As8.新たな異変と、物語の始まり
弓を購入したヴァラロスは、次に防具屋に行くことにした。特段防具に困ってはいないが、せっかくなので見に行こうと考えたのだ。あの圧の強い店主には驚かされたが、悪い人ではなさそうだ。案の定、店の扉を開けると元気な声が飛んできた。
「いらっしゃいませー! あっ! さっきのお客さん! タシット連れてきてくれてありがとう!!」
「う、うん」
その元気な女店主がタシットにお礼を言い、タシットが少し顔を赤らめる。あからさまなその態度は、ヴァラロスにとって微笑ましく見えた。
それはさておきと、その幼馴染は話を切り替えヴァラロスへ話しかけてくる。
「私はアラクリス。ここの店主やってるの。うちの商品ぜひ見てって。そうだ! 弓を使うなら軽装が好み? 軽い胸当てとかはあっちの棚にあるよ! あとは……」
名乗ったあとは怒涛の商品紹介が始まる。少し気圧されていると、短い時間の間にどんどん選択肢を与えられた。それだけ紹介したい商品が多いのだろう。紹介自体も適当にしているのではなく、相手を考えて言っているようで、仕事に対する情熱が感じられた。
「いや、すまないが弓は普段使わないんだ」
「えっ!? あんなに上手なのに!?? それは勿体無いんじゃない!!?」
「いや、剣の方が性に合ってるというか……」
正直、弓をメインにする気はない。今までの戦闘スタイルが馴染んでいるため、今更弓をメインに使おうとは思えなかった。
ヴァラロスの発言を聞き、心底残念そうな顔をするアラクリス。それには理由があるようであった。
「そっかぁ……。ごめん、剣士用の防具ってあまり残ってないんだよね……」
辺りを見回すと、確かに今見ていた棚に比べて他の棚の商品が少ない。フルプレートなど明らかな客引きのものを除き、ヴァラロスが使いそうなものはそこにはなかった。あっても、耐久性に疑問がありそうな安いものである。
ヴァラロスが不思議に思っていると、横からタシットが補足し始める。
「最近、品物が入ってこないんだ。……ううん、品物だけじゃない。材料も来ないから、クリスも防具を作りたくても作れない」
なるほど、そう言った事情があったのかとヴァラロスは納得した。クリスと言っていたが、幼馴染の愛称だろう。長い名前ほど省略したがるものだ。親しい間柄なら尚更である。
そんなことを考えているとアラクリスはタシットの発言を肯定するかのように言葉を続ける。
「ちょっと前から、商品が届かなくなっちゃって……。ここから北東に進んだところにオスティウムって町があるんだけど、そこから商人が来なくなっちゃったみたい。……このままだと死活問題だから王都のギルドには調査を依頼してるんだけど、一向に返事がなくて……」
ここにきて初めてアラクリスの表情が曇る。ずっと明るく振る舞っていた彼女ではあったが、ことの深刻さに笑顔が消えていた。それを見ていたタシットも消沈としている。
ヴァラロスはすこし考えた後、なにか覚悟を決めたようだ。いままで散々オーディーンに振り回されたのだから、今度はこちらの都合に巻き込んでもいいだろう。
「なら、俺が見てこようか?」
「えっ? いいんですか!?」
ヴァラロスの提案にアラクリスが弾けるような笑顔になる。タシットもその前髪から表情を窺うことが難しいが、どうやら喜んでいるようだ。
「連れがいるから、そいつの用事が終わり次第王都に向かう予定だ。そこで依頼を確認して行くよ」
「ありがとうございます。商品が届かないと大変なので……」
タシットがアラクリスの方を向き心配そうに話す。確かに、この防具屋はもう商品が少なく、商売に支障が出ている。幼馴染を心配するその様子はヴァラロスには少し羨ましく思えた。
そんな中、アラクリスが余計なことをいう。それはヴァラロスも感じていたことだった。
「タシットのところは在庫で溢れてるけどね」
「うっ……」
「そういえば、しばらく入荷できてなかったのは同じだろ? なんでそっちは大丈夫なんだ?」
ヴァラロスは疑問に思いタシットへ問いかける。すると、タシットは少しきまり悪そうに答えるのだった。
「えっと……、僕こんなだから、接客が得意じゃなくて……。クリスに教えてもらってはいるんだけど……」
「これでも、だいぶマシになったんだよ。店主なのに最初はお客さん来そうになったら隠れちゃって……」
「そ、その話はもういいよー」
「ふふふ。そんなんなら、私が接客してあげてもいいのに。そのあと、そのままうちにもお客連れていけるしね」
なるほどと納得するヴァラロス。防具に比べて性能の良い武器は幾分高価になる。あの武器屋に置かれていた武器を見たが、それぞれメインで使う人にとっては多少背伸びをしてでも欲しがりそうなものが置かれていた。つまり、そういった商品の質に頼り、数は少なくとも稼げてはいたのだろう。一方で、ここは数で勝負をしていたのだろう。スカスカになった棚が多いことからそれが伺える。みんなが手を出しやすい価格で、沢山捌くことで利益を出していたのだろう。もちろん、彼女の営業トークの力も影響しているのだろう。だが、今はそれが裏目に出たということだ。
