合流
エーダフォスト城を後にした千尋たち勇者一行の後を、クリーゲインがとぼとぼと歩いている。
先ほどまでの侍女の服ではなく、上半身は鉄の鎧に身を包み、辛うじてくるぶしが見える長めのパレオスカートに、普通の女子では持ち上げることも叶わないであろう長い戦斧を、軽々と肩にかけながらも、気だるげに背を丸めている。
「なんで、あたしがこいつらの御守りを……」
レオニス王の気まぐれと誰もがわかっていたが、クリーゲインは自問するように呟いた。
「ま、まあ。そう言わずに……。里帰りと思えと、レオニス王もおっしゃってましたし」
同情するような顔で振り返るターニャが、クリーゲインに声をかける。その言葉にクリーゲインは、悲鳴を上げた後の事を思い出して、ため息をついた。
クリーゲインの上げた悲鳴はレオニスの私室に響き渡る。その残滓か残響が消える間もなく、レオニスの笑い声が響く。
「何だクリーゲイン。里帰りして、王を決める武闘会に出たいと言っていたではないか?余の船でなら船酔いの心配もあるまい」
ガルヴァニアの王政は、一風変わっていた。10年に一度開かれる武闘会で勝ち上がり、時の王に勝つことができれば王になる事が出来る。
「言いましたけど、こんなヤツと一緒はゴメンです!」
クリーゲインは立ち上がり、千尋を指さす。指をさされた千尋は、レオニス同様に愉快そうに笑っている。
「ついて来たら、陛下のお金で飲み食い出来て、船まで出してくれるのよ?」
「お前は黙ってろ!大体、搾取する側を非難していただろうが!」
「私は搾取する側じゃないわよ?レオニス王にお願いされて、仕方なく旅をするの」
「そんな謙虚じゃないだろ!お前は!」
クリーゲインの言葉に、アリシアたちが苦笑いで正解と無言で答える。
「クリーゲイン、王命です」
静かに見守っていたブラウエリヒトが座ったままクリーゲインを見据え、守護騎士団の隊長として言い渡す。
「…………はい」
こうしてクリーゲインは、千尋たちの最後尾をとぼとぼと歩く羽目になっていた。苛立ちの原因である千尋が居なければ、嬉々として王命に従ったであろうが、どうにも千尋と言う人間が受け入れられない。
「よくあんた達は、あんなのと旅してるな?」
眉間にシワを寄せて話しかけるクリーゲインに、アリシアは微笑む。
「ああ見えて、お優しいんですよ?」
アリシアの言葉にクリーゲインは丸めていた背を伸ばして、信じられないと驚愕の顔をする。
「マジかよ……。脅されてんじゃ?」
「まあ、色々あるが……。悪人ではない……と思う」
アリシアと違い、含みのあるターニャの言葉にクリーゲインは頷く。
「やっぱそうだよな?優しいやつが王から金せびって旅なんてしないって……」
アリシア達が千尋について話し合う中、メネシオンは複雑な立場にいた。魔族でありながら、勇者として世界を巡る。考えただけでも壮大すぎて、メネシオンの若い精神に重くのしかかる。
そのメネシオンの内心を見透かしたように千尋は声をかける。
「なに?はじめてのお使いが怖いの?」
世界を巡る旅をお使いと揶揄されると、メネシオンは不安よりも、千尋に馬鹿にされなたくない、思春期特有の天邪鬼さが先に立つ。
「は?そんなわけないじゃん。王様のお金で何食べようか考えてたの!」
狼狽えるように顔を背けつつも強がるメネシオンを、千尋は鼻で笑うと、また前を向いて先頭を歩いていく。
「そうよ、折角だから楽しんだらいいわ。あなたの世界を変える旅だもの」
急にまともな事を言う千尋に、後ろを歩く全員が目を丸くする。
「ね。お優しいでしょ?」
アリシアは言葉通りに受け取り、感動している。戸惑うクリーゲインを見て、ターニャと千尋の言葉を浴びたメネシオンが首を横に振る。
「あれは、自分が楽しみたいから言ってんのよ?」
