モンスター
男の隣には衛兵の姿もある。
普段仲がいい様には見えない冒険者と衛兵が一緒になって外壁の先を睨みつけていた。
「お宅さんの兵隊すくないんじゃねぇのか?」
冒険者の男は、衛兵の少なさに文句をつける。
「知ってるだろ。うちは腰抜けばかりだって。
有事の時にはポチブ様の屋敷の警備に逃げちまうんだよ」
衛兵の男は諦めたように息を吐きだしながら。
「そうか、あんた等は逃げ込まなくていいのか?」
冒険者の言葉に衛兵の男は砲台を外壁の外へ向けて設置しながら。
「ここが破られたらポチブ邸も木っ端みじんに吹っ飛ぶだろう。
俺はこの街に家族がいる」
「そりゃそうだ。なら残った衛兵は精鋭だな、共闘しよう。
おい!魔法使いはまだか!?」
壮年の冒険者の叫び声に、後ろから数人の声が上がる。
「到着しました!バリア展開!!」
「「展開!!」」
土煙の中から黒い大きな影がゆっくりその身体を表し始める。
ジノ達が拠点にもつ廃教会程の大きさの異形のもの。
口は大きく、耳まで裂けたように広がり、唾液の様な粘着質のものを垂らしている。
目は小さく、前面に三つついており、首は長く、身体は不自然にボコボコした岩の様な見た目で大きく太かった。
外壁まで走り抜けてきた僕は、樹木の中で身を潜めながら張り付いて成り行きを見ている。
見慣れないその異形は、土煙をあげながら。
まっすぐ直進しており、そのまま進めばロカの街にぶつかってしまうだろう。
あの巨体でスピードまであることに僕は驚いた。
「モンスターだ!!」
「構えろ!!来るぞ」
ズン!と音を立て、外壁に突進した異形は。
魔法使いが貼った水の膜にズンとぶつかり、弾かれた衝撃で少しだけ後退した。
バラバラと崩れ落ちる外壁の一部。
「町から距離が近すぎる!
もう少し外に展開してくれ!」
(魔法使い)「無理だ。前衛を進めてくれないと外にはだせない」
(衛兵)「無理じゃない、街がこわれるぞ!行け!!」
(衛兵)「冒険者をもっと前にだせ!魔法使いを盾に使うつもりか?」
(冒険者)「ごちゃごちゃ言ってる時間はない!いくぞ!」
(冒険者)「こら!突っ走るな」
(冒険者)「数が足りない!衛兵団の力も借りれないか?」
(衛兵)「城壁を修復しろ!急げ」
現場は混乱していた。
冒険者と少数の衛兵団による連携もうまくいっていない。
個で動く若い冒険者は、ベテランの冒険者がしっ責して先導するが、身分差もある衛兵にはそれが効かないから。
全体に、経験があるベテラン冒険者の言葉がなかなか繁栄されにくい。
異形、いや。モンスターの襲撃は、僕が知る中では初めての事。
襲撃の頻度は多くないのかもしれない。
計画的に、しっかりと情報を収集して人里に降りてきたつもりだったけれど、僕の準備は不十分だったのだろう。
森との境に築かれていたあの過剰なまでの投石罠の理由を僕はもっと知るべきだったのかもしれない。
きっそそうだ。
僕は、自分が攻撃されて嫌な気持ちになったから。
記憶に蓋をつけてしまいたかったのではないだろうか。
狼から貰ったこの服も、何処から持ってきたものなのかを見つけられていないから。
僕は無意識の自衛で自分が傷つく事から逃げていたのかもしれない。
超常的な力をもっても、心を持つ僕はやっぱり弱い。
「まて、動くな!もう一度来るぞ!」
二度目のモンスターの突進で、今度は集団から外れていた数人の冒険者がなぎ倒され、膜を維持していた魔法使い達が威力に押し負け吹っ飛んだ。
勢いを流せたモンスターは、今度は後ろに後退せずそのまま外壁を崩し。
「こんにゃろう!行かすか!!」
街に入ろうと大きく踏み出したモンスターに、壮年の冒険者が率いる集団が束になって前にでた。
「止めろ!止めろ!押し出せぇ!!」
