幕間 侍女とメイド
クリーゲインはため息をついていた。主であるレオニス・エーダフォストの命により、侍女になろうとしていたからだ。
「これ着んの……着るんですか?」
「ああ、そうだ。お前なら、扮するぐらいは出来るだろう?」
「一応女なんで……。なんでですか?」
クリーゲインは心底嫌そうに侍女の服を持ち上げる。レオニスの私室に呼び出され、警護をやらされると思っていたら、この有様だ。どうにか使い慣れない敬語で、レオニスに真意を聞くのが、精一杯だった。
「この後、神託の勇者と面会をするからだ」
レオニスは悪びれる様子もなく、端的に理由を告げると、本物の侍女に着替えを手伝うよう指示した。
「いや……、だからなんで……侍女なんですか?」
衝立の奥に押し込められながら、着替えないといけない理由を問うクリーゲインだが、狼狽えながらも侍女にされるがまま、着替えていく。
「勇者の1人が、頭の切れるメイドでな。ブラウエリヒトだけでは、手に余るやもしれん。」
優雅にお茶を飲みながらレオニスはクリーゲインが必要な理由を説明する。が、何故侍女なのかの意図は語らない。
「へ、陛下は面白がってはいませんか?」
長い髪をシニヨンカバーに押し込まれながら、クリーゲインがレオニスの真意を確かめる。
「そのメイドは警戒心が強い上に、察しがよい。武装したお前を同席させれば、この上なく警戒するであろう。余が指示するまで、侍女として振る舞うが良い」
「無理ですよ!」
キツく腰を縛られるようにエプロンを締められながらクリーゲインは否定するが、見た目だけならエーダフォスト城の侍女の1人だ。
「折を見て茶を配り、メイドを警戒できる場所に控えれば良い」
「陛下に仇なす者……と言うことですか?」
クリーゲインは、嫌そうに着せられた侍女のドレススカートを見つめ、エプロンをひらひらと遊ばせる。
「まだ分からぬ……。備える事に越したことはないであろう?」
そう言ってレオニスは、嫌がる様子のクリーゲインを見て愉快そうに口角を上げた。
そうこうしていると部屋の扉が叩かれる。レオニスに従い、ブラウエリヒトと神託の勇者が3人が入ってくる。
最後尾に位置し、殊更にゆっくりと入室してきたメイドを、クリーゲイン含め侍女達が見つめる。
ブラウエリヒトの立ち位置を確認し、侍女たちを一瞥する。そして、部屋の中にいる全員を見渡せる場所に、当然のように座るメイドを、レオニスが警戒する理由がよく分かった。
「たしかに……。厄介そうなやつ」
レオニスが雑談を初めて、侍女たちが茶の準備を始める。クリーゲインもその輪に混ざりながら、メイドに視線を送ると、メイドはレオニスがブラウエリヒトの話をしている間、侍女たちの動きを凝視している。
「あたしが、あのメイドにお茶を出す……」
全体を警戒するメイドと、そのメイドを警戒する侍女が近づく。クリーゲインが、メイドのそばにお茶を置くと、メイドがクリーゲインを見ている。
その眼球が激しく動き、クリーゲインの顔や所作を観察している。見透かされる気持ち悪さを感じながら、クリーゲインが後ろに下ろうとした時。
「ありがとう」
メイドが礼を言ってきた。それがなぜか礼に聞こえず、クリーゲインはなんとなく苛立ちを感じた。そして、メイドの顔が見える場所。ブラウエリヒト同様に入口付近にクリーゲインは立った。
「隊長、あのメイド。何なんですか?」
ブラウエリヒトは、クリーゲインを見る事もなく呟く。
「わかりません。私の魔法の話が出たとき、彼女だけが私を見ました。ほかのお嬢様方はどういう訳か、彼女を見ていました……。どういうことだと思いますか?」
「あのメイドも……使える……。とか?」
クリーゲインは、メイドに注視しすぎて会話を聞いていなかった。憶測でつぶやいたその言葉にブラウエリヒトは頷く。
「そうなりますね……。彼女は剣や鎧も溶かす炎を付与するのでしょう」
「……まさか?」
「そうでないと、あの騎士殿の言葉が説明出来ません」
ブラウエリヒトに顔を向けそうになった瞬間。
「ずいぶん偉そうと思ってたけど、性格も悪いのね?」
クリーゲインの毛が逆立つ。怒りで自然と顔が痙攣する。あのメイドにひと言言ってやろうと背筋を伸ばした。
「良い」
