無能はクビ
「お前、クビ」
「…へ?」
優しい青の目が、見開いた。
気が抜けても尚美麗な顔は、火に炙られた新聞紙のようにゆっくりと歪んで、怒りや嫌悪という、暗い感情に染まっていく。荒れた波のように、其処彼処に皴が浮かんでくる。そこらの美男子なら台無しになっていたかもしれない。が、この男の場合はまだ美しい。それほどまでに、遺伝子に恵まれた男だった。
レオン・ハルバード。名前すらも美しい。胸に薔薇のワンポイントが入った、白シャツも似合っている。花を愛し、女性には紳士的。その上、剣士としての実力も申し分ない。欠点らしい欠点のない、完璧超人。彼は人々からそう評価され、慕われていた。
そんな彼が今、クビを宣告されている。この世の誰より偉そうに椅子の上でふんぞり返っている、凶悪な顔の男に。
逆立った金髪。のこぎりの様な歯。血色の悪い真っ白な肌が、鋭い瞳の中の黒を尚更黒く見せている。出で立ちは、黒のファーコートに、黒のパンツ。主張の激しいシルバーのアクセサリーも、彼の手足でとぐろを巻いて、辺りを睨んでいた。中でも、ネックレスの十字架は巨大。しかし、彼が神に祈ったことは、生まれてこの方、一度だってない。つまりは、見てくれのためだけに掲げられた、下らない十字架である。
名を、アクツ・マヒト。
勇者パーティー『黄金の剣』のリーダー。名前をもじって『悪魔くん』と呼ばれ、周囲から恐れられている。勿論、正面からその名で呼ぶ者は少ない。理由は、怖いから。
「…何故だ!いつだって、作戦の軸は僕だったじゃないか!モンスターを一番倒したのも、僕だった!取り分だって、アクツの半分で我慢してやってる!それなのに…」
「当たり前だ。俺様の取り分二倍が、パーティーのルール。モンスターをしこたま殺せたのは、ただ、そうなる配置にしていただけだ。…俺様の命令に従わないゴミは、要らない。とっとと出ていけ、クソナヨ」
「…確かに今日は、指示を無視して大技を使った。でも、ちゃんと討伐できただろ!僕の判断が正しかったってことじゃないか!」
「そうよ!クビにするなら、この無能な豚でしょ!レオンは一番活躍しているじゃない!」
会話に割り込んだ女は、紫のとんがり帽子を被った魔法使い、アリス・ブランシェット。パーティーの紅一点である彼女の長い杖の先は、最後のメンバーに向けられていた。
無能な豚、と称された大男は、やけに猫背。豚のように潰れた鼻と、口元から左右に伸びた牙が印象的である。他の三人とは外見の異なる彼は、やはり普通の人間ではない。人間に獣の血が混じった、『獣人』と呼ばれる生き物だった。
獣人にファミリーネームはない。よって、彼の名前はトン。簡素だが、愛嬌のある名前だった。悲しい事に、その名で呼んでやる者は、このパーティーに居なかったのだが。
彼ら獣人は人間に近い知能を持ち、人間と共生する道を選んだが、そんな彼らを毛嫌いする人間も少なくない。差別とまではいかなくとも、何処か見下されていたりする。そのくらいの扱いが定着していた。
「クソブタが命令を無視したことがあったかよ?ソイツは俺様にクソ程忠実だろうが。与えた仕事はやってる。ピーチク文句を言わねえ。テメエと違って、遅刻もしねえ」
「そうだけど…ていうか、遅刻くらい許しなさいよ!細か過ぎるのよアンタは!」
「まあ、遅刻は罰金でチャラでもいい。だがな…」
そう言って、徐に椅子から立ち上がったマヒト。
その細い腕でレオンの襟元をぐっと掴んだ彼の表情は、まさしく、悪魔のそれであった。さっきまで怒りに震えていたレオンだったが、もうすっかり、別の理由で震えていた。
「手前の技が出るまでの時間差で、囮のクソブタがくたばったら、どう責任取ってくれんだ、あァ!?」
アクツ・マヒトは、完璧主義者だった。
こと狩りの現場においては、寸分の狂いも許さないという考えで臨む、面倒臭いリーダーであった。味方の過失は徹底して追求し、改善案を突き付ける。相手のプライドなど気にもしない。そんな無礼者が、家に恵まれ、華々しい成功体験を積み重ね、自尊心の高まった人間と馬が合うはずがなかった。
「お前みたいな嫌われ者、こっちから願い下げだ。…俺たちは、抜けさせてもらう」
「…俺たちだァ?」
「当然、私も抜けるわ。イケメン彼氏とアンタ、どっちを取るかなんて決まりきってるでしょ」
アリスとレオンは、見せつけるように腕を組み、部屋から出ていった。
残されたマヒトが、気まずさにトンの方を見ると、目が合う。トンも、何か言いたそうに、もじもじしていた。
「クソブタ。テメエもやめるとか言い出すんじゃねえだろうな」
「マヒトさん、おで、感謝してるんす。他のみんなと平等に金くれて、扱いだって…いや、扱いは乱暴でしたけど、それもみんなと平等でした」
「クソブタも働いてんだ。金貰うのは道理だろ」
「そっすね。ケツ蹴られるのも、別に嫌じゃなかったっす。…おで、結婚するんすよ。金も貯まったし、田舎で暮らそうかと」
「ケッ、そうかよ…クソブタのしけた面見なくて済むなんて、清々するぜ」
「式には招待するんで!」
そう言って、いそいそと出ていこうとしたトンの丸い背中に、ガシャンと何かがぶつかって、床に落ちた。見ると、小さな麻袋だった。小さかったが、中には固いコインと柔らかい気持ちが、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「式なんて行かねえよ。他所のガキが、俺様見て泣くからウゼえ。それ、祝い金。額に文句言ったら殺す」
「…今まで、ありがとうございました」
頭を下げたトンが出て行って、とうとう一人になってしまったマヒトは、ベッドに倒れ、天井を仰ぎ見る。毎日つけている帳簿をテーブルの上にほったらかして、ぼんやりと仲間のことを考えていた。思い出に浸っているわけではない。ただ、何となく抱いていた悔しさと、向き合っていたのである。
「つまり俺様以外、全員相手居たってのかよ…」
マヒトはモテない。
理由は、怖いから。




