第151話 ブレイクタイム
──飛空技師は駆り出される──
魔物戦を前に、まずは休息──。
「さてさて、はた迷惑な連中をまとめてしばき回したわけだが…本命となる魔物討伐が控えているわけだし、今後の動きとか諸々決めねェとな。全快するまで体も休めてェし、どっか腰を据えて話ができる場所ってねェかな?」
「どうでしょう…ただでさえ全域危険地帯な森ですし…安息の地なんて存在するのでしょうか…」
「探せばどっかにはあるんじゃねェか? ネブルヘイナに詳しそうなジルゥに聞けば…──あれそういえばアイツ等は?」
「おーーい…!! 僕達を忘れてるよ君達ー…!! こんな所に置いて行ったら余裕で死んでしまうよー…?!」
「そうダゾー、薄情者ドモー、化けテ出るゾー」
後ろから凄い必死なジルゥが全速力で走ってきた。完全に頭から抜け落ちてた…色々世話になったのに悪いことをしたな…。あとパークうるせェ。
ってかよくあの混戦を無傷で乗り切ったもんだ…。いくら隠れてたとはいえあの敵数だ…最悪見つかって殺されてもおかしくなかったろうに…。流石10年生き延びたベテランだ…。
「ゼェ…ゼェ…、こんなに…本気で走ったの…昨日振りだよ…。ただでさえ…昨日の筋肉痛で…脚痛いのにさ…、ゼェ…ゼェ…」
「良い走りだったヨ、将来有望ダネ」
「昨日何かあったニ?」
「クソキモい混合獣に追い掛けられてな」
そういやジルゥの呪毒を解いてやることも目的の一つだったっけ…。危うく一生後悔しかけない忘れ物をするところだった…、セーフ…!
ジルゥはさぞ焦ったことだろうな…10年経ってようやく現れた希望が背を向けて遠ざかろうとしたんだから…。それぐらいさっきの表情は本気だった…。
「置いてった手前図々しいかもしれねェけどさ、どっか安全に体を休められる場所って知らないか?」
「安全な場所…? うーん…ただでさえネブルヘイナ全域が危険地帯だからねぇ…。まあ強いて挙げるなら…宵星はどうかな…? 喰胃や冥淵に比べて危険度は低いし、あそこは食料も豊富だからね」
「なるほどね…。それにもし気絶してる連中が目覚めて、それでもしつこく私達を追って来ようとしても、宵星なら身を隠しておけるしな。──よしっ、行き先決定! 目指すは宵星の樹林! そこで心身を休めるぞ!」
「「「 おー! 」」」
目的地が決まったら早速行動あるのみ、ジルゥに先導してもらって宵星を目指す。ちなみにクギャの背中は譲った、なんかその…申し訳なくて…。
それにできるだけ最短で宵星まで行きたいしな。さっさと冥淵を抜けたい…この生きづら過ぎる呪いの森を…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
──入相 【曇り】
「皆、宵星の入口が見えてきたよ」
「おっ、ようやく着いたか~。そしたらお待ちかねの解毒タイムだっ! さァさァ、グイっと飲み干しちゃえ! 10年の呪縛とおさらばだ!」
「そうだね…じゃあいくよ…?! ふぅー…よっしょォ!」
「よっしょ?」
変な掛け声と共に、ジルゥは混合獣の血を勢いよく飲み干した。そして口元を押さえてめっちゃ気持ち悪そうにしてる…まあ無理もない…。
万が一吐いて全てが無駄になってしまわぬよう、全力で背中をさする。途中空瓶から漂う血の残り香でこっちまで嘔吐いて辛かった…。
「ふぅ…とりあえず危ないところは乗り越えたよ…。──じゃあ…行くよ…?」
「おう、そして二度と戻ってくんなよ」
「その通りニけど言い方…」
ジルゥは恐る恐る冥淵から宵星へ一歩踏み込んだ。何故か全員が沈黙し…不思議な緊張感が場を包む…。
そんな空気感の中、ジルゥの目から静かに涙が零れた。
