幕間④ マリアベルの冒険
千尋が目を覚ましたのは、レオニスの船に用意された千尋の部屋だった。
顔無しの怪物を単独で討伐したことで、千尋は怪我人だというのにクリーゲインに散々怒鳴られた。傷口に響くとクリーゲインの説教を、適当にあしらって寝室で眠りについたまでは、千尋の記憶にある。
「身体が動かない……」
千尋がそう呟いて周囲を確認すると、すぐに原因のいくつかが分かった。
目の前でジャギーがひどい寝相で、寝息を立てている。何とか首を動かすと、千尋の右膝を枕にするようにチュクチが眠りこけている。反対側ではアリシアが千尋の二の腕を枕にスウスウと寝息を立てている。
「なんなの、これ……」
千尋はため息をついた。チュクチやアリシアはまだ分かるが、ジャギーの寝方が謎だった。千尋に尻を向けたまま仰向けになり、腹をさらけ出して寝転がり、だらしなく伸びたジャギーの身体は、千尋の肩を圧迫し右手を痺れさせていた。
「ジャギー、あんたいい加減にしなさいよ?」
千尋が身じろぎすると、ジャギーが千尋のから落ちる。失敗を誤魔化すように、ジャギーは腹の毛並みを舐めて整えがら言い訳をする。
「ジャギーが暖めたお陰だよ?」
「なら、せめて傷口のちかくで寝てほしいものね?」
千尋はジャギーが退いてようやく感覚の戻ってきた右手で、アリシアのおでこを小突く。
「っ……」
アリシアはおでこに感じた、よく分からない痛みに小首をかしげながら覚醒し、千尋の二の腕を枕にしたままで、千尋に話しかける。
「千尋様!大丈夫ですか?」
「左手の感覚がないの……」
千尋の突然の告白に、アリシアの顔色が青ざめバッと起き上がる。千尋はようやく解放され左手を握り、感触を確かめる。
「ありがとう、アリシア。これで動くわ」
「感覚が無いというのは……?」
驚いた顔のアリシアに、千尋は悪戯がうまくいった子供のように笑う。
「誰かが枕に使ってたからよ?」
アリシアは顔を赤らめながら、頬をふくらませる。いくつかの感情が入り交じり、アリシアがぶつぶつと口ごもっていると、チュクチも目を覚ました。
「……千尋さん、お怪我の具合は?」
「ええ。左足の感覚が鈍いけど、悪くないわ」
千尋のその言葉に、チュクチは安堵したのか頬を緩ませる。その一方でアリシアがジャギーを抱き上げ、扱いの違う者同士同盟を組んだようだ。
「千尋様はチュクチにだけお優しいのですね?」
チュクチへの態度と自分への態度の差に、元祖忠犬のアリシアが不満気に唇を尖らせている。そのアリシアの胸元に抱き上げられているジャギーも頷き、アリシアの言葉に同意しているようだ。
「当たり前でしょ?チュクチは私を探しに来たもの……」
そう言って千尋は、チュクチの頭を一撫でする。
「それを言ったらジャギーは、千尋が戦っているのに気がついていたよ?」
「それなのに探しに来ないほうが、たちが悪いわよ」
身体を起こしながら千尋はジャギーに悪態をつくと、何のことかとジャギーは欠伸して誤魔化した。
呆れたように肩をすくめる千尋をよそに、アリシアとチュクチは2人のやり取りを見て、笑い声を上げる。
「よう、起きたか?」
その笑い声で千尋の目覚めに気がついたようで、断りも無くクリーゲインが千尋の部屋の扉を開け顔を出した。そして、その後ろにメネシオンとターニャが続く。
「ノックぐらいしなさいよ?」
「起きてるなら、別にいいだろ?で、大丈夫なのか?」
夜中に血まみれの千尋を見た時は、頭ごなしに怒鳴りつけてしまったクリーゲインは、少し反省しているのかぶっきらぼうながらも千尋を気遣う。
「お陰様で悪くないわ。左足はまだ鈍いけど」
「あのエルフの姉さんに、直してもらってねえのか?」
