正式な依頼書
ジノにギルドまで送られた僕は、ギルドハウスでいつものように薬草学の本を読んでいた。
外傷に効く薬の調合には成功している僕だけど、病や骨の治療は出来ない。
不自由な片足を引きずりながら身をもって必要性を感じた僕はジノから借りた本を熱心に読み漁っている。
「またモンスターがでたんだって?」
エルザが長い足を動かして、エールの入ったジョッキを片手にジノの入る受付カウンターに寄りかかった。
カウンターの直ぐ前で本を開く僕も、直ぐそばで聞こえたエルザの声に顔をあげ、彼女の問いにコクリと頷く事で肯定を返す。
「あー。前の個体よりサイズは劣る。
街中に入るまで気付けなかったのは厄介だったけどなぁ」
書類に目を向けたまま答えるジノの言葉に、「ふぅん」と納得しながらエルザは赤い唇にジョッキを近づけて豪快に傾ける。
「何で気付かれずに街に入り込めたんだろうね。
トラップが作動しなかったのは初めてだろ」
一気にジョッキを流し込むと、さして苦もなくさらりと飲み込み親指で唇を拭うと直ぐに会話ん再開した。
エルザの問いにジノの書類をめくる手がとまり。
「らしいなぁ」と、考えながら彼は答える。
森から平地に抜ける時にトラップを避けることは容易では無い。
それでも抜ける穴もあるけれど。
僕は身をもってその事を知っているから一際話題に興味をひかれて。
けれども、エルザとジノとの会話には口を出さずに本を読む事に集中したフリをして、耳だけを彼等の会話に傾けていた。
「ギルドから調査団を出すって話だけど森には入るのかい?」
「いや、平地を見回ってトラップを確認するだけらしい」
「へぇ、ならアタシも依頼受ておこうかな。
ジノに受理してもらえるのかい?」
「……まだ発表前だ。掲示板に貼り出してからでいいか?」
「もちろん」
ジノの押され気味で困ったような声、エルザの満足そうな声を聞きながら、僕は本に目を向けたまま聞き耳を立てている。
エルザがトラップを見回る時にはこっそり鳥に目を借りて見に行ってもいいかもしれないと思いながら思案する。
モンスターの存在に疑問が多い僕は、わからないままにしておく気がない。
好奇心を満たせるまでは関連する事は何でも調べていきたいと思っているから、平地と森を隔てるトラップの確認にも強い興味ができたのだ。
森の中からも何度も鳥に視界を借りて確認した事だけど。
まさかモンスターの対策で設置されていただなんて、あの頃は考えもしなかった。
それまでモンスターに出会う事がなかったし、モンスターの存在を想像できるようなヒントもなかったから。
今となっては、あの過剰なまでのトラップをもっとしっかり気にしておけばヒントになって居たのかもしれないと思うけれど。
元々僕の知識にはないものだったからやっぱり難しいかもしれないとも考える。
「そういえばティオ。あんた魔法で大活躍したらしいね」
エルザは背もたれのない横長の椅子に座ると、持て余される長い足をサッと組んで今度は僕に話題をふった。
「あちどめだけでしゅが」足止めだけですが。
大活躍とはいえないと謙遜する僕にエルザは赤い唇を持ち上げて優しく微笑むと、「えらいえらい」と僕を褒め称える。
「隠すのやめたんだね」
エルザの唇が僕の耳の側に近付き小さな声でささやく。
僕はその言葉を聞いて、ギクリと肩を動かしてからペロリと舌を出して誤魔化した。
エルザには、初めてモンスターと対峙した時に盾にしてしまった負い目があったし、僕が隠したい気持ちを尊重してもらった感謝もあった。
それなのに、数日のうちに魔法を隠すのをやめてしまい。
それはエルザに貰った気遣いを台無しにしてしまったようにも感じてしまい、とても申し訳なく思ってしまって。
僕は思わず誤魔化して視線を逸らしてしまったのだ。
そんな狡い僕を、エルザは批判することも無く。
いつもの彼女の優しさで受け止める。
細くしなやかな腕を伸ばすし僕の頭をくしゃくしゃ撫でて赤い唇を持ち上げたまま口を開き。
「偉い偉い。
あんたは頭がいいんだから、もっと堂々としたらいいんだからね」
そんな言葉を僕にくれた。
僕は耳が熱く熱くなるのを感じながら、頭を撫でるエルザの手を両手で掴むと、その手の中に雫の形の小さな加工石をコロンと置く。
「ん?なんだい?」
「ぼくがちゅくりまちた。もりゃってくだしゃい」僕が作りました。貰ってください。
「私に?凄く素敵だけどいいのかい?」
「あい」はい。
「ありがとう」
「ふふっ」と綺麗に笑うエルザの顔をホゥと見ながら、僕は喜んでもらえたことが嬉しくてにっこり笑顔をかえした。
渡す直前に魔法の発動を解除しておいたから、エルザに迫る危険は一度だけ防ぐ事が出来るはず。
冒険者という危険な仕事に就く彼女には一度の防御にどれだけの意味があるかは分からないけれど、それでも渡したいと思っていたから。
彼女の手に渡った事を僕は喜んだ。
「これ貼っておいて」
不意にジノに声がかけられ、みればリンダが気だるげに一枚の書類をジノに投げ渡している。
「はいよ先輩」
「ふんっ」
ジノに書類を預けたリンダは不機嫌そうにジノの立つカウンターを後にする。
随分紙質のいい重厚なその書類を受け取ったジノは、内容を見てみるみる顔色を変えていく。
破り捨てようとしながら躊躇するかのように書類を掴んだ手を震わせ固まってしまう。
「ジノ?」
しばらく固まってからそれでも、エルザの声に意識を取り戻したように考えを改めると。
舌打ちして立ち上がり、不機嫌そうにカウンターの中からのそのそ緩慢な動作で表に出てくる。
「なんだいその顔」
エルザの問いにジノは苦虫を噛み潰したような顔で依頼書をひらき。
「エルザ姉どう思う?」
問われたエルザはジノの見せた依頼書に目をやると、顔色を変えて睨みつけた。
ブティ家の貴族印が押されたその依頼書には南のダリモア領への護衛に冒険者を雇うと書かれてあり、一見不審なところはない。
けれどもこれより先に日時を不明記でダリモア領への遠征依頼が出ていた事、護衛に就く冒険者の人数を多く募り上限も問わないの記述をみれば碌な案件でない事は学のない冒険者にも流石に想像がつくような嫌な予感のするもので。
「それ貼っちまうのかい?」
エルザの問いに、ジノは難しい顔をしながら。
「俺が貼らなくてもギルドはこの依頼を無視できないだろう」と、一言。
貼るしかない。と結論付けながらもジノの表情は納得いってない難しい顔のまま。
「アタシはギルド職員じゃないからね。
アタシの可愛がってる若いのは止めておくよ」
エルザの言葉にジノは頷きながら掲示板に向かう。
不本意でも貼りだすしかない。
本当はこんなクソみたいな貴族の依頼を受理したくないなと思いながらも、見習い受付のジノには依頼書を弾く権限もなく、彼は重い足を動かし業務に向き合うしかなかった。
リアクションマークが凄く凄く嬉しいです!至らないところが多く、読みにくさや打ち間違いから、ご不便、ご迷惑をおかけしてしまうこと多々ありますが、目を通して頂きありがとうございます。