二人の話を聞いてヴァラロスはふと思ったことを口にした。それは二人にとってきっかけとなるのであった。
「なら、思い切ってお店を一つにまとめたらどうだ? 冒険者なんて武器を見たら防具も見るだろ。武器と防具を合わせて売るのも珍しくて客引きも出来そうだし、もし、商売がうまくいったなら店を二階建てにしてもいい。一階は武器屋、二階は防具屋とかにしたら広く品物を置けるだろ」
二人は一瞬言われたことを理解できなかった。しかし、すぐに真面目な顔になって考え始める。
「……考えたことなかった」
「私たち、それぞれ親の店を継いだだけだったからね。肝心の親はもういないし」
「……………」
それは、若い二人がそれぞれ店主と言っていたことから想像はできたことだった。タシットとアラクリスの両親は既にいない。病気か事故かは分からないが、肝心なことは、今二人がそれぞれの店を切り盛りしているということだ。
見たところ、二人の仲は悪くない。それなら協力する道もあると考えたのだ。
二人が少し乗り気のような反応をする。しかし、タシットは考えを改めた。確かにヴァラロスの案は斬新で客の心を掴むことはできるだろう。普通、武器は武器屋。防具は防具屋と店が異なるのだ。まとめて一つの店になっているところなどタシットは聞いたことがない。だが、今は絵に描いた餅のような状況である。
「でも、商品が届かなきゃどうにもできないよ。……もし、クリスのところの商品がなくなったら、一緒に武器屋をやっていくのも良いかなとは思うけど」
「な、なに言ってんの! いや、別に一緒にお店をやるのはいいんだけど……」
アラクリスが少し顔を赤くしてボソボソと言う。今後の防具屋のことを考えていたアラクリス。このまま商品が入って来なかったら先に防具屋の商品がなくなるだろう。そうなれば収入が無くなるのだ。その後どうするかを考えたときに色々考えていた。
タシットの発言はきっとそういうことだろう。もしかしたら本人は無意識だったのかもしれないが、アラクリスにとって今の発言は生計を一にするように聞こえたのだ。つまり、そういうことである。
タシットの発言を受けてそれぞれが思い思いの表情を浮かべている。アラクリスは置いておくとして、ヴァラロスはタシットの疑問に答えることにした。
「わかってる。だから俺が行って様子を見てこようって言ったんだ。……多分、どうにかできると思う。もうひとりもいるし」
ヴァラロスは今ならなんでも出来るような気がしていた。何故か自信に満ち溢れているのだ。どんな困難があってもどうにかなる。最悪、ここまで振り回してくれた同行者を使えばどうにでもなる。そんな思いから発言をしたのだ。
ヴァラロスの発言を受けて、少し訝しむ表情をしたタシットであったが、現状を打開するために今はヴァラロスが一番有力である。そう考えたタシットは肩の力を抜き、表情を柔らかくしてヴァラロスに言葉を返した。
「それなら……どうか、お願いします。僕たちを助けて下さい」
ヴァラロスに頭を下げるタシット。つられてアラクリスも頭を下げる。二人に頼まれたヴァラロスは「わかった」と言い、その後軽く雑談で時間を潰した後に防具屋を後にするのであった。
「オスティウムに行くだあ!?」
「あぁ」
その後、オーディーンと合流する頃には辺りが暗くなっていた。宿を取り、近くの食堂で今後の話をしている時に、ヴァラロスが武器屋での出来事を話したのだ。
「このまま北上すれば王都だが、北東にある海沿いの街道を進めばオスティウムに着く。今問題が起きてるんだ。そこに行けば何が起きているのかわかるだろ?」
「そうだろうが……。いや、お前が決めたことだ。それなら、いいだろう」
「いいのか? てっきりさっさと王都に行きたいものかと」
「この旅はおまえの物語だ。なら、おまえの行きたいところに行くのが筋だろ。いいぜ。ついて行こう。」
「物語……? よく分からないが、ついてきてくれるなら心強いな。よろしく頼む」
いつも振り回されていたのはわかっている。しかし、考えてみれば事前に根回しをしていたからなのかもしれない。船のこともそうだ。突然出発したかと思えば何ヶ月も前から決まっていた。王都へ行くのも日付が決まっていたのかもしれない。そう考えたのだ。しかし、聞いてみればあっさりと予定の変更を許した。……もしかしたら、それすらも予定に入っていたのかもしれない。だが、ヴァラロスにとって都合がいいのは間違いない。ヴァラロスは少し不気味に思いながらも、頼れる同行者と共に物資が届かない謎に挑もうとしていた。
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