第43話:折れ曲がった名刺、ふたつの選択肢
H&Mの裏出口から四条の路地裏の入り口までの10分間の道のりは、滞留した湿気と焼き鳥屋から漂う焦げた油の匂いが混ざり始める、薄暗い黄昏の帯だった。エイミーは擦り切れたコートのポケットに両手を突っ込み、底に溜まったレジのレシートが立てるプラスチックのくしゃくしゃという音を感じながら歩いていた。
右側のポケットの中、10円玉の小銭の山と使い古したライターの間に、彼女の指先は一枚の硬い紙の長方形に触れた。金の箔押しが施された、角が少し折れ曲がった名刺だった。あの日、レクサスのドアを威勢よく閉める直前、車のシートの床から拾い上げたものだ。
「スタジオBLACKINK / 集英社 高橋 ミキオ」
彼は単なる中堅保険会社の幹部などではなかった。その日の夕方、ゴミを捨てに行った京都駅で巨大な広告看板を目にした時、エイミーは彼の顔を思い出していた。彼は国内で最も売れている恋愛・純愛漫画の執筆者の一人だったのだ。10代の若者や孤独な大人たちに救済の幻想を描いて何億も稼ぐ男が、穴あきレザーシートの暗がりの中で、シワの寄った1万円札を彼女に渡した張本人だった。
明滅する街灯の琥珀色の光の下でエイミーは立ち止まり、名刺を取り出して自分の指紋の汚れ越しにそれを見つめた。
彼女には道がふたつあった。ふたつだけだ。
ひとつ目は、プラスチックとメス(外科手術)の道。南区の雑居ビルの上層部にある闇クリニック。看護師は一切質問をせず、安物の麻酔薬の瓶が4万円で売られている場所だ。それは腹の中を清め、大阪の夜の市場の最後の痕跡を削り落とし、あの穴蔵へと戻ることを意味していた。時給500円でH&MのTシャツを畳み、100円の割引おにぎりで食いつなぎながら、拓真の骨盤の包帯を替え、震えずに味噌汁を飲む方法を彼に教え続ける生活。フィルターもスポンサーもなく、誰にも借りを作らないことだけが唯一の尊厳である、純粋なドブ底の暮らしだ。
ふたつ目の道は、名刺に箔押しされたあの電話番号だった。
高橋に電話をかけること。後部座席での「偶然の出会い」には、現在進行形の配当金があるのだと告げること。贖罪の物語や理想の家族像を売り物にする裕福な漫画家にとって、裏社会でのスキャンダルや予定外の子供の存在は、ふたつの方法で解決できた。彼女の口を完全に封じるためのゼロがいくつも並んだ口止め料の小切手か、あるいは四条の湿気から遠く離れた、目黒にある中央暖房付きのアパートへの扉を開くことだ。
それは緊急脱出用の出口だった。「泥まみれのシンデレラ」であることをやめ、漂白剤や工業用松の消毒液の臭いから解放され、ヒョウ柄のヒールを履くことも「マインドセット」の講座を売ることもなく、塔の上へと登り詰めるチャンスだった。
しかし、その代償は明白だった。
もしその名刺の番号に電話をかければ、もう後戻りはできない。穴蔵の空気の抜けたマットレスの上に拓真を置き去りにしなければならない。あの少年は四条で一人きりになったら2日ともたないだろう。ステイシーやネットのハイエナたちが残骸を回収しにやってきて、10円の三脚に自分を固定するのを待つ間に、己のトラウマの中に溶けて消えてしまうはずだ。もしレクサスの金を選べば、エイミーはティファニーとまったく同じ存在――上に行きのチケットを買うために、肉体を利用する人間に成り下がるのだった。
東山の山々から冷たい風が吹き下ろし、路地裏にあるコインランドリーの看板を揺らした。エイミーは丸々一分間、その名刺を見つめ続けた。厚手の上質紙の質感は、彼女の荒れた指先にはおかしいほど不釣り合いに感じられた。
怒りもなく、しかし外科医のような正確さで、彼女は名刺を静かに二つに折った。そしてもう一度折った。厚紙が悲鳴を上げ、男の名前の金文字が打ち砕かれた。
彼女はそれを地面に捨てなかった。小銭と、拓真が今も手のひらの中に握りしめているあの濡れた1万円札が眠る、コートの深いポケットの奥へと再びしまい込んだ。
壊れた穴蔵のドアに着いた。彼女は足でそれを優しく押して開けた。室内はモデムのオレンジ色の明滅だけで照らされ、その薄暗がりの中で、拓真は不器用な指先で塩せんべいの袋を開けようと苦戦しながら、毛布の上に座っていた。彼女が入ってくるのを見ると、少年は動きを止め、この日初めて彼女の目をまっすぐに見つめた。
拓真:――部屋の湿気にかき消されそうな、細い糸のような声で――「エイミー……今朝の……今朝の味噌汁、半分残してあるんだ。廊下の電子レンジで温め直したら……まだ飲めるよ」
エイミーはコートを脱ぐと壁の釘に掛け、マットレスの上の彼の隣に身をかがめた。せんべいの袋に手を伸ばすと、彼の両手からそれを取り上げ、綺麗に引き裂いて開けた。
エイミー:「もういいよ、タク。スープを温めてくる。それと、明日の朝一番で一緒にクリニックへ行くよ」
彼女はどのクリニックなのかは言わなかった。何が取り除かれるのかも、その請求額がいくらになるのかも言わなかった。彼女はただ冷たい床の上で彼の隣に座り、自分の身体の重い鼓動を感じていた。世界のこちら側では、本物の決断にはBGMもエンドロールのクレジットも流れないのだと、分かっていたから。
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