クリーゲインが不思議そうに首を傾げて、千尋の言う左足をしげしげと見つめる。隣のメネシオンがクロエの名誉のために声をかける。
「リカバリキッドは捻挫とか体の中の事には効かないよ?」
「は?使えね」
クリーゲインがクロエの文句を言わないように、ターニャが手でクリーゲインの口を塞ぐ。突然塞がれたクリーゲインは、モゴモゴと文句を言っているが、それを理解できるものは1人もいなかった。
「何でも治ったら、その世から死人がいなくなるわよ?」
異世界人のちのほうが、クリーゲインよりも現実的である。癌やその他の疾患まで魔法で治ったら、いつか人とエルフの区別は耳だけになってしまうだろう。
「なら、どうやったら治るんだ?」
「冒険者なんかはアロエスの葉を使ってますよ?」
元冒険者ギルドの職員、チュクチが千尋の傍らでクリーゲインの質問に答える。
「なんか聞き覚えあるわね……」
千尋はどこかで聞いたに名前に首かしげうえをみる。その千尋の反応にチュクチは微笑みながら答えた。
「前に一緒に取りに行ったじゃないですか?マリアベルさんと出会って、有耶無耶になりましたけど」
マリアベルの名前が出て、千尋は思い出したように鼻で笑う。
「なんだ、領主様が知ってるのか?ならあたしらが聞いて、取ってきてやるよ」
もしや、そのあたしらの中に自分も入っているのかと、メネシオンとターニャは部屋を出ようとするクリーゲインを見ている。2人がついてこない意味が分からないクリーゲインは、2人を急かすように声をかけた。
「ほら、ぼさっとしてねぇで行くぞ?」
メネシオンとターニャが、クリーゲインに半ば強引に連れてこられたのは領主の館だった。我が物顔で廊下の真ん中を歩くクリーゲインに、肩を丸めてメネシオンとターニャが続く。
クリーゲインが探していたのは、マリアベルだった。何人かのメイドに質問して、ようやくたどり着いた場所は、ターニャがよく知る執務室だ。
「邪魔するぞ」
言うだけいって返事を待たずに入っていくさまに、メネシオンとターニャは既視感を覚える。よく知る傍若無人なメイドにそっくりだなと2人は顔を見合わせ頷きあう。
「ん?クリーゲインどの。どうしたんだい?」
ウルブリヒトとカッツェに監視され、執務に追われてたマリアベルは、これ幸いと立ち上がり、突然の来客の訪問に自ら対応する。
「おう、領主様。悪いな」
勇者願望のある領主様と、現役の騎士様はどこか馬が合うのか、いつの間にか仲良くなっていた。
「いやいや、構わないよ!」
満面の笑みで答えるマリアベルの後ろで、書類の山を見つめるウルブリヒトとカッツェの目は、か大いに問題ありげだが、そこにクリーゲインが気がつくことはない。
「実は、千尋が怪我しててさ?何だっけ?」
急に話題を振られたターニャは、探し物の名前かと疑問形で答える。
「アロエスの葉?」
「そうそう、それ!なんか領主様が知ってるとかでさ……」
「もちろんだ!ボクは冒険者だったからね!」
任せておけと胸を張って答えるマリアベルは、鼻の下をこすり自慢げである。
「千尋くんが怪我したと言うなら、ボクも黙っては」
「黙って、執務に励んでいただきたいのですが?」
ウルブリヒトが、理由をつけて逃げ出そうとするマリアベルをたしなめる。
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくる!」
「そうそう、すぐだって!」
マリアベルとクリーゲインが肩を組み、2人とも手の親指を立てている。
「ねぇ、ターニャ?あたしらも行くの?」
メネシオンが聞くと、ターニャはため息交じりに答える。
「当たり前だろ?」
執務室にいる。マリアベルとターニャ以外の面々は、諦めたように肩を落とした。こうしてマリアベルの冒険は再び幕を開ける……のか?




