第1話 控えめなママなんだけど
「ママ、いってきまーす」
「は〜い、いってらっしゃ〜い」
ナズナは娘を幼稚園に送ると、止めてある自転車の所へと向かう。
「あっ、おはようございます〜」
「おはようございます〜」
「おはようございます〜」
「おはようございます〜。いってらっしゃ〜い!」
すれ違うママさん達と、貼り付けたような笑顔で挨拶をするナズナ。
自転車に乗ると、門の前にいる先生と目が合う。
「お願いいたします〜」
またも、にこやかに挨拶をして門を出ると、自転車のギアをパワーにし、スピードをあげてペダルを漕いでいく。
「家に到着〜」
とホッとしたのも束の間、家の前に着くと今度は近所のママさんに会った。
「おはようございます〜。今日はいい天気で良かったですよね〜」
「ほんとですね〜。最近雨ばっかりだったから」
「ね〜、それでは、また〜」
にっこり笑顔で別れると、ナズナは早足で立ち去り誰もいない家の中に入る。そして、大きく息を吐く。
「ふう〜家の中で1人が、一番落ち着くわ〜。とはいっても、これから後片付け盛りだくさんだけど」
ナズナは洗濯物を干し、食器洗いをし、夜ごはんの下準備をし、買い物を済ませ、自分の昼食を取ると、あっという間に娘の迎えの時間だ。
「大変、急がないと…!」
保護者証を首に下げバタバタと出る準備をして、自転車に乗る。
「ギリギリ間に合った〜」
幼稚園の門近くで、スピードを落としたときだった。
「あ、りょうくんママ!」
急に聞こえた子どもの呼びかけに、視線をやるナズナ。
そこには、止まっている黒い車の近くに立つ小学生くらいの女の子がこっちを見ていた。
「あ、あの子確か…」
ナズナの長男りょうと同じ小学校に通う、確か同じクラスの女の子だ。ときどき、公園で一緒に遊んでいるのを見たことがある。
「あれ、どうしたの?今日、学校お休みしたの?」
長男は普通に登校したので、今日は学校は休みではないはずだ。
ナズナは親がいるかと黒い車に視線をやるが、スモークガラスで、運転席どころか中が全く見えない。
「ねえ、たすけて!」
女の子が叫ぶと、急に脇の家から男が飛び出してきて、車のドアを勢いよく開けると女の子を押し込めようとする。
「きゃあー!やだあーー!」
恐怖に叫び声をあげる女の子。
女の子の声は幼稚園まで響き渡り、園庭で子どもの迎えを待っていたお母さんやお父さんが、どうしたのかと、こちらを見て様子を伺い始めた。
「…ちょっと!何してるんですか!嫌がってますよ!」
ナズナは幼稚園の門の外で自転車を降りて男に近寄ると、男は泣いて嫌がる女の子の両足を掴み、無理やり後部座席に押し込め、ドアを勢いよく締めようとする。
が、ナズナはそのドアの間に自分の太ももを差し込み、ドアが閉められるのを阻止すると、思い切りドアを開け、中に上半身を入れ女の子に手を伸ばす。
「おい!なんだ!てめえ!!」
女の子を押さえ込む後部座席の男が、ナズナに向かって怒号をあげる。
「どうみても、お父さんってわけじゃないわね」
ナズナが女の子を引っ張り出そうとしたとき、カチャ
という微かな機械音が聞こえた。
「おい、お前。今すぐにこの車から出ろ」
ナズナがゆっくりと視線をあげると、運転席の男が振り返りナズナに銃口を向けていた。




