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《後編》三日目

 魔の森で迎える二度目の朝。気のせいかボリスの毛がパサパサしている。昨晩は交代で見張りをし、二体の魔物を退治した。確実に寝不足だ。それから栄養不足。水分不足。

 だけど足りないものを数えていても仕方ない。大丈夫、支えあえる仲間がいるもの。あと一日ぐらいなら乗り越えられるはず。


「ひどい顔をしている」

 ボリスが私の頬を撫でた。手は人間と同じだ。剣だこがある。

「あなたはラッキーよ。私の疲れた顔なんて、侍女しか見たことがないのだから」

「そいつは幸運だな」


 またリンゴひとつを分けあって朝食を済ませて出発。


「足が楽だわ!サクサク歩ける。あなたのおかげね、ありがとう」

「俺は何もしてないけどな」

「だって補ってくれるとか、守ってくれるとか。イケメンなセリフをたくさん言ってくれたもの」

「言うだけではないぞ。確実に実行もする」

「素敵」

「今夜は唾もつけてやろう」

「それは遠慮するってば!」

「イレネは可愛いから、つけておかないと他の男に取られそうじゃないか」

「そんな心配は無用よ」


 手を伸ばしてボリスの首すじをもふもふする。

「私、どんなに素敵なもふもふが現れても、あなたにしかもふもふしないと約束するわ」

「……なんだか微妙な誓いだ。まあ、いい。俺が大人になったら番ってくれるな?」

「番うってなに?」

「パートナーになること」

「なるわ。いえ、ならせて下さいな」

「……この約束、忘れるなよ」


 キラリと金色の目が光る。なんだか肉食獣の目だ。子どもでもやはり狼系獣人だからかな。大人になったらどんな風になるのだろう。


「大人になったボリスもきっと素敵ね」

「期待して待っていろ」



 婚約破棄されてから二日であらたな伴侶を見つけてしまった。しかも確実に前回のロクデナシより素晴らしいひとだ。私ってば強運だな。

 あとはこの森を抜けるだけ。




 ◇◇




 きのうと同じような頻度で魔物に遭う。

 きのうと違うのはそれが午後遅くからだったのが、今日は朝からだということ。進度は当然遅くなり、体力魔力の消耗も大きい。今日は水場も見つからないし、相変わらず食べられそうなものもない。


 さすがに昼食時には口数も減ってしまった。最後のリンゴを分けあって食べる。残りはパンがひとつ。夜に食べたら明日の食料はゼロ。ボリスの見立て通りに明日、森を抜けられればいいけれど、もしそうならなかったら……。


「……イレネ。大丈夫か」と心配そうな声のボリス。

「大丈夫。まだ頑張れる」

「背負おうか」

「ありがとう。いよいよになったら、お願いするわね」

 ボリスだって、相当参っているだろう。人間よりパワーがあるなら必要とするエネルギーだって私たちより多いはずだ。しかも子どもだ。それなのに泣き言ひとつ言わずに頑張っている。


