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会社を辞めた俺、ハズレスキル“清掃”でダンジョン最深部を独占する  作者: tsu
白銀都市ルミナス編

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第十話 白銀の鍛冶炉

 魔導図書館の再起動から一夜明けた朝、俺たちはルミナス中央塔の地下深くへ向かっていた。


 目的地は――【地下循環炉区画】。


 ルミナス全域へ清浄な魔力と水を巡らせる、いわばこの街の“心臓部”だ。


 そこが長いあいだ停止している。


 つまり配管も、流路も、循環核も、全部まとめて詰まっている可能性が高い。


 かなり大仕事だ。


 ……そして、かなり掃除しがいがある。


 白い螺旋階段を下りるたび、空気が変わっていく。


 上層の澄んだ冷気は消え、湿った熱気が肌へまとわりついた。鉄の匂い、油の匂い、焦げた煤の匂い――そこへ混じる古い汚れ特有の、鼻の奥に残る重たい臭気。


 視界に青白い文字が浮かぶ。



【区域】:旧管理都市ルミナス・地下循環炉区画

【汚染分類】:油膜沈着系+煤付着系+熱硬化堆積系+配管内部固着系

【区域汚れ度】:SS+

【状態】:長期未清掃/循環停止/内部詰まり深刻

【推奨清掃】:高温軟化→削離→配管洗浄→循環再起動

【備考】:かなり詰まっている。非常に気になる。



 備考が完全に俺の気持ちを代弁していた。


 かなり気になる。


 むしろ今すぐ綺麗にしたい。


「主任」


 隣を歩くルナが静かに口を開く。


『本区画の停止により、都市全域の自浄作用は本来性能の三割以下まで低下しています』


「三割……」


『循環炉が復旧すれば、街路自動洗浄、空気清浄、水質浄化、微細汚染自己分解機能が順次再起動します』


「便利すぎません?」


『古代文明は清潔を重視していました』


 なんか親近感が湧く。


 かなり良い文明だ。


 やがて階段が終わる。


 そして視界が開けた瞬間、思わず息を呑んだ。


 ――広い。


 地下空間とは思えない。


 巨大な白銀の空洞空間に、何十本もの太い導管が生き物の血管みたいに張り巡らされている。その中心には山のように巨大な円筒型の循環炉。表面には無数の古代文字が刻まれているが、今はその大半が真っ黒に煤け、油膜がぬらぬらと光り、継ぎ目には黒い塊が岩のように固着していた。


 そして一番ひどいのは配管の接続部だ。


 どこも黒い瘤みたいに膨れ上がっている。


 完全に詰まりだ。


「うわ……」


 九条が顔をしかめる。


「見てるだけで詰まりそう」


「分かる」


 月白も珍しく同意した。


「この汚れ、剣で削ってもきりがないな」


 そのとき。



 導管の一つが、ぼこり、と膨らんだ。


 次いで、裂ける。


 中から真っ黒な粘液が溢れ出し、床へ落ちる前に四本腕の巨体へ変わった。


 肩から黒煙を噴き上げ、目は炉火のように赤い。


 足元を歩くだけで煤がこびりつく。


 見た目からしてかなり嫌だ。



【名称】:煤腕鬼スモルガン

【種別】:高熱汚染獣

【汚染分類】:煤付着系+油膜粘着系+熱汚染系+内部炭化系

【汚れ度】:S+

【特徴】:高熱打撃/黒煙噴射/油膜再生/周囲汚染

【推奨洗浄】:冷却固定→表層剥離→核洗浄

【備考】:触るとべたつく。かなり嫌。


「かなり嫌、分かる」


 思わず本音が漏れる。


 スモルガンが咆哮した。


 四本の腕が一斉に振り下ろされる。


 轟音。


 床が砕け、黒い煤煙が爆発する。


「熱っ!」


 九条が結界を張るが、表面がすぐ黒く濁った。


「結界まで汚染する!?」


 厄介だ。


 だが構造は見える。


【重点汚染箇所】

・肩関節内部

・胸部燃焼核

・背部排煙口


【攻略のコツ】

冷やして固める



「ルナ!」


『地下散水機構、起動』


 天井の無数の噴出口が開く。


 次の瞬間、冷たい浄化水が豪雨のように降り注いだ。


 じゅうううううっ――!


 蒸気爆発。


 スモルガンの表面で油膜が固まり、煤層にひびが入る。


「月白さん!」


「任せろ!」


 銀閃。


 一撃で肩の煤殻が大きく剥がれる。


 二撃目で胸部装甲へ亀裂。


 三撃目で背部排煙口が開く。


「九条さん!」


「軟化符、連結!」


 青い術式が内部へ染み込み、奥で固着した塊が崩れ始める。


 今だ。


 俺は星浄の箒を握り、深く踏み込む。


「【浄化術式・広域循環】――一点集中!」


 白い奔流が胸部の黒核へ突き刺さった。


 奥の奥。


 長年詰まっていた黒い塊が、ずるり、と抜ける。



 瞬間――


 ごうううううっ!!



