後輩
「ティオ寝ちゃったね」
いえ、起きています。
鳥に視界を借りる僕は瞳を閉じたままなので誤解されやすい。
けれども、僕が鳥に視界を借りている時に本体の瞳を開くと繋がりが切れてしまう事は実証済みで、耳は僕の身体の周りの音に傾けたまま。
僕は、瞳をとじて鳥の視界のままで森を目指す。
「掃除大変だったもんね」
「せっかくティオちゃん作ってくれたばかりだったのになぁ」
僕は廃教会の兄姉達の会話を聞きながら視界を大きな鳥に移して目的地を目指す。
僕が数日前までいた森の中。
治癒の木の実の採取は定期的に続けているし、毒消し草も欲しい。
刺激がきついけど麻酔代わりにも使える葉も採取しておこう。
ジノに見せてもらった図鑑には根に効果を持つ野草の記載もあった。
見た事ある植物だけど、どこにあったかな。
「俺、魔法使いすきになれねぇなあ」
「あたしも。自分の事特別だとでも思ってんのかしら?何様のつもりだとおもってんのか知らないけどここのルール守れないんならいくらジノ兄やロッツォ兄に言われても受け入れられないよ」
「本当あいつまじ最悪」
僕の視界は森に着き、麻袋にたくさんの野草や木の実を詰めている。
廃教会から聞こえる会話は嫌な方向に向かっているようで、僕はますます鳥の視界に集中した。
「ねぇティオったらぁ」
「寝かせといたげなよノノ。ティオはあの子に比べていい奴なんだし」
「だなぁこいつがうち(廃教会)に入ってれば兄貴達も新入り連れて来なかったんじゃねぇか?」
「まったくだせ。なんでこいつここ(廃教会)に住まねぇの?」
「いぬっころの穴に入り込んでるらしいぜ」
「埋めるか?」
「埋めるか」
やめてください。
話がとんでもない方向に行き始めた。
採取をあらかた終えてモンスターの形跡を追ってみようと考えていた僕の意識はぐんぐん、ぐんぐん廃教会に引き込まれ始める。
拠点を埋められてはたまったものではない。
やっぱり公開拠点になっていることが宜しくない。
せめてあの不名誉な位置に横向きで埋め込まれた表札は埋めるべきだ。
「だめぇ!!兄さん達!ティオのお家に悪さしたら黒ちゃんに埋められるんだからね」
「ひぃ」
「まじでか辞めてくれ冗談だ冗談」
ノノ。
ありがとう。
そして、あの表札は埋め込んだままでいいかもしれない。
拠点を守るご利益が急に感じられてきてしまった。
表札を埋めるのは辞めよう。
僕が手を加えても入り口を少し見えにくく草木で隠すくらいにしておくのもいいかもしれない。
僕は廃教会の会話を聞きながら、鳥の視界のまま深い森を飛んでいる。
ところどころに見られる大型のものに踏み抜かれた形跡はあのモンスターの物だろうか。
熊では考えにくい大きさのその場所を、鳥に視界を借りた僕は旋回する。
現れたり、消えたりしている大型の形跡は奇妙な事に複数箇所点在するもの、それぞれにつながる線が無い。
まるで、森が隠しているかのように踏み締められた筈の草が立ち上がり伸び上がり。
大型が移動した跡を隠している。
この森はもしかすると少し興味深い場所なのかもしれないと僕は思った。
平地側から森を見ればモンスターの形跡を隠す不気味な森に見える。
だからあの罠が境界にしかれ、冒険者も森の奥には入って来ないのだろうか。
僕がロカに降りるまでに見聞きした中で、冒険者が森を避けている事は間違いない。
けれどもその理由はなんだろうか。
僕は森で目を覚まし、森で生きてきた。
決して安全な場所では無いものの、資源は豊富で水も綺麗。
更には僕が知る中ではモンスターが闊歩している様子もない普通の森だった。
逆に、森から見たとすればどうだろうか。
平地から見る姿とはかなりの違いが生まれてくる。
まるでモンスターを森は受け入れていないような。
居場所を許していないような。
踏み荒らされた道に残る草木が、不自然なくらいに踏まれる前の姿に戻ろうと身体を伸ばしていた。
踏み抜かれ向きを変えた枯れ葉も風に乱され。
まるで、森から平地にモンスターが出ていく事を拒むように。
鳥の視界を借りたままの僕は、モンスターが踏み荒らした形跡を探しながら森の中腹に降り立った。
少し開けたその場所には、何があったのか地面がえぐられ、土が剥き出しになったままの場所が地に丸を描くように大きく出来上がっている。
端から森の修復作用が働いている形跡もあるから、はじめはもっと大きな範囲だったのかもしれない。
大きさはモンスターのサイズくらいあったのかもしれない。
寝ぐらにしようと掘ったのだろうか。
もしくは何が埋めていたりはしないだろうか。
僕は空に舞い上がり上から注意深くその場所を観察した。
捲れ上がった土壌は腐敗した落ち葉や枯れ枝で作られた黒い土壌で柔らかいもの。
黒を中心にした土壌の中に時折見える白は菌糸だろう。
それなら、あの鮮やかなままの緑は何だろうか。
再び地に降りた鳥の僕は、足先で緑色を掴む。
重い。
上空から鮮やかな緑に見えたそれは鉱物のような質感で、この場所にある事が不自然に見える存在感を持つものだった。
これはなんだろうか。
意識をすっかり森に向けていた僕は廃教会の会話に耳を傾ける事をおざなりにしていたから。
「きゃーっ」
ノノの悲鳴に驚いて目をあけた。
見れば、目の前には水に押し出され目前に迫る木片が。
そして、僕に必死で覆い被さるノノ。
目をひらき、一瞬がスローモーションかのようにゆっくりと不思議な感覚になった僕は理解する。
廃教会の入り口から、目を閉じていた僕に向けて水魔法の攻撃を放った様子の少年。
水魔法に巻き込まれて突き刺さってくる木片。
僕を庇おうと抱きつきながら身を盾にしてくれているノノ。
僕は攻撃されている。
僕を庇ってノノが怪我をする。
冗談じゃない。
少年の放った水魔法と木片が僕に到達するより先に僕とノノを包んだ水の膜が築かれ。
僕の目は赤く染まった。