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サイコパス、異世界を征く 〜快楽殺人者は魔王を殺す夢を見る〜  作者: はまぐり夕陽
第1章 居場所作り
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サイコパス、森を征く

 景山千尋は迷っていた。歩き回っているうちに夜が明け、朝日が昇ってしばらく経つ。短めの髪には汗が滲み、その端正な顔を伝い落ちていく。オフホワイトのオックスフォードシャツには返り血がついており、時間が経つにつれて赤から錆色へと変色していく。


 血の匂いを感じながら過ごせるのは千尋にとっては僥倖だが、そもそも何故ここにいるのかも分からず、目的地が分からない時点で五里霧中もいい所で、鳥だか獣だかの鳴き声のするこの仄暗い森の中を、愛用のダマスカスナイフ一本で闊歩する羽目になっていた。腐葉土のような地面を踏みしめれば土の香りがしてせっかく鉄の匂いがぼやけて毒づく。


「なんなんだ、全く…」


 迷った時を考え、深緑の映える見たこともないような葉をつけた広葉樹にナイフで印をつけると、木の匂いが鼻をくすぐる。その印を愛おしそうになぞる。千尋はナイフの跡を撫でながら、そうだ昨日は楽しかったなとナイフを刺した瞬間を反芻するように思い出し、自然と笑みがこぼれていた。


 千尋は昨日は通りすがりの娘をこのナイフで刺した。あの時の感触がさっきの出来事のように思い出され千尋は頬を染める。


 雨が激しく振りしきる中、彼女の持っていた赤い傘が血のように見えて高揚が抑えられなくなってしまい、ついついやってしまった。


 興奮に任せて何度か刺していたら動かなくなってしまったのは悪い癖だなと思う千尋だが、そこに反省も後悔もない。その後死体を綺麗に飾ろうと、隠れ家にしている廃屋の床に彼女の血で魔法陣を描いたり、蝋燭を立てて遊んでいたら血が光り出して、気がついたらこんな森の中だった。


 少し遠くから少女の悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。あれは刺された痛みと死への恐怖が奏でるデュエットだ。


 千尋の体が勝手に動き、声のした方へと千尋は駆け出していた。


 時間は叫び声の上がる少し前に遡る。フィル・ブライヤ領の領主。アンドレアス・フィル・ブライヤの三女、アリシアは護衛の女騎士ターニャと2人で隣の領主の跡継ぎとの見合いから帰る途中であった。馬車に揺られて帰路につきながらも、小太りの跡継ぎの脂ぎった手の感触を思い出してアリシアは身震いをした。


「領民からの税であんなに肥える豚にはアリシア様はふさわしくありません!」


 アリシアの護衛と側仕えを兼ねるターニャは、力強く握り拳を作り鼻息荒く言い放つと二人で見合って笑い合う。年はターニャのほうが1つ上だが、こうやって笑い合えるターニャの存在がアリシアには有難かった。


 笑い合っていると馬車が急に止まり、大きく揺れる。


「何事か!」


 ターニャが御者に怒鳴るように声をかけると、小窓から御者が顔を出して報告をする。


「動物の死骸です、多分ヒアシュですかね?」


 ヒアシュとは雑食性の獣で何でも食べてしまう害獣だ。大きな角を持ち、出くわした人を襲うことでも有名である。


「誰かが切り殺したのか?片付けろ」


 ターニャが御者に命令すると御者はいかにも面倒くさそうに、へいへいと返事をして馬車を降りる。御者が降りる際に少し馬車が揺れ、2人にも御者が遠ざかっていくのが分かる。


 しばし間が開いて御者がぎゃっと声を上げた。獣の死骸ごときで悲鳴とはと、呆れながらターニャが馬車の扉を少し開けたその時だった。


 昔嗅いだことのある小鬼の匂いがする。肉が腐ったような口臭、汗臭くすえたような体臭、ゴブリンだ。


 急いでターニャは扉を閉めた、騎士がゴブリンごときに思い、ターニャは震える手は必死に押さえる。過去の出来事を想起させる匂いに震える手はどんなに押さえつけても収まらない。押されることで震えが倍増しているのでは思える程に震えが増していく。アリシアがターニャを覗き込み、心配そうに声をかける。


「どうしました?ターニャ…」


 ターニャは必死にゴブリンと発音しようと試みるが上手く発音しようにも出来ない。吃音のようにゴブリンのゴとゴブか繰り返されるばかりでアリシアは要領を得ないながらもターニャに寄り添う。アリシアがターニャの背中を擦り落ち着かせようと試みていた時、馬車が横に大きく揺れだした。


