一幕一場 「ここに普通の人はいますか?」
少しずつPVが増えているのが大変励みになります!
「ほらぁ、そこはもっと腰を落として~。……あぁ、そんなにお尻をうしろにつきだしちゃダメよ~。ストンと下に落とす感じでねぇ~」
「……っナナさん、これキツいです……」
リホの両脚はプルプル小刻みに震えている。
「その姿勢を保っててね~。我が主からもそういわれてるんだから」
必死で耐えるリホの周りをナナはゆっくりと回っている。
何をするにもいちいちしぐさが色っぽい。
(こんな人もいるなんて、師匠ってばなんにも言ってなかったよ~)
いきなり目の前に現れた美女は自らを「ナナ」と名乗った。聞けば彼女も“師匠”に仕えている身らしい。
ただ、彼女は“師匠”のことを“我が主”と呼んでいた。
呼ぶときの表情がうっとりとして目も潤み、同性のリホですら思わず恥ずかしくなるほどの艶やかさだ。
なんだか全身が色気でできている人のようだ。
彼女は“師匠”の代わりにリホの修業を監督するために、“師匠”から声がかかったのだ、と言っていた。
因みに魔導卿はナナが現れてすぐに、どこかへ行ってしまっていた。
ナナはかつて“我が主”から、『武術』を教わったことがあるという。
そのため今回自分が教え役に抜擢されたのだ、と誇らしげだった。
「ナナさんはどのくらい修業されたんですか?」
自分も当初の想定よりかなり早く力が使えるようになったこともあり、リホは気になった。
「う~ん、わたしはねぇ~、たしか2年くらいだったかなぁ~」
「2年ですか…」
「たしか2年後くらいには、『波動』が放てるようになってたわねぇ~」
「!?」
『波動』というのは、力の使い方が極まっていくとそのうち自在に操ることができるようになる、とリホも“師匠”から聞かされていた。当然リホはまだ操れない。
というより、操れるようになるのは最終段階だ、と聞いていた。
(それを2年で……)
リホは密かにナナの才能に驚きと軽い嫉妬を覚える。
「でも、リホちゃんもまだ半年でしょう~? それでここまでできているのだからたいしたものよ~」
「いえ、わたしなんかまだまだで…。師匠も全然褒めてくれないし……」
「あらぁ、我が主が褒めることなんてまずないわよぉ~。もし褒められなんかしたら、わたしぃぃ……」
(うわぁぁ~)
急にうっとり色気を放出し始めたナナにちょと圧倒されながら、リホはテーブルの横に腰かけた。
「相変わらずですねぇ」
魔導卿がいきなり現れる。
「!? ちょっと! びっくりさせないでくださいよ!?」
「ナナはいつもああですからねぇ」
魔導卿も腰を掛けて、まだクネクネしながら一人で悦に入っているナナを眺めていた。
「ナナさんって、何者なんですか?」
「ナナは私と同じくマスターに仕える者です」
「それは聞きました」
「ナナはかつてマスターに『けいこ』をつけられたのです」
「それもナナさんから聞きました」
「『けいこ』を通してすっかりマスターに心酔してしまいましてね。それ以来なのですよ、マスターのことを話すだけであんなだらしない姿になってしまうのは」
「ちょっと! 悪口なら人のいないところで言って頂戴!」
ナナが腰に手を当ててプンスカしながらやってきた。
「おや、もういいのですか? マスター妄想に浸るのは」
「気味の悪い骸骨の前でなんて、浸る気分じゃないわ」
(なんだろ、わたしの時と全然態度が違うな)
「あのぅ、もしかしてお二人は、あまり仲がよろしく…」
「当然よ! いい? リホちゃん。この骸骨はねぇ、ここで我が主を独り占めにしているんだからぁ。そんなの許すわけないでしょう?」
「別に私は独り占めしている訳ではありませんよ。そもそもマスターはそんなにここにいませんし」
「でもさっきまでいたんでしょう~? わたしだって我が主に会いたかった~」
「貴方のいる『大迷宮』にもマスターは顔を出しているはずですが」
「『大迷宮』?」
リホは思わず訊いてしまった。
探索者であるリホは勿論、そうでなくても冒険者なら誰でも知っている、『大迷宮』。
大陸南西の大森林の奥にある、世界最大の迷宮。
未だに最深部へ到達したものがいない、未踏の地として全冒険者の憧れと畏怖の象徴の場所だ。
そんなところにナナがいる?
ナナは名うての冒険者なのだろうか?