「もふもふしてもいい?」

「いいぞ」

 ボリスの首すじに顔をうずめる。汗と獣の匂いがする。

「最高のもふもふよ。癒される」

「それは良かった」

「耳も触っていい?」

「ダメ。それは完全にセクハラ」

「ちょこっとだけ」

「胸を揉むぞ!」

「ケチ」


 しばらくの間、私はボリスのもふもふを堪能し、ボリスは私に抱きついていた。

 風が木々を揺らす音しかしない。


 ……さすがに疲れた。このまま座っていたい。足も再び血まみれになっているだろう。お腹も空いたし目が回りそうだ。

 だけど。帰ることのできない私と違って、ボリスには仲間が待っている。きっと両親だって心配しているだろう。彼を絶対に送り届けるのだ。


 ピクリ、とボリスがして体を動かした。周囲を見渡す。

「魔物?」

 小枝の準備をする。

「いや……」とボリス。まだ辺りを見回している。ピンと立った耳がピクピクしている。


「助けだ!」突如叫び、彼は立ち上がった。

 そして天を仰ぎ


 あおぉぉぉぉーんっ


 と遠吠えをした。

 それに呼応するかのように現れたのは……


「しまった!」とボリス。

「魔物じゃない!」と私。

 そう、魔物が二体も現れたのだ。

「根本的なミスをおかしちまったぞ」と言いながら剣を抜き構えるボリス。

「お茶目なところもあるのね」と私も立ち上がる。

 そしてまたしても素晴らしいコンビネーションで難なく魔物を撃退。


 そこへ馬に乗った獣人たちが三人駆け込んで来た。

「ボリス様!ご無事で!」

「ようございました!」


 ボリスが振り返る。

「イレネ。俺の仲間だ。助かったんだ!」

「ああ、良かった……」


 安堵と共に力が抜ける。


「イレネっ!?」





 遠くでボリスが私の名前を呼んでいるようだ。だけど、もう、力が入らない……。




 ◇◇




 目を覚ましたのは、豪奢な一室のふかふかベッドの上だった。

 全て夢だったのだろうかと思っていると、部屋の隅のほうから

「お目覚めですか」

 と声がした。

 見るとメイド服姿の獣人がいた。


「……ここは?」

 のどが張り付いて、うまく声が出ない。

「王宮です。イレネ様は三日もお眠りになっておりました」

「……ボリスは?」

「今、お呼びしましょう」

「彼もここにいるの?どうして王宮なの?」

「まあ。何もご存じないのにボリス様をお助け下さったのですか」とメイドが驚いたような声を出す。「ボリス様は王太子でございます。近侍と共に旅をしている最中、かようなことになったのです。イレネ様は王太子の恩人。最高の敬意をもって接遇いたします」

「……ありがとう」




 彼女が部屋を出ていくと、再び目を閉じた。


 ボリスは獣人の国の王子だったのか。となると、パートナーの約束は忘れたほうがいい。国交がなく、種族も違う妃は望まれないだろう。

 胸がツキンと痛む。

 たった二日で相当彼に恋してしまったらしい。相手はまだ子どもなのに。




 しばらくして廊下を駆けてくる足音がしたと思ったら勢いよく扉が開き、ボリスが飛び込んで来た。


「イレネ!」

「ボリス」

「ああ、良かった!君が倒れたときは、心臓が止まるかと思った!この三日間、どれほど不安だったことか」

「……大袈裟ね」

「声が掠れている!」


 目覚めたばかりと申し上げました、と壁際から声がする。さっきのメイドだろう。飲み水ももらったし治癒魔法もかけてもらったけれど、治らなかったのだ。


「声以外は元気よ。ゆっくり休ませてもらったもの」

「それなら大丈夫か。明日にでも両親に会ってくれ。そうしたら婚約だ」

「婚約?」

「まさか約束を忘れたとは言わないだろうな!」ボリスがずいっと前のめりになる。「やはり獣人は嫌だとか?」

「だってあなた王太子なのでしょう?私なんかでいいの?」

「『なんか』とはなんだ。イレネでなければダメなんだ。それに皆、賛成してくれている。何しろ俺は君がいなければ、地面に叩きつけられて死んでいたのだからな」

「……もふもふしてもいい?」

「いいぞ」

 彼の首に手を伸ばしたら、掴まれた。

 そして半身を起こされる。

「どうせなら、ほら」とボリス。

「それなら遠慮なく」

 彼の首すじに顔をうずめる。もう何度目なのかも分からない。ボリスは私を抱きしめる。

「あなたのもふもふ、大好きよ」

「聞き捨てならないな。もふもふ以外の俺は」

「大々大好き。ちゃんと大人になるのを待っているから」

「約束だぞ」



 ◇◇



 そうして私とボリスは結婚の約束を改めてした。

 彼が何歳で、いつまで待てばいいのかを聞きそびれていることに気がついたのは、体力が回復し彼の両親に謁見し、身に過ぎるほどの感謝をされその場で婚約をしたあとだった。


 ふたりでバルコニーから宮殿の庭園を眺めながら、

「ボリスは何歳なの?」と尋ねてみた。

「いくつだと思う?」

「このやり取りは前にもしたわ」

「イレネが考えているほど子どもではない」


 となると。14くらい?それとも15?

