与えられた銃
駅前のファーストフードで、ひとりため息をついてアイスコーヒーを流し込んだ。
処方された薬の中に、睡眠薬は入っていなかった。少し、いや、かなりがっかりしている。
本当なら病院を出てすぐにでも袋を開けて中身を確認したかったけれど、カメラがついていて誰かに見られたらまずいと思い、お店に入るまで我慢したのに、処方された薬がこれではがっかりしても仕方がないというものだ。
病院からもらった袋は二つ。ホッチキスで止めてあるのを外すのがわずらわしく思えるほどワクワクして中身を確認したけれど、入っていた薬は三種類だけだった。
一つ目の薬はデプロメール。抗鬱剤だ。SSRIという新しいタイプの薬で、副作用が少ないらしい。まあ、これはいいとしよう。
二つ目。レスミットという薬だった。家に帰って調べないと確かなことはわからないけれど、おそらく坑不安剤、マイナートランキライザーだ。
薬については最近調べはじめたばかりだけど、効き目が強かったり、有名どころの薬はだいたい知っているつもりだ。名前と効果が想像でしか結び付かないということは、おそらく効き目が強い薬とはいえないだろう。
最後、三つ目はリスパダール。坑精神病薬、メジャートランキライザーだ。確か効き目が若干新しいタイプのはずだ。
僕が一番がっかりしているのは、この薬が寝る前に処方されているということだ。百歩譲って、これ以外の処方はまあ初診だし、医者もファーストチョイスでたくさん薬を出すよりも、まず様子を見るというのもわからないでもない。
しかし、しかしだ。今回病院にいったのは不眠がひどい、ということで受診したはずなのに何故睡眠薬が処方されずに、メジャートランキライザーでお茶を濁されているのかということだ。
リスパダールで安眠してくださいということなのだろうか。
僕のアピールがよくなかったのだろうか。萩原先生からの紹介状にも、四日間眠れていないということは書いてもらっているはずだ。
こっそり紹介状の中身を確認しておけば良かっただろうか。
頭に浮かんだよこしまな考えを、頭を振って取り消す。せめて、睡眠薬を処方してくれれば、プラシーボ効果もプラスされて相乗効果で安眠できたんじゃないかな。
いつまでもそんなことを考えても仕方ないと思って、残っていたアップルパイを口に放り込んで、アイスコーヒーで流し込む。駅へと向かう僕は、今、かなりセンチメンタルだろう。
北口駅で乗り換えるときに、ショッピングモールの本屋にいこうかと思ったけど、薬のことでダメージが大きくて、素直にそのまま帰ることにした。
電車に揺られて、また乗り換える。四ツ谷駅を過ぎたときに、かなり帰ってきたなと少し安心した。もう、すっかり四ツ谷も僕のホームになったんだろうか。
部屋に入ると、さっそく僕はiMacをネットにつないでブラウザを起ち上げる。まずは効果が曖昧だったレスミットについて検索だ。
処方された薬が検索できるサイトで調べると、やはりマイナートランキライザーだった。効果が強いのか弱いのかは、これからメンタル系サイトを巡回すればわかるはずだ。精神科で処方される薬以外も検索できるサイトは、一般の人向きの言葉で効果が表記してあって、その薬がほかの薬と比較して強いか弱いかなんて書いていない。
僕が今知りたいのは、処方された薬が強いかどうかだ。
メンタル系サイトにある、精神科で処方される薬がほぼ網羅されているサイトで調べると、レスミットは比較的作用が弱めらしい。
半分わかっていたけれど、やっぱり悲しい。
処方された残りの薬についても調べた。デプロメールはファーストチョイスで用いられることも多いらしい。まあ、最近はSSRIが流行っているみたいだし、妥当なのだろう。
リスパダールは傾眠作用があるので、就寝前に服用するケースもあるらしい。でもやっぱり、睡眠薬と合わせてこそ効くんじゃないかな。もう、メンタル系サイトの記事すら疑ってしまう。
掲示板では、ベゲタミンが処方されたとか、一日に飲む薬が三十錠を超えたなんていう書き込みであふれている。やっぱり精神科に通っている人は、たくさん薬を飲んでいるんだ。
いつも更新を楽しみにしている現役女子高生の精神科通院日記が更新されていた。ハルシオンを処方されたらしく、喜びの言葉が綴られている。
あーあ、いいなあ。薬があって。僕の手元には、三種類しかないよ。
ベッドに横になって、今日一日の出来事を思い返す。
萩原先生に自分の本当の気持ちを話した。先生との距離が縮まったかな。うれしい。
あとは、中田君が英語のノートを渡してくれた。大学に入ってから初めて、授業の発表とカウンセリング以外でしゃべった。うまく言葉にできなくて、会話はとても短かったけれど。
そしてなにより、病院へいったこと。とても緊張した。駒沢先生は、悪い先生じゃなさそうだ。まきたクリニック自体も、いい病院の部類に入るんじゃないかな。
そう考えると、そんなに悪い一日じゃなかった気もする。少し、色々と考えすぎて、疲れてしまっているだけだ。
このまま眠ってしまおうと思ったけれど、床に置いてある鞄をひっくり返す。
中田君に貸してもらったノートと、英語の教科書を持って、机に向かった。




