金物屋と衛兵と
「衛兵団はポチブの私兵か?ずいぶん人数も居るようだが此処で何をしているんだ」
ポチブと黒騎士が呼び捨てた相手は、ロカの街を収める貴族の家名で。
臆することなく言った黒騎士に、ようやく彼の地位を理解したらしい金物屋の親父が焦りだす。
「我々は私兵ではなくこの街の衛兵団です。
窃盗の容疑者を捕獲する為に通報を受け此処に駆け付けました」
「窃盗か。相手は子供だが、この街の衛兵は子供の相手をするのにここまで数が必要なのか」
黒騎士の言葉に先頭で受け答えをしていた衛兵が苦い顔を作る。
相手が相手だけに言い返せないが、分かりやすく衛兵団を貶しているのだから。
「あんたらが言う捕獲ってのは、寄ってたかって子供をいたぶる事か?」
怒気を隠さないウィガロの言葉。
黒騎士は流し目でロッツォの身体をみた。
よく見れば土汚れが増している彼の身体には小傷が多く、打撲と小さな裂傷もついている。
最後に黒騎士と連れだって行った時の彼より明らかに薄汚れていて。
蹲ったままのロッツォは何もかたることが無い。
喋れないのか。
喋らないのか。
きっと前者だろう。
黒騎士は今度はウィガロに目を合わせる。
視線が合わさる両者。
もの言わず、黒騎士の意図を理解したウィガロは、悔しそうにしながら武器の構えを解いた。
そして上着を脱ぐと、ロッツォにそれをかけ包むように持ち上げて。
「お、おいっ」
焦った声は金物屋の親父のもの。
自然と向けられる黒騎士とウィガロからの視線に「ひぃっ」と短く悲鳴をあげ。つい言ってしまった!とでもいう様子のまま、慌てて彼は衛兵団の後ろに身を隠した。
「お待ちください。その者には窃盗の容疑がかかっております」
身を隠した親父に代わり、衛兵の代表が答えるが。
彼等の印象は黒騎士にとって既にいいものではないだろう。
僕の希望だけど、きっとそう。
「聞こう。窃盗、窃盗と言うが何を盗まれたのか」
黒騎士の視線は衛兵団の後ろに隠れている金物屋の親父へと向かっている。
親父は黙っているが、衛兵もまた答えられない質問だったようで、彼等の視線がバラバラと親父の方にむかっていく。
もうその様子だけで、ろくな調べもされずにロッツォは痛めつけられたのだという事が想像できる事に彼等は気づいているのだろうか。
貴族の権利が強いこの街の衛兵は、街ではなく貴族に尽くす私兵になっている。
孤児を嫌い、貴族に媚びを売る金物屋の親父の訴えに衛兵団が動くのも。彼が持つ貴族へのコネクションが有利に動いているから。
「ぬ、布だ!」
「布?」
黒騎士がロッツォを振り返れば、確かに傍には荒い目の麻布が落ちていた。
「ふむ」と目を止める黒騎士。
黒騎士が何を考えたのかは分からない。
だけど、僕は今この瞬間にどんな言葉を伝えればいいのかを知っていたから。
「しょれは、かなもののおじしゃんのみしぇのとなりのみしぇの、はいきぬのでしゅ」それは金物屋の親父の店の隣の店の廃棄布です。
「ほう」
肩に跨る幼児は飾りじゃないぜ!
彼らにとって余計な事をいう僕を凄い目で睨みつける金物屋の親父と衛兵たちだけど。
気づいてますか?
僕を睨んじゃうと、睨んでる顔が黒騎士さんから丸見えですよ。
ジノとロッツォへの蛮行に腹を立てている僕は煽りまくった。
心の中で。
「金物屋。布はお前の店の商品ではく、隣の店の廃棄物だというのは本当なのか?」
状況が悪いと思ったのか、衛兵が金物屋の親父を批難した。
だけど僕は思う。
お前らが碌な調査もせず、親父の言葉を真に受けて孤児を痛めつけた事は黒騎士にばれてるぞ、と。
僕は変わり身の早い子悪党の姿を見てスンとした顔になった。
駄目な大人の典型を見ちゃった気がしている。
「へ、へいっ。すいやせん!」
黒騎士に睨まれ、衛兵に見捨てられた親父は謝るしかない。
ここに黒騎士が居なければ決してこうはならなかっただろう。
それが悲しく、腹立たしい。
「み、三日前にも窃盗がでてまして、警戒して、私もつい……」
保身に走ってついにジノの話を持ち出した親父に、黒騎士は目を細めた。
どうやら状況を親父より知っているらしい衛兵の方は、顔色を変え親父から視線を逸らせる。
「それは、ポチブの子息が乗っていた馬車が転倒した時の話か」
「はい!!そうです!!その時も孤児が私の店で盗もうとした商品を倒し馬車を巻き込んで大惨事になってしまって」
「そして、その子供は死刑になった」
「はい!!」
理解を得られたと親父は喜ぶが、衛兵団の顔色は悪い。
黒騎士を注視している親父は、そのことには気づけない。
「その件だが、……馬車をひっくり返したとされた孤児は濡れ衣で。既にポチブの屋敷で話はついている。
刑も執行されていない」
「へ?え?……へ?」
親父の顔色が真っ青になった。
「だが、連行された彼は俺が見た時には片腕を切られていた。
濡れ衣だったんだ。
……誰に着せられた濡れ衣だったのか」
黒騎士の言葉に親父は座り込んでズズズズズズとおしりをつけ、仰向けのまま這うように後退した。
黒騎士に睨まれればその恐怖は計り知れない。
僕だって怖い。
親父ははふはふと呼吸だけをつづけ、話せる様子じゃなくなった。
今これ以上親父を責める気のない黒騎士は、親父から衛兵団に視線を移し。
「街の警護が衛兵の仕事だとするならば、もっとよく調べるべきだった」
「……っ申し訳ございません」
ついに衛兵から謝罪を引き出した。
凄い。
黒騎士の独壇場になったこの場で、彼に苦言を出せるものはいない。
手癖が悪く不衛生な孤児をよく思っていない野次馬達でもこの結末に騒ぎ立てるものはいなかった。
かっこいい。
武器を抜いてしまっていたウィガロの対応も、二度目の濡れ衣から孤児を守るためだと言いくるめた黒騎士の采配で罪に問われることがなくなり。
ぐったりしたロッツォを支えるウィガロは、まだ親父と衛兵を睨みつけていたけれど。
彼がロカの街を追われることはなくなったのだ。
凄すぎる。
僕は股の下の大男が本当に本当にかっこよく見えて。
胸が熱く熱くなった。
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