第153話 蝕むもの
──飛空技師は駆り出される──
その刻は少しずつ迫る──。
──魔物討伐決行前日 昼前 【晴れ】
-古原大の森-
「おネエさん、ずっと何を警戒してるノ?」
「オマエは知らねェだろうがな…この森には世にも恐ろしい生物が宙を漂ってんだ…。ソイツ等に捕まったら…あらゆる方法で血を吸い尽くされるんだぜ…」
「コワー」
「カカ様…完全に飛布蛞がトラウマになってますね…」
喰胃と冥淵の方が危険度が高いのはそうなんだろうが…私的には古原大もかなり恐ろしい場所だ…。
空飛ぶ白い幽魔がどこから私を攫いにくるか分からないからな…。魔物との戦いを明日に控えた現在…無駄な負傷だけは何としても避けねばならない…。
「あんま気ィ張り過ぎんのもどうかと思うぞ。適度に肩の力抜け、もしもの時は迅速に助けてやっから」
「そんなんじゃ後でもたないニよ?」
「別にいいよ、そん時はクギャの背中に乗ってのんびり揺られるから」
「 “クギャッ!” 」
ジルゥによる到着の見立ては、今のペースを維持できれば入相頃には着けるそうだ。まだまだ先は長い…確かにあまり張り詰め過ぎるべきじゃないな…。
明日のコンディションにも響きかねないし…。全員怪我は完治したが、精神的なケアも怠れない、負けられない戦いの前なら尚更だ。
2人の言う通りもっと気楽にしていよう。万が一何かあっても、この全員が一致団結すれば大体何でも乗り越えられる気がする。
最初の頃と違って今はジルゥとクギャもあるしな、それとパーク。
シヌイ・サザメーラの時と比べて明らかに盤石なチームになっている。──それでもなお油断ならねェのが魔物なわけだが…。
「あっ良い事思い付いたニ! ちょっと待つニよ~、えーっと確かこの辺にしまったような…いやこっちだけニ…?」
「相変わらず滑稽だなそれ…」
ニキはリュックに上半身を突っ込んでガサゴソと何かを探している。一体何を取り出すのかと思えば、ニキは見覚えのある瓢箪を取り出した。
「あったニ〝静養湯〟! 疲れが取れるって言うコレを飲めば、きっと心労も吹っ飛ぶニ! 全員心を落ち着かせるニ!」
「俺達もか…?」
「効能がどれほどか知るなら、被験者は多い方が良いからニ」
「おいおい…」
言い方はアレだが…疲れが取れるってのは魅力的だ。精神的な疲労まで対象なのかは分からんが、飲んで損はないだろう。
鬼尽薬の一件でレビン酋長の腕は全面的に信用してる。恐らくは静養湯も相当優れた物だろう。
「でもいいのか? オマエが報酬で貰った物だろ?」
「だからって別に独り占めする必要はないニよ、皆で分け合った方が断然良いニ」
「オマエ…良い奴だなぁ…」
「自信があるニ♪」
本人がそう言うので、ニキの後にありがたく静養湯をひと口飲んだ。すぐに体の内側からじんわり温まっていくように感じた。
目に見ない分、効果のほどはいまいち分からないが…きっとこれから効いてくるのだろう。レビン酋長の薬湯は凄ェからなマジで。
その後アクアス、カーリーちゃん、ロイスと続いてゴクリッ。
「俺容器とか持ってねェぞ…?」
「別にいいニよ直接口つけても、ニキそういうの気にしないニ」
ニキはそう言ったが、結局アレスは中身を口に注ぎ込むように飲んだ。変なとこで女々しい奴…ヘタレめ…。
「さてさて、いずれ疲労も心労もすっ飛ぶことだろうし、調子上げて進もうじゃないかね諸君。道はまだまだ遠いぞー」
「アイツ早速効果出てんじゃねェか?」
「効き早いニねェ…」
静養湯の効果がどれだけ持続するか分からないが、疲れが取れていく効果が発揮されている内にできるだけ進んだ方が良い。
多分移動で蓄積される疲労より静養湯の効果の方が優ってるだろうし、効果が持続している間は疲れ知らずで動けそうだ。
これなら飛布蛞共が襲ってこようが気兼ねなく蹴散らせるぜ…! 何でもどんと来いだ…!
“──ガサガサッ…! ガサガサガサガサッ…!”
「んっ…? この音はなんだぁ…?」
「観録西南西…! 全員身構えろ…!」
「こっちへ向かって来るよ…!」
余計なことを考えた矢先で本当に何かが現れようとは…縁起でもないことは思うべきじゃないな…。
音のする草場から距離を取り、前衛組が前に出て武器を構える。ガサガサと草を掻き分ける音は躊躇いなくこっちへ近付いて来る。
“ガササッ!!”
「 “キュオーーン…!” 」
「 “プオーーン…!” 」
「 “ボォ…! ボォ…!” 」
「うわわっ…!? 何だ何だ…!? 何だコイツ等…?!」
茂みから飛び出してきたのは種類バラバラな生物群。ウサギ…バク…コアラ…トラにクマなんかもいやがる…、食性の垣根越えた…?!