 他の獣人を見る限り成人は、人間の男性より大きいようだ。となると身長140センチはそれほど大人ではないと考えられるのだけど。


「分からないか?」

 いたずらげな瞳をしてボリスが私を見る。剣だこのある手が頬をなでる。

 これだけだったら、青年ぽい。それも確実にモテる部類の。


「……セクハラになるかしら」

「何が?」


 膝を曲げ、ボリスの口にキスをした。


「唾つけちゃった」


 そのとたん、しゅるしゅるとねずみ花火のような音と金色の煙がわき上がり、ボリスの姿を隠した。


「ボリス!!」


 ぽんっ!と小気味良い音と同時に煙が晴れる。そこにいたのは、青年だった。


「……解けた」と青年。


 報告してきます、と控えていたメイドが叫んで走っていく。


「ボリスなの?」

「そう。悪い魔女に呪われて魔力を封じられていたんだ。そのせいなのか、姿も子どもになってしまってな。旅はその魔女を探すことが目的だった」

「……まあ」


 青年ボリスは私より背が高くて、顔つきも精悍だ。

 あまりのイケメン具合に胸がドキドキする。これは気軽にもふもふさせてなんて言えないぞ。


「……イレネ」

「なあに」

「俺は二十歳だ。立派な大人」

「そうなの」

「約束。忘れたとは言わせないぞ」

「ええと」

「大人になったら、番ってくれると言ったな」

「そうね。婚約もしたし、約束は守っているわよ」


 そうだな、と言ったボリスは私を横抱きに抱き上げた。


「ボリス!?」

「好きなだけ、耳を触らせてやる」

「ありがとう。なんで?」

「番う。実質的に。今すぐ」


 実質的に番う?どういう意味かな。


 ボリスは私を抱えたまま、ずんずん歩く。

「問題ない。俺の姿が戻り次第、すぐに挙式と決まっている」

「ええ」

「うちの国は、挙式の前日に番うから」


 挙式の前日に番う?

 それって、もしや……。


「ちょっと待って!」

「待たない。約束した」

「心の準備が!」

「問題ない。俺は出来ている」

「私はまだ!」

「案ずるな。好きなだけもふもふさせてやるから」

「そういう問題では……!」








 結局。ボリスは出会って初めて、私の意見を聞いてくれなかった。

 そして翌日は宣言通りに挙式となった。どうやら私が眠っていた三日の間に、いつでも式ができるように準備を始めていたらしい。

 両陛下からは、息子の呪いを解いてくれてありがとうと、またまた大感謝された。


 ただし。妃殿下がため息混じりに教えてくれた。ボリスは父親似のバカ男だ、と。

 挙式の前日に番うというのは大嘘だったそうだ。




 ボリスめ!

 悔しいからしばらく耳のもふもふはしてやらないのだ。





お読み下さり、ありがとうございます。



おまけ情報①

《ボリスはちょっと、そそっかしい》


怪鳥に捕まった子供を助けようとして、うっかり自分が捕まってしまった。しかも高いところが苦手で気絶。目を覚ましたら、元いた街ははるか遠く、地上はとてつもなく下。驚き怪鳥の足にしがみつこうともがいていたら、落ちてしまった。




おまけ情報②

《その後の話》


獣人の国にはわずかながら、人間や人間とのハーフがいた。ボリスは彼らを積極的に侍女に登用(侍従はいないところが……)。イレネが人間恋しさに獣人の国を出ていくことを防止することが目的だったけれど、これを機に王宮内に親人間派が増える。


一方でイレネの故国では、外遊から戻った国王夫妻(常識人)が、王太子のしでかしたことにビックリ仰天。王太子は懸命に説明するが、イレネの友人たちと公爵家の使用人たち(イレネを慕い、アンチ叔父夫妻)により無実が証明される。


また、イレネ追放時に監視役だった騎士により、彼女の生存の可能性を知った国王は、魔の森捜索を開始、獣人の国にも使者を送り情報提供を依頼。その結果、彼女が獣人の国で王子妃として幸せに暮らしているのを発見する。


これを機会に両国の国交は復活。

そしてイレネとボリスは両国の歴史に名を残す、素晴らしい国王夫妻となった。


おまけ。王太子、義理の妹、叔父夫妻は魔の森追放刑に処せられ、その末期は誰も知らない。




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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして 最初から最後までもふもふ❤️が良いですね♪ とても楽しませてもらいました✨ 出来れば、ヒロインのラッキーな未来を知って悔しがる元婚約者と叔父家族のその後が読みたかったりして……
[良い点] 二人の会話がウイットに富んでいて素敵です。 [一言] もふもふで素敵なお話をありがとうございます! 読んでいて幸せな気持ちになるので、繰り返し読んでしまいます.゜+.(・∀・)゜+.゜
[良い点] 尻尾もダメなのだろうか。
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