3 多神教と一神教。「郷に入っては郷に従え」です!
「では、ミサが終わったら、ベルクのところへ行くわね」
私の言葉に、メイヴは首を左右に振った。
「エレイン様、我が国では早朝にミサを行う風習はないのです」
「あっ……、そうだったわ。そういえば……、そうよね。ここは、ファシシュ教を信仰している国ではなかったのだわ」
聖カトミアル王国は、敬虔なファシシュ教徒たちの国家である。
どの城にも必ず、聖堂や礼拝堂が備えられ、一日の始まりは、ミサを行うことだった。
自宅に礼拝堂を持たない庶民たちは、町や村にある教会を訪れ、ミサを行ってから各自の仕事場へと向かう。
一方、アヴァロニア王国の人々は創造神ファシシュを信奉していない。
だからと言って、神を信じていないというわけではなかった。
アヴァロニア王国は、山や海、岩、池に泉、川など、自然の中にさまざまな神が宿ると考えている。精霊と言い換えてもよいかもしれない。
唯一の神が存在するのではなく、あまねくすべてのものに神が宿ると考える多神教国家なのだ。
私が前世で過ごしていた、「日本」という国の考え方に近いところがある。
「このお部屋で、ミサを行われますか? 何か、必要なものがあれば、お持ちいたしますが……」
メイヴの言葉に、私は否と首を振った。
「『郷に入っては郷に従え』よ」
「……それは、どういう意味ですか?」
「その国の風習に従いなさい、という意味のことわざね。聖カトミアル王国の言葉ではないけれど。たぶん、前世で聞いた言葉だわ。私は、今日から、アヴァロニア王国の一人の民として生きていくの。だったら、この国の風習に従いましょう。あちこちに宿る神に敬意を払って生きて行くことにするわ。そもそも、私、それほどファシシュ神を信じていたわけではないし、なんだかアヴァロニア王国の考え方の方が性に合っている気がするわ。……って、こんな態度だから、魔女だって言われてしまうのね」
最後は、自虐的に自分をネタにして笑う。
生まれてこの方、朝のミサを欠かしたことはなかった。
旅の道中も、ファシシュ教の巡礼者の振りをして過ごしていたので、朝になればその地域の教会へ行き、ミサに出席した。
欠かさず行ってきた習慣だというのに、今はなぜか、「そんなしがらみから解き放たれてせいせいする」と感じている。
それは、私が前世の記憶を思い出したことと関わりがあるのかもしれない。
私が前世で暮らしていた日本という国では、お正月には神社や寺に初詣に行く。──そもそも、この神社と寺、別の宗教の施設なのであるが、その違いについて、こだわりをもって区別している日本人は少なかったように思う。
2月になれば、バレンタイン・デーだと言って異国の聖人の祝祭日を祝ったかと思うと、夏から秋にかけては神社や寺で祭りを楽しむ。
ハロウィンもクリスマスも、確か、異国の祭りだった。祝祭日の成り立ちなどよく知らぬまま、皆、思い思いに楽しんでいたのだ。
そんな日本には、八百万の神がいらっしゃると言われていた。
それこそ、アヴァロニア王国の考え方と同じだ。
山や海、太陽や月に神が宿っていると考えるのである。
そんな前世を思い出した私にとって、もはやファシシュ教のミサは必要のないものだった。
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