「俺達のことはことごとくスルーだな…」
「まるで何かから逃げてるかのような必死さですね…」
肉食獣からすれば餌が隣を走ってるってのに…脇目も振らず一目散に私達の横を通り抜けていく。クギャに怯える様子もない。
やがて群れは背後の茂みの中に消えた。チラホラ強そうな猛獣も走ってたが…何だったんだ今のは…?
「 “キュゥゥゥゥ…!! キュゥゥゥゥ…!!” 」
「おっ? この声はヒューイ? 何か見つけたか…?」
上空を飛んでいるヒューイは、8の字を描くように飛行しながら甲高い声を辺りに響かしている。
さっきの生物共の一斉移動からして…なーんか悪い予感がしますねェ…。静養湯が効いてるとはいえ…魔物戦前にガッツリ戦いたくはないなぁ…。
静養湯も負傷は対象外だろうし…、むーん…最悪全力疾走で逃げるか…。疲労はカバーできるしな…ジルゥはクギャに乗せればいいし。
まあまだ分からんか、お腹減っただけかもしれんし。
「カーリーちゃん、ヒューイは何て?」
「分かん…ないけど…──8の字飛行は…異常事態の合図だ…」
“──キーン…!!”
「…っ?! カーリーちゃん危ない…!」
さっきの生物共が姿を見せた方向から〝音〟が響き、咄嗟に傍に居たカーリーちゃんを抱えて横に退避。
直後何か大きなものが物凄い勢いで飛んできた。ゴロゴロと転がって巨木に衝突したソレは…二股に分かれた鼻をもつゾウだった…。
一応臨戦態勢は取ったものの…ゾウは既に息絶えているのかピクリとも動かない。
「──ダイビング自殺か…?」
「なわきゃねェニ」
「緊張感大事にしろ」
「すんません…」
でもこのサイズのゾウがあの勢いでぶっ飛んでくるって…よっぽどの事態だぞそれこそ自殺でもない限り…。
このゾウがどんなゾウなのか知らんが…流石に高速移動できるゾウではないよな…? ってかそんな動く質量兵器みたいなゾウ居る…?
「ムムッ! おネエさん、後ろミテ後ろ!」
「あんっ…? ────クソッ…ちょっと順調だと思ったらすぐこれだぜ…」
ゾウが飛んできた先の茂みから…足首ほどの高さを漂う地霧のようなものが出てきた…。問題なのは地霧が〝深紫〟なこと…。
深紫の霧は足元を埋め尽くし…異様な雰囲気が漂っている…。次第に聞こえてくるのは重々しい足音と…鳥が一斉に飛び立つ音…。
やがて巨木の間から魔物が姿を現した…。生命力に溢れる青々とした森の中…余りにも不似合いな禍々しさを放っている…。
「コイツが魔物か…、確かに他の生物とは明らかに違ェな…」
「うひー…これまたデカいニねー…、恐ろしさ全開ニ…」
「しかも水晶体の位置…実に悩ましいですね…」
アクアスの言う通り…ただでさえクソデカいってのに…あまつさえ水晶体が額にありやがる…。普通に攻撃したってまず届かない…。
クギャに乗れば関係はないが…魔物は水晶体への攻撃に敏感だから、飛べば間違いなく狙われることになるだろう…。
魔物がどんな攻撃手段を有しているか先に把握してからじゃねェと…不用意に空からは攻めれねェな…。
「 “──ブゥルルン…!” 」
「おっ、向こうも気付いたみてェだな。計画は狂ったが…こうなったら腹括るしかねェな…! ジルゥ…! このバカタレ頼む…!」
「分かった…! 僕達はこのまま皆の邪魔にならない所に隠れるから…! 皆は思う存分戦っておくれ…! そして必ず皆で帰ろう…!」
「死なないでネー!」
「ったりめェだ…! 万事私達に任せろ…!」
意図してないタイミングでの遭逢と相成ったわけだが…計画が一日前倒しになったにすぎない。
状況は違うが巨木も茂みも、身を隠せる遮蔽物であることに変わりはない。開けた場所に比べて見通しの悪さはあるが…まあどうにかなるだろ…!
