ゼルディアへ
レオニスの船は、内部も豪華絢爛であった。入ってすぐの広間の天井には、何かの物語を思わせる絵が描かれている。豪華な装飾のついた猫脚の長椅子と、対を成すように猫脚と装飾で飾られた、白亜の如く白い長机。
千尋はこの作りに既視感があった。千尋の世界の、ロココ建築の様式にため息をつく。
「華美柔弱も良いところね」
「よくわかんねえけど、悪口か?」
クリーゲインは千尋の言う言葉の意味は分からなかったが、表情からレオニスを馬鹿にしたと思ったようだ。そのクリーゲインの反応に、千尋は肩をすくめる。
「どうかしらね?」
メイドがレオニスの趣味に口を出すだけでもおこがましいのに、肩をすくめ小馬鹿にしたような反応にクリーゲインは怒り、髪の毛を逆立たせる。
「馬鹿にはしていないわよ?どちらかと言えば好みの家具だもの。ただ誰が作ったのか気になっただけ……」
「はあ?なら、最初からそう言え」
苛立ちを隠さずにクリーゲインは奥へと進んで行く。広間の奥には展望台のようなガラス張りの
空間があり、その中央にレオニスの趣味とは思えない無骨な椅子が一脚置かれている。
「なるほどのぅ」
クリーゲインに続きやって来たクロエがその椅子を撫でる。無骨な作りながら、柔らかそうな座り心地を思わせる触り心地と、外の景色にクロエは微笑む。
後からついて来た、千尋たちがクロエのその反応に首を傾げる。千尋はクロエのその姿が怪しく見えて、声をかけた。
「何ニヤついてんの?」
「この椅子から、飛行船に魔力を供給するのじゃ。外を見ながら自ら船を操るとは、なかなか趣味がよいな?」
「趣味が悪いとどうなるわけ?」
「モノ扱いじゃな?人が飛ばすには……本来、手に余る代物じゃ。魔力を帯びた石や、魔力の強い魔物の心臓から、魔力を供給し空を飛ぶ」
クロエの言葉に千尋は首を傾げる。
「そんなんで、長時間飛べるとは思えないんだけど?」
「その通りじゃ。だから人の手には余る。精々、空の散歩に興じる程度のおもちゃ……じゃな?」
そう言いながらクロエが椅子に座ると、わずかに船体が揺れる。窓の外でレオニスが、ブラウエリヒトと2人で見送るように手を振っている。
ふわりと浮かぶ。千尋たちは浮遊感を感じるわけでもなく、レオニスが見えなくなり、外の景色が青空と浮かぶ雲だけになり、自分たちが空を飛んでいる事を自覚する。
「ちょ!飛んでるの!これ」
自らの力で飛ぶ事も可能な赤髪の魔族が、驚愕の声を上げ、シュナレと千尋の2人が呆れたような顔をメネシオンに向ける。そして、千尋が事実を持ってメネシオンをたしなめる。
「あんた、最初に会った時に飛んでたわよね?」
「それとこれは、話が別でしょ!私こんな重そうなの持って、飛べないもん!」
興奮した様子で、外を見るメネシオンに冷静な千尋以外は微笑みを向けている。ジャギーはクロエの仕業と理解すると、クロエの膝に跳び乗ると、後ろ脚で首をかき始めた。
「しばらくは、ここで休むことにするよ」
自分がリーダーだと言いたげにくつろぎ出すジャギーを、ハーゼとチュクチの2人が見つめてクスクスと笑う。ジャギーが薄目を開けて2人の様子を見たが、興味をなくしたように、また目を瞑りくつろぐ。
「おい!とりあえず、お前らの部屋を決めろ」
展望台の傍らにある階段を数段上がったクリーゲインが、千尋たちに声をかけ、顎で上に来いと示し階段を上っていく。
階段を登った千尋たちは、赤い絨毯が敷かれた廊下の両側に並んだ扉の数を見て、驚きの声を上げた。
「幾つあるのでしょうか……」
数える事も忘れ、アリシアが呟く。
「作りは全部一緒だ。陛下の部屋以外な」
そう言うとクリーゲインは一番近い扉を開けて部屋の中へ消える。か、何かを思い出したように振り返り、千尋たちに声をかけた。
「ああ、そうだ。ガルヴァニアに行く前に、ゼルディアで買い出しして行くから、よろしくな」
「ゼルディアですか?」
まさか故郷の名前が出てくるとは思わなかったアリシアは、驚いた顔でクリーゲインを見る。ゼルディアと言えば、エーダフォストの玄関口と言える交易都市なのだから、クリーゲインとしては合理的な提案なのだが、アリシアたちにしてみれば粋な計らいに思え、フィル・ブライヤの関係者の表情が明るくなった。
そして、新たな仲間。クリーゲインを加えた勇者一行を乗せた飛行船は、ゼルディアへと向かう。
クロエによって、潤沢な魔力の供給を受けた飛行船の風船内では、ブラウエリヒトが行なった時よりも早く、結晶たちが透明な海の中を泳ぎ回っている。
地上を行く旅人が、空を駆ける光に気が付き、光を見ようと目を細めた所には、その光り輝く飛行船はすぐに遠ざかってしまい、その姿を見ることは叶わなかった。
ルナミリアへの旅が何だったのかと思いたいほどの短い時間にゼルディアに到着した飛行船は、街の上を大きく旋回しながら減速して降下していく。
最後には空を舞う風船を思わせるゆっくりとした動きでフィル・ブライヤ家の庭に飛行船は降り立った。
急に現れた光り輝く物体に、ゼルディアは大騒ぎになっていた。
「マリアベルさま!」
マリアベルが執務室で、現実から逃げるように書類の山から目を逸らし、羽根ペンを回して遊んでいるとカッツェが血相を変えて、合図もなしに入って来た。
慌てたマリアベルは、落としそうになった羽根ペンを、何度かお手玉のように空中で弾きながらも掴むと、どうにか誤魔化せたと安堵している。
その様子の一部始終を見ていたブュートリッヒが、呆れ顔でマリアベルを見ている。その視線の意味を察したカッツェが、わざとらしく足音を立ててマリアベルに近づく。
「マリアベルさま?」
「いや〜、カッツェ。どうしたんだい?」
外の世界の事など、知る由もなかったマリアベルは、顔を引きつらせながらも呑気を装ってカッツェに挨拶する。そのマリアベルの様子に、カッツェは大きく肩を落とすと、諦めたように口を開く。
「外が大変です……」