「違うわよ~。わたしはあそこの『管理者』なの」
「…は?」
「我が主に頼まれてねぇ~、ちょっと前から最下層で管理者やってるのよ~。あの時我が主がねぇ~……」
またうっとりし始めてしまったので、リホは魔導卿に訊くことにした。
「本当なんですか?」
「本当ですよ。彼女は『大迷宮』の管理者です」
「信じられない…」
「迷宮の管理者なんて、めったにお目にかかるものではないでしょうからね。あっ、でも私も自前の迷宮を持っていますよ?」
さらっと爆弾発言をしてくる。
「私の迷宮はこの『死の大地』の東側に置いてあります。たまに様子を見に行ったりしていますよ。何か面白い標本が引っかかっていたしないかと…」
こちらもちょっと危ない発言だった。
(師匠の周りって、こんな人たちばっかりなのかな? それって、わたしもその中にはいっているの?)
そんなことを考えてしまうと、ちょっと憂鬱だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
10日後。
“師匠”がいきなり帰ってきた。
“我が主”の姿を見た途端、ナナは狂喜。
その辺の男なら鼻血噴出して失血死するんじゃないか、というほどの艶を出しながら、しかし振る舞いは大人っぽく、
「お帰りお待ちしておりました、我が主」
魔導卿と並んで深々とお辞儀をしている。
「おう、こいつの面倒、ありがとな」
相変わらず“師匠”は軽い感じで答えていく。
お辞儀をしているナナの体が(興奮で)小刻みに震えているのをリホは見逃さなかった。
「どこ行ってたんですか?」
「ちょっとな。修業は進んだか?」
「まだ10日しか経っていませんよ?」
「10日もあれば随分進歩するだろう? 一つやって見せろ」
“師匠”は腕を組んでリホに促す。
「リホちゃん、わたしとの修業の成果を“我が主”に御覧に入れてあげて」
ナナが無駄に気合が入っている。
リホはナナに教わったこと、といっても新しいことは何もなく、“師匠”がいた時と大して変わらない鍛錬を一通り行った。
「ふむ、やはりな」
「やはり、とは?」
魔導卿が質問する。
「やはりこいつ、『気』に対して適性がある」
「『気』というのは、わたしが今教わっている力のことですよね?」
「そうだ」
「その適性がわたしにある、と…?」
「そうだ」
そういわれてリホは嬉しくなってしまった。
つい先日のナナとの会話で、自分よりもナナのほうが圧倒的に才能があるのではないか、と落ち込んでいただけに、“師匠”から『適性がある』と言われたことが素直に嬉しい。
「それを確かめに出かけてらしたのですか?」
魔導卿もそこに興味を惹かれたようだ。
「ああ。あれこれ調べるのも面倒くさかったので、“門番”のところで訊いてきた」
「あぁ、それで……」
ナナもなんだか納得している。
リホは話が全然見えなかったが、『適性がある』と言われたことで盛り上がってしまい、それどころではなかった。
「ハーフエルフの出自で魔力も低く、剣も術式も才能がない、というのはあまりあり得ない、とさ。なんか、イレギュラーなんじゃないか、ってジジイは言ってたな」
「『イレギュラー』ですか………………じつに興味深い」
ボソッと漏らした時の魔導卿の眼窩の光がきらりと光った。
「まぁ、そんな訳だから、もし忙しくなければ引き続きこいつの指導を頼むが、いいか?」
「も、もちろんでございます!!!」
跳びあがってから膝をつき、頭を垂れて恭しくお辞儀をするナナ。
リホは自分が褒められたのか貶されたのかよくわからなくなっていた。
それからリホはナナの指導のもと修業に励むことになった。
“我が主”も同席してくれる、と知ったナナが狂喜し、指導にいっそう熱が入ったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして3年の月日が流れた。
朝の日課は呼吸法から始まる。
もう一人でも鍛錬を積むことができる、という理由で、“師匠”は元よりナナも顔を出すことはない。
リホは呼吸を整えながら『気』を全身に巡らせ、シダに自分と周りの『気』とを同化させていく。
リホはこの時間が一番好きだった。
一通り『気』の循環が終わると、次に体術に移る。
いったん汗をぬぐおうとリホが中庭のテーブルの上に手を伸ばしたとき。
(!? 何か来る?)
次の瞬間、大きな爆風が吹き荒れ、中庭に何かが落ちてきた。その衝撃でリホは吹き飛ばされ壁際まで転がった。
中庭に土埃が舞い上がり視界が覆われたかと思った次の瞬間、今度は凄まじい魔力の嵐が吹き荒れて土埃を霧消させた。
その魔力のあまりの威圧に、リホは知らないうちに冷や汗を流しながらなんとか立ち上がろうとする。
巨大な魔力を放出し続けるそれが、ゆっくりとリホの方へ近づいてきた。
リホは何とか構えを取るが、全身冷や汗でびっしょり、どうしても小刻みに震えてしまう。
それほどの威圧だった。
近づいてきたのは、頭に2本の角を生やし、後ろには黒光りする長い尻尾が見えている人型、いわゆる竜人だった。
その体の周りには薄く光る魔力の渦が取り巻いている。
男はリホの少し手前まで来ると、ニヤッと笑いながら話しかけた。
「よぉ~う、お嬢ちゃん。ここの主はいるかい?」




