そう言ってアレスはあろうことか魔物へ前進。直後魔物は軽快なステップで体を回すと同時に下半身を落とし、尻尾を地表スレスレの高さで維持しながら攻撃を繰り出してきた。
伏せて避けるのも不可能…跳んで避けるのも難しい…。アレスに気を取られて逃げ遅れた現状…アレスがどうにかしなきゃ直撃しちまう…。
「〝斑千風・融閃〟…!!」
「うおおおおおっ…?! 素直にスゲェ…!」
向かって来る尻尾に真っ正面から挑み、酸を纏った剣で両断しやがった…。おかげで助かったが…コイツ本当に人か…? 人辞めてないか…?
そりゃ確かに尻尾は深紫霧に隠れてないが…だとしてもあの毛量の尻尾を一太刀とか…、頼もしい限りだぜ…。
「チッ…、ダメもとで狙ってみたが…やっぱ毛まで再生すんのか…」
「ナイストライ…! 切り替えていこうぜ…! ひとまずオマエが居れば尻尾攻撃も怖くねェと知れたのは僥倖だ僥倖…!」
「気休めだな…、こんな一時凌ぎを繰り返してたんじゃいつかやられちまう…。早ェとここっちもダメージ残さねェとジリ貧だぞ…」
「そうは言ってもだな…単純に攻め込んでもまたさっきのされたら振り出しだろ…? 何か策を練らねェと…──んっ…?」
目の端で何か動くものが見え、顔を向けてみるとそれはニキだった。ニキがどっかに全速力で走ってく…まさかこの状況で小便か…?
「おーい…! どこ行くんだ…?!」
「ニキに考えがあるニー! それに使う物をリュックから取ってくるから、その間どうにか生き延びててくれニー!」
「縁起でもねェことを…」
だがアイツはやる時はやる奴だ、何か妙策が浮かんだに違いない。世界中を渡り歩き…物珍しい物を搔き集めてきた旅商人を信じよう。
ニキが一時離脱した間に、魔物はお馴染みの舌攻撃を仕掛けてきた。今度はある程度バラバラな方向から攻撃を仕掛けてきたが、3人固まれば何の脅威でもない。
そうして攻撃を凌いでいると、バトルリュックを背負ったニキが駆けて来た。
「よーし! ニキ達の反撃再始動ニよ! まずニキが行くから、後ろから2人ついてきてくれニ!」
「後の1人は…?」
「魔物の気を惹いててほしいニ、この策なら3人でパイプの破壊は十分可能ニ!」
いまいち全貌は見えてこないが…ニキの自信溢れる様相からして、根拠のない妄言の類いではないのは伝わった。
誰が残るかで少し話し合い、ロイスが魔物の気を惹く役目を担った。ロイスは魔物の正面に立つと、口からシャボン玉を沢山吐き出して魔物の気を惹く。
しかし凄い光景だ…、酸液の応用なんだろうが…よくもまああんな器用に…。危うく私まで気を惹かれそうだ…集中しなきゃな…。
魔物の視線が私達から外れたのを確認し、作戦開始。ニキがまず先を行き、その少し後ろから私とアレスが追い掛ける。
ニキが先に深紫霧へ入り、私達も後に続くが…魔物はこっちに見向きもしない。これならきっと上手くいく…ニキの妙策次第だが…。
深紫霧に足を踏み入れた直後、先にパイプに辿り着いたであろうニキの声が深紫霧の中に響く。
「邪魔な深紫霧全部吹き飛ばせニー! 〝突颯種〟!!」
「うおおっ…!? 何だ…!? 深紫霧が…?!」
突如凄い突風が正面から吹きすさび、前脚周囲に漂っていた深紫霧が晴れた。ニキも一緒に吹き飛んでいったが…これはまたとない攻撃のチャンス…!
パイプから噴く深紫霧がまた脚を覆いつくしてしまう前に、私とアレスは武器を構えて攻撃を叩き込む。
「「 〝竜撃〟!!
〝無心の剣〟!! 」
全力で叩き込んだ攻撃の感触は、今までとは全く異なるものだった。いやむしろこれこそが正常だ、正常な威力が発揮された感触。
私とアレスの攻撃によって、パイプはベコッと凹んだ。ようやくまともに攻撃が決まったと喜んだのも束の間、すぐに問題にぶつかった…。
当初の予定ではパイプを破壊し、破壊した断面を短剣で傷付けるというものだったが…ギリ破壊に届いていない…。
攻撃した箇所がベコッと潰れただけ…、一応深紫霧の噴出は止まったが…これじゃ直に再生されちまう…。
「2人共ー!! 伏せるニー!!」
吹き飛ばされてたニキの声が耳に刺さり、私とアレスは素早く身を屈めた。後ろを見ると、さっきアレスが切断した天尾を踏み台にして大ジャンプするニキの姿が。
そのまま空中で蹴りの構えを取ったニキの顔には、何度目かの洋紅色の瞳が輝いていた。ってことはアレか…?
「〝哭砲【激】〟!!!」
勢いよく右足を振り切ると、間もなくして鈍い衝突音が響いた。出所は決まっている…ニキの見えない蹴りがぶち当たったであろうパイプは、べっきりと折れていた。
「アイツ目あったんだな…、ってか頭巾の奴…今何しやがった…?」
「さァな…! 戦いが終わったらゆっくり聞け…!」
しっかり折れたのを確認し、衝棍を背に戻して駆け出した。短剣を右手に持ち替え、蹄を蹴って素早く脚を登る。
そして再生しようと気味悪く蠢くパイプの断面を何度も斬りつけると、蠢いていた断面はすぐに動かなくなった。予想通り再生を阻止することに成功した。
「 “バゥルルゥーーンッ?!” 」
「ハハハッ…! 痛ェかこの野郎…! ザマァねェぜバーカ…!」
魔物が動揺している内にさっさと魔物の足元から撤退だ、ここで無理に欲張って攻撃を仕掛ける必要はない。
一旦ロイスとニキの2人と合流、攻撃の成果はわざわざ伝える必要もなかった。ただニキの目が見えていることだけは本人に伝えた。
「上手くやったね3人共、これで左脚はクリアだ…! 残る右脚の方も協力してへし折っちゃおう…!」
「ああ、だが今ので魔物も流石に警戒してくると思…──おっ…?」
何やら魔物の様子がおかしい…、鬣がわなわなと生きているかのように揺らぎ…その目には明らかな怒りと敵意で満ち溢れていた…。
何だか…嫌な予感がするな…。
──第155話 4匹の反撃〈終〉
そう都合よくはいかない──…。