メネシオンの見立ては正解だった。千尋はここルナミリアに来てからというもの、世界の構造に対する好奇心が増していた。ルナミリアの灯火の上には、アクロシアと言う空飛ぶ国があり、そして隣の国、ガルヴァニア。そしてレオニスの船。
千尋の好奇心を刺激する出来事が昨日から続き、心なしか千尋の足取りは軽やかだ。その様子を見てターニャが、呟く。
「世界旅行気分だな……」
「はあ……。なんなんだ、あいつ」
クリーゲインはまた、ため息をつき背中を丸める。千尋たちが泊まっている宿まではもう少しだ。
宿では、広間と食堂を兼ねた1階で千尋たちの帰りを待つ仲間たちがいた。チュクチは座っていることも出来ず、先ほどから歩き回っては窓から外を見てため息をつくのを繰り返している。
その不安がるチュクチの気持ちに寄り添いたいハーゼだが、ジャギーが膝で寝ており身動きも取れず、ジャギーを撫でながら心を落ち着けている。
不安な時を過ごす獣人たちとは違う待ち方をしているのは、クロエとシュナレだ。
食堂で昼過ぎから酒宴を開いており、もうだいぶ出来上がっている。お金はゼルディアよお嬢様が出してくれるのだから、2人の酒宴は盛大に行われていた。
「おかわり、2杯くださ〜い」
呆けたように正体をなくしたシュナレが、空になったエールの樽を掲げる。
「のう、チュクチ。千尋が心配なのは分かるが心配はいらんぞ?」
呆れ顔の店員が持ってきたエールを受け取りながら、クロエは赤ら顔をチュクチに向ける。
「呑んでばっかりいないで、少しは心配したらどうですか!」
立ち止まったチュクチが、珍しく声を荒げたのでクロエが笑い出す。笑い出したクロエに、流石のチュクチも眉をひそめると、クロエが手で制する。
「いやいや、すまんかった。お主は真面目じゃったな……」
「な、んですか?急に……」
「もうすぐで帰ってくるぞ?あ奴らが出ていってすぐに魔法で追跡しておるでな」
ケロッとした顔で、チュクチの心配を一蹴するクロエに、本当に心配していたチュクチは、尻尾をピンと高く上げている。珍しく怒っているチュクチが声を荒げようとした時、宿の扉が開いた。
「ずいぶん賑やかね?」
宴も酣と空になった樽が並ぶシュナレとクロエのテーブルを一瞥しながら、千尋が広間に入ってくる。チュクチの尻尾が、まっすぐ伸びているのに気がついた千尋は無言でチュクチの頭を撫でる。
撫でているのに寝ているチュクチの耳を見て、千尋は一息ついて、そっぽを向くようにクロエたちを見ながらチュクチに声をかける。
「今戻ったわ」
「はい、おかえりなさい!」
千尋がチュクチの頭を撫でている姿を見たクリーゲインは首を傾げ、眉をひそめる。
「なに、あれ」
「千尋様の優しさです」
怪訝な顔をしているクリーゲインの隣で、女神でも見るかのように、手を合わせるアリシアを見て、クリーゲインはため息をつき、ターニャとメネシオンを見る。
「大丈夫なの?」
さて、どうだろうとメネシオンとターニャは、苦笑いをしながら肩をすくめる。
「ん?知らん顔がおるな〜」
クロエが挨拶代わりにエールの樽を掲げながら声をかける。今朝の優男が、堅物そうな女騎士に入れ替わってシュナレは口をとがらせる。
「え〜、シュナレちゃん。朝の人がいいんだけど〜」
頭に羽を生やしたシュナレの容貌と発言に、驚きを隠せないクリーゲインの肩に、ターニャとメネシオンは手をかける。
「あれは気にしないで……」
「こちらはクリーゲイン殿だ。守護騎士団の副隊長であらせられる」
「ほう。わざわざ、ご苦労じゃったな」
護衛と勘違いしたクロエは、再度樽を掲げる。
「いや、見送りでは……」
気まずそうな顔で曖昧な返事をするクリーゲインに、クロエは眉をひそめターニャとメネシオンを見る。
「どういうことじゃ?」