「──違う森へ入る度に感じてた…妙な違和感が無い…。本当に…本当に解放されたんだね…。ずっと考えてた…冥淵で生涯を過ごすことになるんだって…、もう諦めてたんだ…。でも君達と出会って何かもが変わった気がした…運命が動き出したように感じた…。──本当にありがとう…僕を救ってくれて…」
「私達だって散々お世話になったんだ、お相子様さ。でもほんと良かったな、なんかこっちまでもらい泣きしそうになるぜ…」
「私も目頭が熱いです…」
「ニキはもうちょっと泣いてるニ…」
「ボクもちょットうるっときちゃッタ…」
「どうりで頭が冷てェわけだ…」
湿気ったパークを雑巾のように搾りながら、私達も冥淵樹海の地から足を離した。赤く彩られた呪いの地よ…さらば…。
-宵星の樹林-
「うおお~?! なんかスゲー! めっちゃ綺麗っ! ヤバッ! 幻想的!」
「なんかシャボン浮いてるっ?! しかも光ってるよコレ!」
初めてしっかり宵星に足を運んだ喰胃組大興奮(ロイスを除く)。この世のものとは思えぬ光景にただただ圧巻…口開きっぱだ…。
うわー…こっちが良かったなぁって切実に思う…。アクアス達がここを訪れてた時…私達は食獣植物に翻弄されながらハヤタタを追い掛けてたとか…悪い夢…?
何だか危険地帯であることを忘れてしまいそうだ…、今横になって目を閉じたら間違いなく熟睡できる自信がある。
「オマエ等、まだ日は高ェが…今日はもうこの辺で腰を下ろすぞ。全員疲労も溜まってるだろうし、本格的な行動は明日からだ」
「あいよー、じゃあお言葉に甘えて座っちゃお。あ˝~…疲れたぁ…」
アレスの指示に素直に従い、樹木の根っこに腰を下ろした。座った瞬間にどっしりと全身に圧し掛かる疲労…これはもう立てませんわ…。
先に食料調達するべきだったかもしれん…一旦座ったらもう動きたくない欲でいっぱいだ…。根とケツが融合したかのよう…。
「皆見てごらん、樹木の太い根から花が生えてるだろう? あれがシャボン玉を生んでいるんだけど、実はアレ食用なんだよ。お湯に浸すと良い香りのお茶になるんだよね。
あそこに生えてる青く点滅してる触手みたいな植物も食べられるよ、ちょっとクセあるけどね。それと後で簡易的な釣り竿を作って、皆で釣りでもしようよ」
「釣り? どっかに池でもあんの?」
「巨大湖だよ巨大湖。僕等が今居るこの地面の下にね」
「えっ…?」
なんか急に怖い話始まった…? 地面の下に巨大湖…? 何その都市伝説みたいな…どういうことなのかさっぱり分からん…。
地面の下にあるのならそれはもう地底湖なのでは…? 巨大地底湖…。
「この木は夜影樹って言うんだけどね、夜影樹は抽水性植物に分類される挺水樹木で、水底に根を張るのが特徴なのさ」
「ちゅうすい…ていすい…、専門用語はよく分かんねェけど…川人族の集落で育てられてた潤甜菜みたいなもん…?」
「そうそう、アレの超特大版さ。っで見ての通りここは夜影樹の密集森域、つまるところ宵星の樹林は超巨大な湖の上にできた森なのさ。僕等が立っているこの地面も実は複雑に絡み合った根だよ。隙間に硬い藻が生えてて平坦に感じるけどね。
だから足元の根っこにちょちょっと穴を開けて、適当に釣り糸でも垂らしておけば、美味しい古代魚を食べられるってわけさ。君達若者には動物性タンパク質が何より必要だろう?」
「オマエも若いだろ…」
「僕はもう31だよ」
「思ったより年上だった…?! だとしてもまだ若ェよ…!」
でも流石に植物だけで胃を埋めるのは嫌だし、ここはジルゥの提案に乗ってひと時の釣りタイム。精神を癒すのにちょうどいいな。
アレスとロイスに穴をいくつか空けてもらい、ニキに釣り竿を作ってもらい、アクアスとカーリーちゃんが餌となる蟲を集めた。
「あれ? 私何もしてないな…」
「一緒ダネ♡」
「屈辱だね」
この分は釣果で活躍しねェとな、皆の十分な食料は私が確保する! 正直釣りなんてやったことないけどなっ! 都会育ちだからっ!
