守護騎士クリーゲインの秘密
クリーゲインの乱入に貧困街の裏通りは、騒然となっていた。ノアは虎の如く姿勢を屈め、乱入者のクリーゲインを警戒している。
ノアに対峙していた千尋は、クリーゲインの姿を見上げて、呆然と立ち尽くしていた。
もともとクリーゲインのほうが身長が高かった。が、今のクリーゲインの顔は、元の位置よりも高い位置にある。
「どうした!千尋。何を呆けている!」
馬の蹄の軽やかな音とともに、クリーゲインが千尋を振り返る。
「呆けるに決まってるでしょ?なにその姿……」
千尋はノアとの戦闘を邪魔された苛立ちと、クリーゲインの姿を見た驚きに毒づくように、感情を吐き出した。
クリーゲインの姿は、獣人と言うより異形だった。上半身は凛とした女騎士のまま、腰から下が馬の四肢へと変化していた。
「どういう仕組なわけ?」
千尋の好奇心は時と場所を選ばない。すっかりノアへの興味、警戒心を失った千尋に、クリーゲインは顔を引きつらせて、怒鳴りつける。
「今は戦闘中だぞ!馬鹿か!」
「半分馬のやつに言われたくはないわね?」
クリーゲインがまた千尋と言い争う姿勢を見せたその時、ノアが動いた。身を翻し、獣のように貧困街の闇の中に駆け出した。
「逃がすか!」
クリーゲインが駆ける。速さで勝るクリーゲインだが、初めて訪れたゼルディアの貧困街は迷路のようだ。対するノアは毎夜毎晩、この貧困街と下水道を行き来し、獲物を狩ってきた分の地の利がある。
狭い路地、障害物を巧みに使いクリーゲインを突き放すノアはまさに、ゼルディアを騒がせる顔無しの怪物だった。
「くそったれっがぁー!」
遂にノアを見失ったクリーゲインが、叫び声を上げた。その叫び声を頼りに追いついた千尋は、クリーゲインと対照的に微笑んでいる。
「そんなデカい図体で、逃げられたの?」
「うるせぇな。夜目も利かなきゃ、道も知らなねぇんだよ!」
クリーゲインが振り返ると、彼女の下半身が人の姿へ戻っていく。馬の四肢を覆っていた黒い布はパレオのようなスカートに戻り、クリーゲインの長い脚をしっかり踝まで隠した。
「下着はどうなってるの?」
変化の瞬間を目の当たりにした千尋は、開口一番、好奇心を満たす。顔無しの怪物の捕物に失敗したばかりだというのに、責任を感じる事もなく、呑気に自身の感情を優先する千尋に、クリーゲインの思考は停止する。
「は?」
「だから下着よ。履いてるの?」
クリーゲインの眉がひくひくと動き、戦斧でドンと石畳を突くと、我慢の限界を迎えた感情が一気に噴出する。
「今はそんなことを言ってる場合じゃねえだろう!」
「大丈夫よ。あの怪物は、もう私にしか興味ないから」
「なんで分かんだよ!」
食ってかかるクリーゲインの険しい顔を目の前にして、千尋は思いっ切りため息をつく。
「あなたは自分の好きな食べ物が目の前にあるのに、わざわざ他のもので腹を満たしたいと思う?」
「はぁ?んなもん。好きなもの食うに決まってるだろうが」
その返答に千尋は満足げに笑うが、クリーゲインはまだ合点がいかないようで、顔の右半分をしかめて千尋を見る。
「もう、いいわ。帰るわよ」
千尋は面倒くさそうに踵を返すと、歩き出す。クリーゲインは置いていかれまいと、慌てて駆け出し、千尋の顔を覗き込み、話しかける。
「おい!なんなんだよ!」
「帰ったらウルブリヒトにでも聞くといいわよ?説明してくれるから」
千尋とクリーゲインが言い合いながら裏路地から出てくると、息を切らせてながらターニャが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫か?」
「一足遅かったな?逃げられた」
クリーゲインが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「元はと言えば、あなたが乱入してきたからでしょ?ターニャを乗せてきてたら、怪物を逃さなかったかもしれないわ」
千尋の言葉に、またクリーゲインが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「う、うるせぇ!アタシは馬じゃねえぞ!」
ターニャと千尋が顔を見合わせる。ターニャはクリーゲインの下半身が馬の四肢に変わる瞬間を見ていた。どう見ても馬だったクリーゲインが否定する意味が分からず、2人は困惑していた。
「どう見ても馬だったわよ?」
「それは速く走るためだ!人を乗せるためじゃねえ!」
ターニャは騎士の矜持がそうさせるのだろうと理解していたが、千尋は理解できずに肩をすくめた。
このまま放っておいても千尋とクリーゲインが言い争うだけと悟ったターニャは必死に話題を変えようと試みる。
「それで……、本当に顔無しの怪物だったのか?」
クリーゲインがいなければ、ターニャはノアの名前を出しただろう。千尋の悪行を告白するわけにもいかずあえて曖昧な言い方をして、千尋の顔を伺う。
「ええ、いたわ。虎ね、アレは……」
虎と言う千尋の比喩表現に、嫌になるほど心当たりがあり、ターニャはため息をついた。千尋が野に放った虎が人を襲っていた事実にターニャは頭を抱える。
「どうするんだ?これから……」
「どうもしないわよ?向こうはもう、私しか見てないから」
千尋の言葉にターニャは首を傾げた。クリーゲインも先ほどの会話を思い出して、蒸し返すように千尋を問いただす。
「それさっきも言ってたよな?」
「ええ、そうよ。私を狙いたくなるように、たっぷり餌をあげたから」
また含みのある言い方をする千尋にクリーゲインは、面倒くさそうに頭を掻き、ターニャを見る。
「なんでこいつは、こんなに面倒くさいんだ?」
「で?結局下着は履いてないの?」
理解不能な千尋と言う怪物に、クリーゲインの我慢は限界を迎えた。自暴自棄になり、クリーゲインは淑女にあるまじき、言葉で苛立ちを爆発させる。
「履いてねえよ、馬鹿野郎!」