「うおおおおおお」
剣に、こん棒に、大鎌に、武器を片手に冒険者が立ち向かう。
その中には、弓を構えるエルザの姿も見える。
僕は胸のあたりをきゅっと握りながら、息を飲んで様子を見守った。
怖い。
命がけの攻防に、足がすくむ。
だけど、僕は吹っ飛ばされたウィガロの姿。
血相を変え、叫びながら矢を射るエルザの姿に。
怖い気持ちで身体を震わせながら。
はぁはぁ呼吸を速めながら。
自分でも半分無意識に、混乱する現場の。
少し後方で弓を構えるエルザの隣に這うようにしてたどりついた。
「えるじゃ」エルザ
僕の声に、エルザは血走った眼を開く。
「何で居るんだい!?」
僕は、興奮して口調も表情も荒くなったエルザの足元にすがりつき。
肩の獣を熱く熱く意識した。
悲鳴が聞こえる。
僕も恐怖に身が裂かれそうになっている。
雄たけびが聞こえる。
僕はあの巨大なモンスターに立ち向かう勇気がない。
外壁が吹っ飛ぶ音がする。
僕の対峙してきた熊よりも怖い、見たこともない、予想もしなかった怖い化け物。
僕は怖くてたまらなかったけれど。
逃げ出す選択を取らなった。
僕に優しくしてくれたエルザが、ウィガロが傷ついている。
目の前を何かの残骸がかすっていく。
外壁材か、建物のの部材か、あるいは、モンスターに突っ込んだ冒険者の装備の破片か……。
残骸は、エルザの肌を何か所も切り裂き、小さな傷を無数に刻み。
足元の僕の小さなおててにも赤い血の筋が浮かび上がるのが何本も見える。
「えるじゃ、うって」エルザ、撃って
僕の肩は熱く、熱くなり、連動するように、目も赤く、赤く染まり。
僕の熱は、僕が縋り付いたエルザの足元から。
彼女の身体を包むように流れていく。
エルザは無言で弓を構えた。
弓弦に矢を備え付けると、彼女の細く固い手はぎりぎりと弓を絞る。
僕は強く強く、彼女の構えた弓に、矢に意識を向け。
強く、固く、イメージを浮かべ練り上げる。
ぎりぎりと絞ったまま、機会をうかがうエルザ。
僕の集中は極限で。
意識の全部でエルザの弓を包み込む。
ズドンと大きな音が響いたのはその時だった。
「坊主魔法使いか!?」
「すげぇ一人で貼ったバリアで弾き飛ばした!」
僕等の対格の場所で、盛り上がる喧騒。
集中している僕等は騒動の先には目も向けない。
意識の先はただ一点。
エルザはモンスターの急所を探り、僕は彼女の武器の威力を強く強く求めた。
弾かれ、力を殺せず後ろに押し負けたモンスター。
よたよたと、ズンッと深く大地を踏みしめ下がるその巨体に。
冒険者達は雄たけびをあげて立ち向かう。
衛兵の姿もある。
戦線復帰した魔法使いの展開する膜も見え始めた。
押し負けて下がった後の総攻撃に、モンスターの動きは緩慢になり。
外壁が有った位置の外まで押し戻される。
そして聞こえる奇妙なズンと軋む大地の唸り声。
遅れて。
ズズズズズと、地が揺れる音。
「おっしゃ!!いい位置だ全員下がれ!!!!吹っ飛ばされるぞ」
その言葉を心得たように散り散りにひいていく冒険者たち。衛兵たち。
エルザの目が細められ。
キュウと、放たれた矢が飛んでいく。
キイイイインと稲光。
「ぶっとべでかぶつ!!!」
怒号と同時、地面から急速な熱源が沸き上がり、逃げ出そうとしたモンスターを包み込む。
そして、地面からの熱源に紛れる様に、エルザの放った矢がモンスターの脳天を貫き。
ドガッ
爆音を響かせ、沸き上がった土煙は白い光を円柱の様に巻き上げモンスターを丸のみにし。
「やったか?」
ズン、とした衝撃音を最後に、伸びあがっていた円柱は徐々に徐々に細くなっていき。
光と土ぼこりがみえなくなると、そこには黒焦げになったモンスターの亡骸が崩れ落ちていた。