お前が小鳥か
解散を告げる衛兵の言葉で、野次馬達は散会していく。
暇つぶしに集まっていた者のなかには、孤児が連行される事もなかった結末に不満を浮かべるものもいたが。
孤児たちは品性方向な者の方が少ないのだから無理もないかもしれない。
親を失い過酷な環境で生きる彼等には、差し出される善意もあるけれど。正しい事だけしているだけでは生きていくことができない。
生きるために道を何人も踏み外してしまうし、導く大人も足りていないから。
僕は黒騎士の肩にのったまま。
すっかり暗くなってきているロカの街の様子をみていた。
散っていく野次馬でざわざわざわざわ騒がしい。
徐々に喧騒が溶けていくそんな時。
視界の端で、何かを振りかぶった様子の子供が見えた。
彼が誰かは僕には分からない。
十分な栄養を確保できない細い身体の彼の目は、衛兵団の方を向いていた。
憎しみを沢山瞳に浮かべて。
まずい。
僕は、肩の狼を意識しながら彼の足元につむじ風を起こす。
「きゃあっ凄い風!」
突然の突風は、彼をその周囲にいた人間と一緒にひっくり返した。
倒れる数人の姿。
あっという間に起こった突風は、土煙一つ残さず消え去り。
「びっくりしたねぇ」と、彼らは何事もなかったように帰路につく。
思ったより強い風が出てしまって僕自身も驚いてしまったけれど。
力加減は繊細で難しいなぁと痛感しながら成り行きを見守る。
僕が止めたかったあの子も、ビックリした顔できょとんと座り込み。
起き上がって暗い路地の先へとかけていった。
黒騎士が収めた騒動だったけれど。
ジノと、ロッツォが受けた危害は消えない。
いつだって辛い思いをするのは、一番弱い彼等で。
黒騎士の采配にすっきり出来た僕とは違って。
この街で生きてきて、これからもこの街で生きていく彼らには憎しみは消えずに蓄積されていくのだろう。
僕は彼等の立場になっているつもりで怒っていたけれど。
僕には彼等の憎しみの連鎖を繋いでいくつもりがない。
怒りも憎しみも結局その場の傍観者でしかなかった僕では、当事者にはなりきれていなかった。
彼らの悔しさ、憎しみ、すべてを共感し。受け止める事はできない。
ロッツォを支えながら歩き出すウィガロの後を、僕を肩に乗せた黒騎士もゆっくりついていく。
ジノとエルザを残した小屋までの道は遠くはない。
黒騎士の長い手足は、ゆっくりと歩みながら。
ロッツォを支えて先を行くウィガロとの距離ができはじめ。
ちんたら歩いてるなぁなんてのんきに考えていた僕は油断していた。
「あの場で子供の手を止めたのは正解だった。
俺でも、衛兵に石を投げた子供を庇う事は出来ない」
ぎくり、と身体を動かす僕。
僕は、この大きな黒い騎士をすっかり乗りこなしたつもりで。
この男の怖さを甘く見始めていたのかもしれなかった。
油断してはいけなかった。
黒騎士は、僕を肩にのせたまま。
僕は、黒い恐怖の大男の肩に跨ったまま。
ウィガロとロッツォの姿が見えなくなった、暗いロカの路地。
近くに人影はなく、静かすぎる夜の路地は薄暗い。
「お前が小鳥か」
黒騎士は僕にそう言った。