東のブティ家の紛失物
レン・ブティはずっと機嫌が悪かった。
母親譲りの真っ赤な髪を無造作に後ろにかき上げ、憂さ晴らしで蹴り飛ばした兵士の胸倉をつかみ上げ。
「俺は何も難しい事を言ってるつもりはねぇよなぁ。
なんで見つけられないんだ」
皇子相手に抵抗できない兵士は、歯を食いしばり甘んじてレンの暴力を受けている。
無抵抗の相手に再び拳を握ったのは、ブティ家の子息にして、皇帝ノルシュトティリオ・ドゥ・ハッセルバッハが次の後継者にと選んだ三家の内の一家の皇子。レン・ブティ。
右手で兵士の胸倉を捕まえたまま、左手で何度も何度も兵士の鳩尾を殴打する。
「お許しくださいレン皇子。
我々も手をつくしているのです。
もう少しお待ちいただければきっと何かつかめる筈です」
「もう少し、もう少し、何度目の言い訳かわかんねぇな。
どうして俺がお前らの為に時間を持て余さなきゃならねぇ。
どうして俺が待つ必要がある?」
苛立ち紛れに再び兵士を殴り始めるレンを、今度は別の兵士がレンの手を掴むことで止めにはいる。
「それ以上は死んでしまいます」
レンの邪魔をし手首を持ち、許してほしい、許してほしいと頭を下げる兵士の姿は、一層レンを苛立たせる。
レンは静止も聞かずそのまま掴んでいた兵士に数発叩き込むと、今度は静止した兵士にターゲットを変え襲いかかる。
「お止めください」
「落ち着いてくださいレン皇子」
「誰か!アシュリン様様に連絡を」
「また兵士の補充をしなければならなくなるぞ」
静止の声が悲鳴のように響く中、レンの苛立ちは留まることはなく。
「使えねぇ奴らばかりだな。糞が!!」
苛烈な性格で有名な、アシュリン・ブティ。
そんな彼女より苛烈だと言われるレン・ブティの周りでは、人の入れ替えが激しい。
ブティ家の兵士も使用人も、彼女たちの機嫌を損ねることを恐れていた。
ブティ家に代々伝わる転移の石が失われていると気づいたのは、次の後継者を東の三家から出すと御触れがきて、祝報に喜ぶその最中。
中央との連絡も密になり、屋敷の移動も始めようとした最中だった。
三家の内の、ブティ家の転移の石だけが失われていた事が発覚したのだ。
アシュリン・ブティと、彼女の息子レン・ブテッィは当然ながら烈火のごとく怒り狂い。
担当者はつるし上げられ血の雨が降った。
けれども転移の石は、捜索を続けているのにも関わらず一向に見つかる気配もなく。
とうとう痺れを切らしたアシュリン・ブティは、ブティ家から大量の資金を積ぎ込み、キー・マッキンレイに頭を下げ、秘密裏にマッキンレイ家の転移の石の使用許可を求めたのだ。
プライドの塊である母が頭を下げたと聞いたレン・ブティの苛立ちは一層増し。
怒り荒れ狂ったまま連日彼は兵士を、使用人を攻め立てる。
逃げ出す者も多く出だが、逃げ出す者へ向かう怒りが苛烈さを増していった後、逃げる勇気のない者は屋敷に残り仕打ちに耐えていた。
転移の石は東のブティ家に保管してあったもので。
皇帝の妻になったアシュリン・ブティが賜った、皇帝が持つ移転の石を複製した貴重なもの。
プライドの塊であるアシュリンが皇帝に紛失を伝えるつもりもなく。
紛失の報告はされないまま、私兵を総動員し捜索を続けていた。
けれども見つかる兆しはなく。
「無いならあるところから奪えばいいじゃない」
皇帝の妻は九名おり、現在、東の三家から次代を決めると御触れがでている。
そのため、東の三家には中央の目も光っているだろう。
だけど、その他の家は?
ブティ家は現在、東以外の十一家の内のいずれかから転移の石を奪い取ろうと考えていた。
狙いをつけられたのは、南。
皇帝の妻、セレステ・ダリモアの住む南のダリモア家。
アシュリン・ブティから他家からの転移の石の奪略を伝えられたレンは。
「流石母上。
効率的で確実な良案をお考えだ」
「賛成してくれるのね、レン」
「勿論です」
親子の会話にしては、二人の目つきは欲に溢れ、獲物を品定めしているような不穏な目付き。
毒を含んだ会話を弾むようにかわしながら。
アシュリンは真っ赤な口元をニイと持ち上げ。
「それはよかったわ。
本当ならあたしが行きたいところだけど、今あまり派手な事をするべきではないわ。
レン、貴方はどう思う?」
「僕も同じ考えです。母上は動かず、僕が行くべきですね」
「僕が母上の代わりに燃やし尽くしてやりますよ」という荒々しい息子の言葉に、アシュリンは喜んで賛同する。
「流石レンね。そうだ、レンはマッキンレイ家のダビアとは仲良よくしていたわね。ダビアも連れて行ってあげなさいよ」
アシュリンの言葉に、レンは残虐な顔でニイと笑みを浮かべる。
「ダビアですか。いいですよ。そうします」
「フフフ。もし、何かヘマしたら、分かってるわね?」
「はい、ダビアにはブティ家の為に泥を被って貰います」
東の三家の内のマッキンレイ家の一人息子、ダビア・マッキンレイは出会った時からレン・ブティに遊びと称してはずっと虐げられている。
ダビアにとってキーは逆らってこない使いやすい相手だから、ダビアにとってレンは決して仲良くしたい相手ではない。
だけど、幼い時に知り合いながらも。
レンに逆らえないダビアだからこそ生き残れたのかもしれない。
レン・ブティは、幼い頃に意に沿わない兄弟を一人手にかけている。
「フフフフ頼んだわよ」
「お任せください」
ダビア・マッキンレイをどう誘い出すかなんて、レン・ブティは悩んでもいない。
呼べば来る。
そんな相手であると見下げている。
それよりも、ダビアに泥を被せるなら、マッキンレイ家の兵士を使えないかと考える。
しかし、その考えはすぐに捨てた。
ダビア・マッキンレイは、レンにとって卸しやすい相手であるが、彼の母キー・マッキンレイは決して侮ってはいけない相手だからだ。
彼女の目がレンに向く事は避けたい。
なら。
護衛と称して冒険者を使うか。
それならばブティの首都のギルドに依頼を出すか?
南といえば、近くの街にもギルドの支部がなかったか?
確か……ロカといったか?
そこの冒険者を捨て駒につかうのも面白い。
レン・ブティは怯える使用人の背中を蹴り上げ、ダビアに手紙を運ばせる。
まずはダビアを誘い出し、それからギルド支部に依頼をだそう……。
どんな間抜けが釣れるのか、楽しくなり。
レンは新しい玩具を見つけた獲物を狩る目でクックッと喉を鳴らした。