16 「魔女エレインの呪い」という濡れ衣
「ええ……実際、護符を持っているからと言って、魔物に襲われて負った傷が治るわけもないのです」
「それはそうであろう」
「そして、ローテルン大陸では、聖女様の祈りどころか、回復魔法を使う聖職者の数すら足りておりませんでした……。村や街道には、魔物に襲われ負傷した民たちが多数、為す術もなく、ただうずくまっていました……。そして、たくさんの……犠牲になった方々のご遺体も折り重なるように……」
医師は、聖カトミアル王国の悲惨な様子を思い出したのか、つらそうに表情を歪める。
ヴィネ様も、他の皆も同じように息を呑み、表情をこわばらせている。
実際に目にしてはいないが、道中で遭遇した魔物の襲撃から、その様子は容易に想像できた。想像しただけで気分が悪くなり、そんな状況を生み出しているジャンやヴァレリーへの怒りが、ふつふつと込み上げてくる。
「ですから、我々医師は、少しでも民たちの命を助けられればと思い、司祭様たちの回復魔法が間に合わない怪我人たちの応急処置を続けていました……」
「見上げたことだ」
「いえ、医師として当たり前のことをしたまでです。医師として、何より耐えられないのは、人の命を救えないことですから。……まあ、実際には、司祭様たちから『聖女様の邪魔をするな』と責められ、『そんなことは即刻やめろ』と言われ……。仲間たちは、異端の誹りを受けて、次々と捕まっていきましたが……」
医師は、心の底から悔しそうな表情を浮かべた。
「そんな中、ある時私は気付いたのです。魔物に受けた傷……、それをそのまま放置しておくと、たいした傷ではなくともその後、急に容態が悪化し命を落とすことがあります。
……何か私たちの目には見えない、とても小さな物が身体の中に入り込むことが原因となって、私たちの身体の調子が悪くなるのではないかと……。
しかし、皆にそれを伝えても、『いや、違う、それこそが魔女の呪いなのだ。身体の不調の原因は魔女の呪いだ。聖堂騎士団長様に婚約破棄された魔女が、その恨みから、聖カトミアル王国を日々呪っているのだ。祈りさえすれば、治るのだ』と一笑に付されてしまいました」
「私? ローテルン大陸で起きている惨事の原因が、すべて私の呪いが原因だと言うの!? そんなこと、あるはずないじゃない!」
「ええ、私も、そんなことあるはずがないと思っておりますが……、『アヴァロニア王国の魔王がこの国を呪っている』と言う者もおりました。それを否定し、怪我が悪化する原因、私の仮説を説明しても、私の考えは異端だと言われてしまいました……」
「ハハハ、私の呪いか。言ってくれるな。そんな酔狂なことをしておる暇などないわ。我が国の政を行うだけで手一杯よ」
アヴァロニア王国に来る道中でも耳にしたことだ。
今も、聖カトミアル王国では、悪事の原因はすべて私の呪い、あるいはヴィネ様の呪いが原因とされているようだ。
婚約破棄を言い渡された時と、何も状況は変わってはいない。
いや、魔物が多数現れ人々を襲うようになったことで、私の立場はさらに悪くなっているとも言えるだろう。
私が、いくら悪く言われようとも、かまわない。
しかし、ローテルン大陸に残った両親は、親戚のもとで肩身の狭い思いをしていないかと、不安に駆られる。
唯一の救いは、この医師のように、真実に気付いている者もいる、ということだ。
「あなたがおっしゃっているのは、傷から何らかの細菌が感染し、そのために傷が化膿した、あるいは傷から入った細菌が原因で他の何らかの病気に感染し発症したと、そういうことね?」
「名前まではわかりません。細菌……というのですか? 皆に話しても信じてくれなかったのですが、エレイン様は……信じてくださるのですか?」
「ええ、信じるわ」
私は医師の言葉に力強く頷く。
この医師は、証明する手立てがないにも関わらず、細菌の存在に気が付いている。
そして、私、魔女エレインの呪いなど存在しないということに気付いているのだ。
お気軽に評価やご感想をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。