レオニスに言葉と手で制され、仕方なく溜飲を下げるしかなかったクリーゲインは、口を真一文字に結び、ブツブツと口の中で思いつく限りの罵声をメイドに浴びせている。
その様子を見てブラウエリヒトはため息をつく。
「どちらかと言えば、あなたも搾取する側でしょ?」
またメイドがレオニスに失礼な事を言う。確かにレオニスは税を徴収している側に居るが、政はしっかりとやっている。祖国ガルヴァニアの武闘会の優勝者が王になるという、ふざけた王政の在り方に比べると、レオニスは華美を尊ぶが、まともな王だ。
怒髪天を衝き、クリーゲインの我慢は限界だった。目を見開き、声を上げる。
「貴様!」
クリーゲインが、メイドに3歩ほど近づいた時。レオニスは笑いながら、クリーゲインを手で制する。
本当に愉快そうに笑うレオニスを見て、ブラウエリヒトとクリーゲインは目を丸くする。楽しそうにメイドと茶を飲みながら談笑するレオニスは、普段のレオニスとは違うように見える。
「ずいぶん腑抜けた王様ね」
「貴様!」
もう我慢がならなかった。不届き者のメイドに掴みかかろうと、クリーゲインがメイドまで後数歩まで近づく。侍女として振る舞えとレオニスに言われたが、守護騎士としてレオニスを守るクリーゲインは、レオニスの尊厳を守らなければならない。
怒りに顔を歪めるクリーゲインをメイドがちらりと振り返ると、あきれ顔を向けてくる。
「侍女の教育がなってないんじゃない?」
「お前がそれを言うな!」
クリーゲインが我慢ならんと叫んだ時。同じ事をレオニスやメイドの仲間たちも口にしていた。
レオニスはそれも楽しそうだった。規格外の失礼なメイドと言う存在が、大層気に入っているようで、ブラウエリヒトに着席を促すと、クリーゲインにも座るように求める。
隊長のブラウエリヒトが着席した以上、王に命令されて断る理由はない。クリーゲインは乱暴にシニヨンカバーを取り、苛立ちで固めの直毛の長い髪をかき乱して、メイドの隣に着席する。
「ふん!」
クリーゲインは機嫌が悪い、イライラすると言う感情を口には出さないが、体全体で表現する。胡座をかき、唇を尖らせている。
そのクリーゲインの態度に、苦言を呈する資格がないであろうメイドは、ブラウエリヒトに頭を下げさせると、チラリとクリーゲインを見る。
「隊長は悪くねぇ。なんだお前、メイドのくせに!」
「聞いてなかったの?神託の勇者よ」
メイドとしての在り方の話をしているのに、知っている事実だけを並べるメイドの態度が気に入らず、クリーゲインはそっぽを向いた。
レオニスが獣人だと言った瞬間、メイドの態度が柔らかくなった。ようにクリーゲインは感じた。メイドは先ほどの気持ちの悪い視線ではなく、好奇心旺盛な子供のようにクリーゲインをジロジロと見てくる。
ともすれば身体に触れられるのではないかと、クリーゲインは悪寒を感じて、身を捩られせる。
「残念だったな。あたしは見た目、ほとんど人間なんだよ!」
放っておいたら触ってきそうなメイドを制するために口にしたクリーゲインの言葉など、意にも介さずメイドはクリーゲインの目の前に顔を寄せてくる。
レオニスと同じ様な潤んだ瞳を輝かせるメイドに、タジタジになりながらクリーゲインは顔を背ける。
「何なんだよ。お前……」
「影山千尋よ」
ようやく名前を名乗った千尋は、匂いで判別しようと、クリーゲインの身体に顔を近づける。
「やめろって!」
匂いを嗅いでも、なんの獣人なのか答えがわからない千尋は、断りも入れずにクリーゲインの長い髪に触れると、ニヤリと笑った。
千尋が芦毛のような硬い直毛の髪を撫でると、クリーゲインはいよいよ本物の悪寒に身を震わせる。
千尋はこの硬さの毛に覚えがあった。子供の頃から実父にやらされていた乗馬で、いつも感じていた質感だった。
「馬ね?」
髪を触っただけでクリーゲインの正体を看破し、満足気に笑う千尋。クリーゲインは驚きを隠せずに、上ずった声で正解を伝える。
「なんでわかったんだよ?気持ち悪いやつだな」
答え合わせが終わると、クリーゲインに興味をなくしたように、千尋はレオニスたちの会話に戻っていった。
クリーゲインは、観察することで全てを看破する千尋と言うメイドの真似をするように、千尋を暫く見つめていた。




