思考する怪物
「つまり、顔無しの怪物の執着だと?」
ウルブリヒトが分かりかねると、首をひねりながら千尋に問う。千尋はその反応に微笑み、腰に手を当てて斜に構えるように答える。
「ええ、そうよ」
「それは構いませんが……、あなたがメイドと黒髪を当てた理由に、合点がいきません」
そう言うとウルブリヒトは、メイド服を着た千尋を見る。黒髪で喋らなければ理知的なメイドを思わせる、その姿を凝視する。
「被害者にほかに特徴はないの?乱暴されているとか?遺体に損傷があるとか?」
ウルブリヒトは、その千尋の言葉にようやく合点がいった。千尋は犯人を知っている。
「ええ、顔の下半分が齧られたように無くなっています。もしかして、狙われているのは……あなたですか?」
ウルブリヒトは急に頭痛に見舞われたのか、眉間をほぐして遠くの空を見る。
「どういう事だよ?」
クリーゲインは分かりかねると首をひねり、頭脳明晰な2人を睨む。そして、青ざめた顔したターニャをみる。
「えっと……その……」
苦笑いで誤魔化すターニャに、クリーゲインが詰め寄ろうとした時。千尋が口を開いた。
「ええ、そうよ。その怪物は私を狙っているはず」
虎を世に放ったのは千尋だ。話すことも、文字を書くことも出来ないように、人としての尊厳を奪って、ノアを貧困街に捨てた。そのノアが千尋への執着から、顔なしの怪物にまで成長した事に千尋は罪悪感もなく、満足げに微笑んでいる。
「人死が出ているのですが……」
ウルブリヒトは、額を抑えて恨めしそうに千尋をみる。
「私がその人たちを殺したわけじゃないわ。間接的な責任をとる必要があるのなら、怪物の排除よ?」
「たしかにそうだな!こういう時こそ、騎士の出番だ!」
よく事情を知らないクリーゲインが、顔色の悪い白銀の騎士の肩を組み、正義の味方の如く笑っていた。
夕方、メイドが平民街を歩いている。その後ろを一定の距離を開けて、それなりに身長のある女騎士2人が、背中を丸めて尾行している。
「あの……クリーゲイン殿?」
「なんだ、ターニャ?」
武装した女騎士が背中を丸めて進むさまはやや目だっていた。
道端に置かれた樽や、店の看板の陰に隠れている割に、戦斧の先端が見えているクリーゲインの姿を見て、ゼルディアの住民が驚いたり、訝しげに見つめたりと衆目を集めていた。
「千尋に任せておいて、いいのでは?」
「はぁ?あいつにか?」
まだ取り込まれていないシーツの裏に、駆け寄り隠れるとクリーゲインは、ターニャを振り返る。その怪しい女騎士の姿に、先を行くメイド姿の千尋はため息をついた。
「あんたら、何やってんだい?」
クリーゲインが隠れていたシーツが突然消える。2階から恰幅のよい女性が、シーツを取り込みながら2人の女騎士に話しかけた。途端、衆目に晒され狼狽えるクリーゲインと、ため息をついターニャが女性に弁解を始める。
「我々は今、顔なしの怪物を捕らえるべく囮を尾行しているのだ!」
大声で話し出したクリーゲインにため息をついた千尋は、エプロンの下から黒マントを取り出して羽織る。すると長く伸びた影に吸い込まれるように千尋の姿は消える。メイドがいた事など誰もが忘れ、女騎士2人に注目している。
「囮以前に、あんたらが目立ってたらダメじゃないかい?」
シーツを畳みながらあきれる女性は、2階から周りを見渡すが囮が見当たらず、首を傾げている。
「そもそも、その囮はどこにいるんだい?」
「は?」
女性の言葉にクリーゲインは、千尋がいたであろう場所を見るが、認識阻害のマントを身に着けた千尋を見つけることは叶わなかった。
「あの野郎!」
「クリーゲイン殿……。千尋は女だ」
ターニャは頭を抱えながら呟いた。千尋がどうやっていなくなったか、どうしていなくなったかも分かっている。ターニャは日が沈み、影に飲み込まれていくゼルディアを囲む城壁を、静かに見あげていた。
千尋はその影の中、平民街と貧困街の間の通りを静かに進んでいた。通りを見れば明らかに女性の姿は少なくなっている。
ゼルディアに現れた顔無しの怪物の影響が色濃いゼルディアの現状に、千尋はため息をついた。
「全く……なってないわね」
愉悦の為か、怒りや復讐心かは分からないが、ノアの行動原理に千尋は理解を示せる。が、頻繁に欲望を身を任せれば、こうやって夜の街から女性の姿が消えてしまう。
千尋は学習していた。自身もかつて通った道だ。連続してしまうと、鮮烈に印象が残る事件になる。それは警戒心を生み出し、シリアルキラーには自縄自縛となってしまう。だから、いつの頃からか時期を変え、場所を変えるようになったのだ。
「抑制が効かないってことは、怒りね……」
ノアの行動を分析しながらそう呟くと、千尋は貧困街へと歩いていく。以前、オルテガとシッカートに連れられ歩いた道を頼りに、千尋は顔無しの怪物探しを始める。
ゼルディアの貧困街は、汚染が酷かった。石畳で作られた街は、雨が降ったくらいで汚物が流れ綺麗になることは無い。食べ残しか嘔吐物かに群がる丸々と太ったネズミが駆け回り、ひどい悪臭を放っている。
「まるでホワイトチャペルね……」
千尋の世界、一時代を震撼させた未解決事件の舞台に千尋は思いを馳せる。貧困街を歩けば、その日暮らしの金を得るために、街に立つ女性の姿が目に入る。
「だから、連続しても平気だったわけね……」
貧困街の女性を一瞥し、ノアの犯行と千尋の知る切り裂き魔を重ねる。探す場所を変えれば女性はいる。気位の高い千尋故の盲点に気が付き、自嘲する。
「顔無しの怪物ね……。ちょっと楽しくなってきたわね」