釣りなんて適当に釣り糸垂らして、ほんで魚が掛かったら引っ張り上げるだけっしょ? 木登りより簡単そうだし、まあ大丈夫だろっ!
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「釣れねェー!! 何だこれクソ面白くねェな釣りってよォ…!! なァ皆、菜食主義になるつもりはないかね?」
「俺達は釣れてんだよ…」
「ニキ達を巻き込まないでくれニ…」
皆は鱗が輝く魚とか色々釣ってんのに…私だけなんも釣れない…。アウトドアレジャー全般苦手なのかもしれないな私…。
もしくは魚から拒絶されるフェロモンみたいなのが出てるのか…、変な奴等はやたら寄って来るのに…。
「オマエみたいなのがな…」
「エッ、何ノ話?」
そもそも餌となる蟲に触れられない時点で釣りに向いてなさ過ぎんだよな…。なんもかんも蟲に食いつく魚が悪い…野菜でも食っとけよ…。
「ハァ…このままじゃ私達飯抜きだなぁパークよ…」
「達?」
「オマエは私とペアだもん。知ってるかパーク…この世にはこんな格言が存在するんだ…。〝働かざる者──ただの役立たず〟ってな…」
「それはモウただの事実デハ?」
皆優しいからきっと分けてくれるとは思うが…せめて1匹ぐらいは自分で釣った魚が食いてェ…。いっそ小魚でもいい…私も釣りたい…。
「あれ? そういえばカーリーちゃんは?」
「カーリーなら潜って魚を獲ってるよ。ほら見て、乱獲」
「あらまー?! 凄いわねェ川人族の娘ェ! とんでもないわァ!」
少なく見積もっても既に20匹は獲ってるじゃないか…何という魚キラー…。もうカーリーちゃんの釣果だけでいいんじゃないか…?
そもそもこんなに食い切れるのだろうか…、ちょっとカーリーちゃん張り切り過ぎちゃったかな…?
“ザパァ!”
「はい1匹追加ー。ロイ兄、あと何匹獲ればいい?」
「もう十分だよ、上がっておいで」
「はーい」
カーリーちゃんは勢いよく水から浮かび上がり、そのまま水の上に立っている。何度見てもスゲー光景、しかもほとんど濡れてねェ。
「いやいや…! 今はそんなことより自分のことだ…! 小魚でもいいから何が何でも釣ってやる…! 1匹は絶対に…!」
「無理デショ~、おネエさんセンスないモーン」
「じゃあ餌でも変えてみるか、オマエなら大きめの肉食魚とか釣れるかもな」
「ワァ~?! 謝るカラ止めテ~! ボクを餌にしないデ~! ガボボボボッ…!!」
──中宵 【曇り】
「良かったですねカカ様、ちゃんと魚が釣れて」
「だいぶ食いつき悪かったけどな…、でも最終的に釣れて良かったよ」
「パークの尊い犠牲のおかげでニ」
「アイツは良い奴だったよ…」
「生きてるヨー」
頑張って釣った魚を焚火で焼き上げ、長い今日を締めくくる夕食に舌鼓を打つ。
いやー今日は長く大変な一日だった…。古城に潜り込み…竜と戦い…獣賊団&教徒共と石版を奪い合い…釣りをする…、壮絶だな…。
今日だけで何度死にかけたことか…、今こうして無事に焚火を囲めているのが奇跡にも思えるくらいだぜ…。
この奇跡に感謝しながら、パークに食らいついたバカな魚を頬張る。ちょっと内蔵の苦みが濃いが…それもまた中々に乙である。
「ネェネェ、ボクにもゴハンちょうだいヨ」
「仕方ねェな、っつってもオマエが食べれそうなのあるか? さっきの触手みてェな植物ならあるがよ…。アクアス、コイツが食えそうなのないか?」
「夜影樹の木の実で良ければありますが」
アクアスから黄蘗色の果実受け取り、脚の上に移動させたパークに果実を渡す。小せェ手で果実をギュッと抱える姿は不覚にも可愛い。
