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潜入③

 地下室の鉄扉が、ガシャンと蹴り開けられる。生ごみの詰め込まれた台車が入ってくるガタガタという音も、いつもよりせっかちであったし、扉が開いてから魔法の蝋が火を灯す速度も、普段とは違った。


「これはこれは…随分洒落てんなァ」


 停めた台車を意味もなくキックしたマヒトは、全方位を檻に囲まれたその光景に感心していた。皮肉ではない。素直な気持ちである。自分が捉えられたら、なんてことはちっとも考えない彼は、鉄の棒が平行に立ち並ぶ重苦しさが、ただ何となく好きだった。

 普段餌をもってくるコックよりも数倍悪人顔な知らない奴がやってきて、奴隷たちは皆怯えていた。基本的に、不幸な人生を送ってきたものばかりである。被害妄想に陥ってしまうのも、仕方がない。


 檻の前には、金属の皿が置いてある。舐めとるように命令されているのだろう、どの皿にも食べかすはなく、綺麗になっていた。


「コレ盛り付けてんのかよ、めんどくせえな…おいクソネズミ!」


「は、はい!」


 突然の指名を受けた鼠の獣人は、グリールが日々そうしているように暴力を振るわれるのが嫌で、素直に返事をした。正解だ。マヒトの性格である。応えなければ、後で蹴られていたかもしれない。


「鍵は」


「ええと、私たちの牢の鍵は、あっちの壁にあります」


「ああ、アレか」


 鼠の獣人が指を差した方、檻に挟まれた通路の奥の方に、大量の鍵がぶら下がっていた。

 マヒトが問う。


「番号」


「私は六番です」


 鍵をふんだくったマヒトは、鼠の獣人を牢から出した。突然の事態に理解が追い付かない彼女は、逃げ出すでも問うでもなく、その場に突っ立っている。


「クソネズミ、昨日入ってきた新入りが居るだろ。デカい奴。アレの檻が何処か言え」


「ああ、あの人なら、入り口から見てまっすぐの方だと思います。昨日ご主人様と言い合ってるのが聞こえたので」


「そうか。じゃ、手前は奴隷共に餌を配っとけ」


「わかりました。…あ、あの!」


 馬の獣人の元へ向かおうとしたマヒトを、鼠の獣人が呼び止める。


「私、此処から出してもらえるのでしょうか…?」


「頑張り次第だ。さっさとやれ」


「は、はい!」


 希望に目を輝かせた鼠の獣人は、作業に移った。彼女は、人は見かけによらないものだと、自分の考えを改めていた。マヒトの事が、正義のヒーローにすら見えていた。実際、第一印象と人間性が合致することは多い。タトゥーを入れた人間が全員暴力的なわけではないが、チンピラは大抵暴力的で、タトゥーを入れたがる。

 マヒトの場合もそうだ。目付きから想像の付く通り、倫理や道徳を優先して動く人間ではない。

 仮に鼠の獣人がこの地下室から出られたところで、奴隷契約の譲渡なり、契約書を燃やすなりしなければ、グリールによって呼び戻されてしまうだけ。何の意味もないのだ。マヒトは、鼠の獣人の契約書を探してやる気など、さらさらない。馬の獣人にしか、興味がなかった。


 ほら、たった今マヒトが浮かべている笑みを見ていたら、ひっくり返った彼女の考えも、元に戻っていたことだろう。

 人間に許される邪悪の限界が、此処にある。


「やっと見つけたぜ」


 馬の獣人。名を、ギュルスメッド。

 檻に閉じ込められた奴隷の中で彼女だけは、マヒトに対して恐怖心を抱いていなかった。彼女の肉体は限界まで鍛え上げられて、精神を守る鎧としての役割すらも担っていた。

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