「 “バゥルルーーンッ!!!” 」
<〝ネブルヘイナ大森林に巣食う魔物〟 DeyVaih >
「予定は狂ったが首尾よくやるぞっ! 遠距離組は遮蔽物に隠れながら援護! 前衛は一箇所に集まり過ぎず離れ過ぎず、魔物の注意を分散しながら戦えっ!」
魔物の咆哮とアレスの声掛けで、いよいよ戦いが始まった。アクアスとカーリーちゃんはすぐさま後ろの茂みに隠れ、前衛はひとまず出方を窺う。
だがそんな中、恐れを知らず真っ正面から突っこんでいく向こう見ずが1人。
「とりあえずニキが殴り込んでくるニ~! 開戦の狼煙を上げるニ~!」
「おう行ってこい無謀頭巾、ちゃんと受け止めてやっから」
アイツなら多少無理しても大丈夫だろうという信頼。正面から突っ込んでくる敵に対して、魔物がどういう行動を取るかも知れていい。
「ニキの一撃に恐れ戦慄けニ! 〝纏哭【激】〟!!」
「 “ブゥルルゥーーン!!” 」
魔物は機敏にターンをすると、毛で覆われた尻尾をまるで鞭のように振ってニキに攻撃した。ニキも力では負けてないだろうが…重量が違い過ぎる…。
結局三度目の正直とはならず、ニキはまた敢え無くぶっ飛ばされた。今度は横方向に…さっきのゾウみたいにこっちへ凄い速さでぶっ飛んできた…。
「まあ避けれますけどね」
「受け止めわーーい…?!」
「あっそうだったな…」
ニキは後ろの茂みの中へ勢いよく消えた…。また反射的に避けてしまった…、でも冷静に考えて受け止めるの無理じゃね…? 死んじゃうよこっちが…。
どうせぶっ飛ばされただけならアイツはほぼダメージないだろうし、私は魔物の方に集中すべきだ。ニキなら大丈夫、信じてる。
「さてどう攻めようか…二等星ハンターどう思う?」
「偽竜種に乗って攻めるのが一番だが…最初からそれをしちまって警戒されんのも参るからな…。やっぱ前脚を切り崩して前屈みにさせるのが無難だろ、容易じゃねェだろうが…」
「それが狙いだと思い込ませれば、空中からの奇襲も成功しやすいだろうしね」
2人の意見は概ね私と同じ、よって最初の狙いは脚に決定。それが上手くいけばそれもよし、難しそうなら空からの奇襲すればよし、臨機応変に立ち回ろう。
はっきり狙いが決まり、私達はそれぞれ散って魔物への攻勢を開始。私は右を行き、魔物の左脚を狙って突き進む。
早速短剣で傷をつけてもいいが…先に肉質とか色々把握してからの方が良いだろうし、一旦衝棍で素直に殴ってみるか。
「 “バゥルルルルッ…!!” 」
「ぅおっ…! 出たな〝患い霧〟…」
私達の動きに反応してか、蹄から生えたパイプらしき器官から大量の深紫霧を噴き出し始めた。向こうもやる気満々ってわけだ。
だがこっちはミクルスの薬&ハヤタタの効果で魔物病はどうってことない、多めに吸引しちまっても大事にはならねェ筈。
逆にこれが初めての邂逅で…魔物病について何も知らなかったらと思うとゾっとする…。早々に全滅もあり得たからな…。
先手を打てたおかげで、深紫霧は視界不良を引き起こすだけのものとなった。それも的確にヒット&アウェイに徹すれば、そう厄介なものでもない。
今運は私達に向いている、僅かに追い風が吹いてる。その状況に油断せず慎重に立ち回っていけば、必ず勝機を見出せる。
「 “ブゥルルン…!!” 」
魔物は不意に前脚を持ち上げると、後ろ脚で少し前進してから勢いよく地面を踏み付けた。今のは恐らくはアレスを狙った攻撃…つまり私はノーマーク…!
深紫霧と土煙で視界最悪だが…見方を変えれば魔物からも私の姿は見えない…! 一気に左前脚へ接近し、渾身の一撃を叩き込む…!
「〝竜撃〟!! ──っ…?!」
攻撃は確かに成功した、文句ない攻撃だった。しかし…その手応えに妙な違和感を覚えた…、言葉にできない気持ち悪い違和感…。
だが今それについて思考する時間はない…攻撃したらまずはすぐに退避だ。ただでさえこのサイズ…地団駄一つで簡単に死ねてしまう…。
迅速に足元から離れて深紫霧の外まで避難すると、さっきの踏み付け攻撃を回避したであろうアレスが攻撃に転じようとしていた。
「アレス待t─」
「〝斑千風〟…!!」
制止は間に合わず…アレスは攻撃に出てしまった…。超加速で深紫霧の中へ突っ込み…そう経たずしてすぐ戻って来た。
あの速度で接近したんだし、恐らく攻撃自体は成功したと思われるが…その割には魔物の反応が淡泊過ぎる…。
ネコ魔物もワニ魔物も…どうせ効いてない攻撃に対しても鋭敏に反応してた…。なのに…ウマ魔物はまるで何もなかったかのように平静を保ってる…。
攻撃が通らないぐらい毛皮が硬い…? いやそういう感じじゃねェ…間違いなくワニ魔物の皮膚の方が硬かった…。
だが私の攻撃にもアレスの攻撃にも無反応なのは何でだ…?! 気付いてない…?! んなバカな…少なくとも私の攻撃は完璧に炸裂した筈だ…。
「おい荒女、あの野郎…何か変だぞ…」
「ああ…何かおかしいな…。ほんでその何かを解き明かさねェと…一生私達の勝ちは見えてこねェだろうな…」
──第153話 蝕むもの〈終〉
不穏漂う──。