そのままパークの食事風景をボーっと眺める。果実が渦巻き模様に押し付けられると、黒い渦巻き模様が白く変色しながら仄かに光る。
そのまま少しの間光り続けた後、再び元の状態へ戻った。何度見ても不思議な食事風景だ…種族の違いを感じさせられる…。
「プハ~、美味しかったデス」
「そうかい、したらこの空っぽ果実はその辺に捨ててきなさい。蟲達が美味しく食べてくれるだろうから」
妖精族は口がないから、ああやって野菜や果物の栄養だけを吸い尽くす食事をする。さながら血を啜るヒルみたいな…ちょっと例え悪いか…。
栄養が消え去った野菜や果物は味が落ちるし、食っても栄養ゼロだから食べるメリットが消失するのちょっと迷惑。
その分排泄を行わないのはクリーンでいいがな…一長一短ってやつか。同じ知性生種でこうも違った生態をしていると…生命の奥深さを感じてしまう。
「アレ兄…内蔵あげる…」
「なんだ…? 子供にはまだ早かったか…?」
「違う…! ただ今日はそういう気分じゃないだけだ…!」
向こうでも微笑ましいやり取りが繰り広げられてるな。私も昔嫌いだったなぁ魚の内蔵…酒の味を覚えたその日に克服したけど、ハハハッ。
多分カーリーちゃんはまだ酒業の儀未完了っぽいし、酒を嗜めるようになれば途端に変わるのよねー。内蔵の苦みは酒の苦みで裏返るのよねー、ほほほっ。
あーガッツリ酒飲みたくなってきた…魔物ぶっ倒したら酒場行こ、絶対行こ。後の楽しみがあればやる気も湧くってもんだ。
「ふぅ、バカな魚美味しかったぜ。ごちそうさん」
「もうよろしいんですか? まだ魚はありますが…」
「治癒促進薬で多少回復しちゃいるが…腹部のダメージがちょっとな…、とりあえず1匹だけでいいかな…」
「確かにカカさん相当重傷だもんね、右目も切られてるし。アレ兄もその左腕折れてるでしょ? 隠しても無駄だよ」
アレスは少し驚いていた、ってことは本当に折れてるのか。アレスは私より確実に強い筈だが…そんなアレスがそれほど負傷するとは…、やっぱ以前より強くなったんだなネコ野郎…。
「──んっ? ってことはオマエ…折れた腕で私を抱えてたのか…!? おいおい…無理するなぁ…、おんぶで良かっただろやっぱ…」
「あん時は背中が痛かったっつったろ…!」
「骨折より痛いってよっぽどだぞ…、何されたんだよネコ野郎に…」
腕が折れててもお姫様抱っこできるなんて…男の子は凄いねェ…。私だったら無理せず目覚めるのを待つもん絶対、ってかそれで良かったんじゃね?
まあ男は変なところでバカな生き物だからな…コイツも例に漏れないわけか…。
「ほらっ! 食い終わった奴からもう寝ろっ! 魔物戦に関する詳細の決め事は明日でいいだろ、とにかく今は体を癒すのが最優先だ。見張りは俺とロイスでやるから、オマエ等はぐっすり寝ろ」
「僕も見張りするよ、無傷な僕が何もせず寝るなんて君達に悪いからね。男3人で仲良くローテーションしようじゃないか」
「そう? じゃあお言葉に甘えて寝させてもらおうかな、正直空腹より眠気の方が勝っててよ…。永眠する勢いで爆睡するぜ」
「カカ様ってばまた縁起でもないことを…」
いつの間にか既に寝ていたパークを腹に置き、腕を枕にして横になる。目を閉じると、次第に意識が眠気に吞まれていくのを感じた。
皆の話し声を聞きながら、どこか満たされた気持ちで眠りに落ちていく──
「アレ兄! 見張りならオレもするってば! ってか今度こそオレにやらせろっ! 前やらせるって言って起こさなかったの忘れてないからっ!」
「あーうるせェな、ガキは朝まで寝とけばいいんだよ」
「オレは大人だー! 子供扱いすんなー!!」
──第151話 ブレイクタイム〈終〉
焚火前の団欒──。