 止まっていた導管すべてへ光が走った。


 配管の内部を清流みたいな魔力が巡る。


 黒ずみが一気に剥がれ落ち、白銀の配管が姿を現す。


 スモルガンの黒い身体も、表面の汚れが落ちていく。


 現れたのは白銀の巨大守護兵だった。


『……浄化確認』


『地下循環炉守護兵、正常復帰』


 守護兵は膝をつく。


 その直後、巨大循環炉の中心核が青く輝いた。


 街全体へ新しい流れが生まれる。


 空気が澄む。


 熱が軽くなる。


 何より、施設全体が綺麗になっていくのが分かった。


 だが――


 循環炉の最奥。


 最も太い主管の内部で、どくん、と黒い脈動が走る。


 嫌な気配。


 深い。


 粘つく。


 執念深い。


 視界に文字。



【名称】:黒淤心核ネクロスラッジ

【種別】:深層汚染核

【汚染分類】:超高濃度配管固着系+呪詛粘着系

【汚れ度】:SSS

【危険度】:極大

【推奨洗浄】:現状不可

【備考】:配管の奥に詰まっている最悪のやつ。かなり手強い。



 現状不可。


 初めて見た。


 つまり、今の俺じゃまだ届かない。


 でも。


 逆に燃える。


「……待ってろ」


 奥の黒へ向かって小さく呟く。


「絶対、綺麗にしてやる」


 その言葉に、ルナが静かに頭を下げた。


『主任らしい回答です』


 九条が笑い、月白が剣を肩へ担ぐ。


 ルミナスの心臓は動き始めた。


 けれど、その奥にはまだ“本当の詰まり”が眠っている。


 次に向かうのは――古代鍛冶炉。


 新しい力を得るための、大きな一歩だ。







ルミナスの街は、目に見えて変わり始めていた。


 中央通路の白い石畳は自然に艶を取り戻し、街路樹の葉は瑞々しく光り、水路を流れる水は底まで見えるほど透き通っている。空気も違う。どこか張りついていた重たさが消え、深く吸い込むだけで身体の奥まで澄んでいくような感覚があった。


 循環炉が動いただけで、街そのものが生き返り始めている。


 古代都市ルミナス――想像以上に、とんでもない場所だ。


「相馬」


 朝早く、珍しく月白の方から声をかけてきた。


 壁にもたれ、腕を組み、いつも通り無愛想な顔をしている。


 だが目だけは少し違った。


 職人の火が灯っている。


「来い」


「どこへ?」


「見せたいものがある」


短い言葉。


 けれどその声に、妙な熱があった。


 俺たちは月白の後を追って、ルミナス東区画へ向かった。


 そこにあったのは、巨大な半円形の白銀建築。


 外壁には無数の鍛造紋様。


 煙突はない。


 なのに内部から、規則的な熱の脈動だけが伝わってくる。


 視界に表示が浮かぶ。


【施設】:古代鍛造区画《白銀鍛冶炉》

【機能】:神造兵装鍛造/魔力精錬/高純度金属再構築

【稼働率】:48%(地下循環炉復旧により上昇)

【汚れ度】:B+(炉内一部に腐食汚染あり)

