ターゲット
有能だと男、いや、白蛇に評されても嬉しいとは思えない。
険しい顔で退路を探しながらデイルに庇われた僕は、白蛇に対峙するジノを案じている。
相変わらず栄養が不足気味のひょろりとした体格のジノは、薄い胸を上下させ額に汗を浮かべていた。
疲労感を滲ませる彼は、雑務に追われていたのか。
それとも、僕を案じて駆けつけてくれたのか。
少なくとも、この異様な雰囲気を持つ白蛇を自由にさせておく気はない様子で。
ギルド職員の制服のままわざと白蛇の気を引き、デイルと僕から視線を外させたようだった。
「僕はアルドン。白蛇って呼ばれることが多いからどっちで呼んでくれてもいいよ。
君はギルドの職員さんかな?随分若いようだけど、見習いかい?」
悠々と名乗った白蛇は、ジノをじっくり見ながら彼の職業を言い当てた。
もともと隠す気もないようだったジノは、こくりと頷き「そうだ見習いだ」とあっさり肯定し。
白蛇はその返答に、ふんふん鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌になっていく。
「僕の事知ってる君は有能みたいだね。
ロカにはまだ来たばかりなんだけど、何処で知ったの?」
その問いにジノが答える事は無かった。
しばらくジノを見ていた白蛇は、待っても彼から返事がない事を悟ると再び僕とデイルに向きをかえる。
「まあいいや。それで、わざわざロカまで来たのは随分幼い有能な魔法使いが現れたって聞いたからなんだけど。
君の事だよね?」
デイルの後ろで僕は背中に冷や汗を流す。
蛇に睨まれたカエルのような気持ちで、頭から冷水を被ったように身体は固まり。
ドキドキと心臓の音が耳に響いていく。
「いや、それ人違いじゃね?」
答えられない僕の代わりに沈黙を破ったのは、目の前で壁になってくれているデイルの声。
彼は臆病な僕とは違い緊張を感じさせない声で平然と答えを返す。
強い。
すっかり縮みこんでいた僕は、デイルの大胆さを心強く思った。
「人違い?嘘はよくないね」
「いやいや、嘘じゃねーから。こいつが魔法使いって今日分かったばっかだし。
王都まで噂が広がった魔法使いはあっちのガキだろ。
こないだ今日のよりでっかいモンスターがでて、あいつの水魔法は一人で攻撃しのげてたわ」
「へぇ、どの子かな?」
「俺等は数人かがりでも吹っ飛ばされちゃったわ」と言葉を付け加えながら。
あっち、と。デイルが指差した先には、衛兵に両肩を掴まれた魔法使いの少年の姿がある。
彼の手首には厳重な手枷がつけられており、それは魔力の高い魔法使いを無力化するときに用いられる拘束具で。
「あの子かー。随分な枷つけられちゃってるね。何したの?」
「力が強いのに幼い魔法使いにありがちな暴走。
あいつが味方に魔法ぶっ放したとこは見てなかった感じ?
何にしてもさ、用事があるなら直ぐ行かねぇと衛兵に連れてかれた後は面倒になるぞ」
「本当だね。ありがとう」
「どーいたしまして」
デイルの言葉に納得した様子で、白蛇は僕から魔法使いの少年の方に興味を移したように見えた。
ホッと息を吐き出す僕。
ジノは何かを堪えるように、難しい顔をして唇を一文字に噛み締めた。
「行ってこいよ」
「はーい」
デイルからの再度の声かけで、白蛇は今度こそ歩き始めた。
デイルと僕の脇を通る去り際、僕の耳に素早く口を近づけ。
「時の石板持ってる?」
と、一言。
突然の事に僕はドキドキする心臓を必死に隠しながら、訳がわからないと首をゆっくり傾げてみせた。
「気をつけろ」去り際に黒騎士が告げていた言葉が頭の中に反響して蘇る。
黒騎士から警告されていた時の石の言葉は、僕の中での白蛇に対する警戒心を最大限にまで上昇させた。
黒騎士の注意はこの男の事だったのだろうかと必死に平静を装いながら思案する。
「いや、それにしては存在が薄いか。
気のせいかな。持ってない?うん?」
僕への問いかけに、自分で再度疑問を投げかけながら白蛇は歩き去って行く。
僕はその背中を見ながら息を止めたまま。
飛び出るほどに心臓をドキドキさせて離れて行く白蛇の背中を最後まで見送り、彼が衛兵に囲まれた少年魔法使いの元に辿り着いてからようやく息を吐き出した。
「はっはっはっ」と詰まらせながら吐き出した息は思いの外大きな音を出して口からでていたようで。
直ぐ隣に立つデイルにはすっかりバレてしまった。
「よしよし。こわかったなぁ。
魔法使いがモテるのは常識だけど、お前いきなりヤバそうな男にモテちゃったな」
よしよしと、僕の頭をぐちゃぐちゃに混ぜくりながら慰めてくれているらしいデイル。
僕は頭をぐわんぐわんにゆすられながら、されるがままに身を任せた。
満足いくまで僕を撫でまくったデイルは、ニッと笑い。
「んじゃ、またな!」と言ってジノに僕を託すと離れて行く。
僕の救世主だった彼の背中に、僕は小さなおててをふりふり振りながら。
ジノの隣に並び立ちデイルの背中を見送った。
デイルありがとう。
彼の背中はとても心強く僕の心に刻まれた。
「足は大丈夫か?」
なんだかションボリした様子のジノは、片足が不自由な僕を気遣ってか、僕を両手で抱き上げボソリと呟く。
「一人で帰れるか?」
僕の片足を見ながら聞いてくれるジノに、僕は少し迷ってフルフル首をふって否定を伝える。
「なら送って行くから付き合え」
そういって、僕の小さな身体を抱えたジノは歩き出す。
随分後悔した様子の彼が一番気にしているのは、僕を危険に晒した事ではない気がして。
僕は彼の目線の先を見ながら問いかける。
「あにょこ、らいじょうぶ?」あの子は大丈夫?
ジノが見ているのは白蛇が近寄って行った魔法使いの少年のこと。
問題をよく起こしてしまう彼の事をジノはそれでも気にかけ続けている。
「大丈夫じゃねーなぁ。でもティオを突き出すわけにもいかねーし」
「う?」ん?
「怖かったんだろ。白蛇」
「あい」はい
ジノは抱き上げた僕をトントンしながら。
「ちっせぇのに、お前はいっつも難しい事考えてんな。苦労すんぞ」と、僕に呆れた声をかけたジノだけれど。
僕はジノの小さい頃に似てるって言われたのですが?と、こっそり心の中で僕はジノの言葉に突っ込みをいれた。
そんな事を思われている事など知らないジノは、手当てされた片足を逃走の過程で真っ黒に染め上げたボロボロの僕を抱えたまま。
のしのし歩いて進んで行く。
途中に落としていた上着を拾いあげ。
次からは一人にしておく気がないのか、僕を背中に担ぎかえて再び事後処理に奔走しはじめた。
事後処理もあらかた片付いた頃には、野次馬達も居なくなり。
僕を案じて様子を見ていたマデラン母も、マデランが意識を取り戻すと僕に駆け寄ってお礼を告げて帰って行った。
最後まで広間に残って居たのは、衛兵と、元気な冒険者数名と、ギルド代表のジノと僕で。
「待たせたな。帰ろう」
少年の事が気がかりで仕方がないジノは最後まで彼等のようすを気にしながらも、最後まで事後処理に向き合い僕を抱えて広間を後にした。