【備考】:設備は最高級。少し磨きたい。



 磨きたい。


 白銀の壁に、少しだけくすみがある。


 ああいうの、かなり気になる。


「主任」


 ルナが横で静かに告げる。


『本施設は古代文明最高峰の鍛造設備です。浄化済み素材を加工することで、通常を大きく超える性能の武具生成が可能です』


「それって……」


『かなり強い武器が作れます』


 分かりやすい。


 中へ入る。


 瞬間、熱の質が変わった。


 暑い。


 だが不快ではない。


 清潔な熱だ。


 巨大な炉が何十基も並び、それぞれの内部で青白い炎が静かに揺れている。床には魔力回路が巡り、壁面には精錬管、冷却路、圧縮室が整然と配置されていた。


 中央には、一際大きな鍛造台。


 表面には星のような紋様が刻まれ、今も淡く光っている。


 その前に月白が立っていた。


 両腕を組み、静かに息を吐く。


「……打った」


「何を?」


 月白が布を外した。


 現れたのは、一振りの剣。


 思わず、息を呑む。


 美しい。


 白銀の刀身は曇り一つなく、刃の中心には薄く蒼い光が流れている。柄には浄羽竜の羽のような白い装飾。鍔には星を模した意匠。


 見るだけで分かる。


 これは強い。


 それだけじゃない。


 綺麗だ。


 とても綺麗だ。


「材料は全部、お前が浄化したものだ」


「え?」


「穢核石を純化した浄核晶。浄羽竜の飛膜繊維。浄蛇鱗の高密度鱗片。そしてルミナス鍛冶炉の炉心熱」


 月白が剣を握る。


 刃が、すう、と鳴いた。


「名前をつけた」


 一歩踏み出し、静かに掲げる。


「――星浄剣セレスフィア」


 かなり格好いい。


 そして妙にこの街に似合う名前だった。


 九条が目を丸くする。


「……綺麗」


「綺麗ですよね」


「いや相馬さん、そこ性能じゃなくて見た目なの?」


「武器も綺麗なの大事です」


 汚れてるより、綺麗な方がいい。


 絶対に。


 その時だった。



 鍛造台の周囲に積まれていた鉄屑の山が、がしゃり、と動いた。


 最初は小さな揺れ。


 次第に激しくなる。


 黒い錆が血管のように広がり、鉄屑同士を繋ぎ始める。


 腕。


 胴。


 脚。


 頭部。


 全身を赤黒い錆に覆われた巨大兵士が立ち上がった。


 踏み出すたび、床へ赤錆が散る。


 かなり嫌な汚れ方だ。



【名称】:錆甲兵ラストガルド

【種別】:金属汚染兵

【汚染分類】:酸化腐食系+金属粉塵系+内部腐朽系

【汚れ度】:S

【特徴】:重装甲/武器腐食/自己修復/金属吸収

【推奨洗浄】:錆離脱→研磨→防錆浄化

【備考】:磨けばかなり光る。素材は上質。



「評価が高い」


 見込み素材扱いだ。


 ラストガルドが大剣を振り上げる。


 轟、と風が鳴る。


 重い。


 あれを真正面から受けるのは危険だ。


 だが。


 月白が前へ出た。


「試す」


 短く一言。


 次の瞬間、消えた。


 銀線。


 ただ一本。


 それだけ。


 気づけばラストガルドの身体が止まっていた。


 全身の錆だけが、さらさらと剥がれ落ちる。


 中の白銀装甲には一切傷がない。


 九条が目を見開く。


「斬ってない……!」


「違う」


 月白が静かに剣を払う。


「不要なものだけ落とした」


 完全に“綺麗にする斬撃”だ。


 影響受けてる。


 かなり。


 しかしラストガルドの核が胸部で赤く光る。


 自己修復。


 周囲の金属屑が吸い寄せられ、再び錆が広がる。


 厄介だ。


 でも構造は見える。


【重点汚染箇所】

・胸部腐食核

・両肩接合部

・脚部蓄積錆層


【攻略のコツ】

削るより磨く


「なら得意分野です」


 俺は前へ出る。


 星浄の箒を構え、深く息を吸う。


「【研磨清掃】」


 白い光が床を走る。


 ラストガルドの全身を包み、錆層だけを浮かせる。


 そこへ月白が踏み込む。


「――斬浄」


 閃光。


 不要な錆だけが吹き飛ぶ。


 最後に俺が核へ一振り。


「仕上げ!」


 白光が弾ける。


 赤黒い錆が完全に消えた。



 現れたのは、美しい白銀の古代守護兵。


 膝をつき、静かに頭を垂れる。


『鍛造区画守護兵、機能正常化』


 同時に、奥の巨大扉が開いた。


 その先は宝物庫。


 山のような古代金属。


 虹色に輝く結晶鉱。


 高密度魔鋼。


 浄化すれば極上になる素材の山。


 だが、その中央。


 黒い塊が脈打っていた。


 金属を食い、錆へ変えながら膨らんでいく巨大な核。


 視界に文字が浮かぶ。



【名称】:蝕鉄王メタルイーター

【種別】:上位侵食体

【汚染分類】:超腐食系+金属侵食系+再錆化汚染

【汚れ度】:SSS

【危険度】:極大

【備考】:金属好きを本気で怒らせる。かなり悪質。



 横を見る。


 月白が無言だった。


 静かに。


 でも確実に怒っている。


 握るセレスフィアの光が、僅かに強くなる。


「……相馬」


「はい」


「あれは私が斬る」


 本気だ。


 かなり本気だ。


 九条が小さく笑う。


「本の時の私と同じ顔してる」


「皆、好きなものを汚されると怒るんですね」


 俺も少し笑う。


 この街の奥には、まだとんでもない汚れが眠っている。


 でも同時に、とんでもない宝も眠っている。


 綺麗にすれば、全部が力になる。


 ――最高じゃないか。


 俺は星浄の箒を肩に担ぎ、黒く脈打つ蝕鉄王を見据えた。

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