 馬車の横にある小窓からゴブリンの顔が覗き見ている。両脇からゴブリンの卑下た薄汚い笑い声が響いて、ターニャは頭を抱える。


 昔、村をゴブリンに襲われた時に聞いた声。ターニャの姉は、ベッドの下にターニャを押し込んで隠し、自身はコブリンに殺された。姉は刺された後も必死にターニャがゴブリンに見えないようにベッドの下を隠すように倒れて苦痛の中、ターニャに笑顔を向けてくれた。


 その姉を殺したゴブリンが、動かなくなった姉を楽しそうに何度も刺していた時と同じ笑い声がする。何度も左右に馬車が揺れ、大きな揺れが訪れた時、馬車の扉は開かれ2人は外に投げ出さる。


 千尋が一気に森の中を駆け抜けると山道よりは少し広い道に出た。


 ちょうど千尋が飛び出したのは、件の少女とその隣に連れとおぼしき甲冑姿の女と倒れた馬車。5人の緑色の肌をした餓鬼のような体型のなにかの間だった。


 戦闘でもあったのか甲冑の女は血を流している。弱々しく震えながらも必死に剣を振るおうとする甲冑女の生への渇望を見て、千尋は腹の中にどす黒い感情が湧き上がり自然と笑顔になる。


「なに?お前たち…」


 千尋は餓鬼どもに向けて言葉を発してみた。果たして意思疎通は可能なのか。千尋はその餓鬼が痛みや苦しみから命乞いをしたり、断末魔の悲鳴をあげることを期待していたが、その期待は脆くも打ち砕かれる。


 残念ながら餓鬼の集団はお互いで見合ってギギだか何だがと、およそ言葉とはかけ離れた音を出している。仲間内でコミュニケーションは取れるだけの正真正銘の餓鬼なのだろう。そう思った千尋が心底残念そうな顔をしていると甲冑女が叫んだ。


「気をつけろ、ゴブリンを知らないのか!」


 ゴブリン。千尋はおとぎ話の小鬼を思い出す。目の前の小鬼達が威嚇するように叫び声を上げる。2メートルは離れているだろうに、小鬼たちの肉が腐ったような口臭が漂ってくると千尋はその臭さに顔をしかめる。小鬼達の持つ短剣や棍棒から鉄さびのような血の匂いがして千尋が口を開く。


「今日も楽しめそう…」


 言葉の意味は分からなかっただろうが、ゴブリン達は千尋の笑みに親近感でも湧いたのか笑い始める。短剣かナイフについた血を舐めるものもいる中、その中の一匹が棍棒を引きずりながら近づいてくるのに千尋も笑顔で返す。ゴブリンが棍棒を振り上げた右肩を狙いナイフを刺す。


「ここを刺すとね、腕は動かせなくなるんだ、知らなかった?」


 とても愉快そうに顔を歪める千尋とは対照的に、ゴブリンは苦痛で顔を歪める。必死に振り下ろそうとしてゴブリンが悶えるが、肩の可動域は失われて武器を持ち替えることも叶わない。


 振り上げたままの棍棒をするりと千尋が拝借してゴブリンの頭に叩きつける。小気味よく爆ぜて飛び散る脳漿に、千尋の顔が初めてのおもちゃで遊んだ子供のように明るくなる。


「この感触、新鮮……」


 気に入ったように棍棒を振り回す千尋を見てゴブリン達は恐れおののく。理解できない存在が目の前にいて、楽しそうにもう動かない仲間の体に嬉々として棍棒を打ち付けているさまは、低脳でも理解できる未知への恐怖だ。その様子を見ていた甲冑姿の女は、千尋の行動の異常性に警戒し剣を構える。


 一匹、また一匹と後退り、森の中へゴブリン達は消えて行く。千尋は心底残念そうに棍棒を傍らに放り投げると、そうだ、まだ2人もいるじゃないかと振り返る。


 目の前に満面の笑みで千尋を見上げるアリシアがいた。首にかかる程度の短めの黒髪に碧い瞳、白雪のような白い肌。年の頃は15か16。おとぎ話のお姫様とまではいかないが良いところのお嬢様の正装を思わせるコルセットが巻かれてそうなドレス。


 物語の勇者が現れて姫を救うシーンに憧れを感じていた少女アリシアには、千尋はどう美化されて映っているのだろうか。


「あなたは私たちの命の恩人です!」


 千尋は顔を歪めて拒否感をあらわにする。そう、景山千尋は笑顔が苦手なのだ。


「下がってください!アリシア様!」


 甲冑女が警戒心をあらわにし、アリシアという少女と千尋と間に立つ。僅かばかりだが戦闘の心得がある彼女からすれば、千尋の行動、戦い方は異常そのものだった。ターニャは女の割に身長が高く千尋と目線はほぼ同じ高さだった。


「アリシア様ねぇ…」


 千尋が甲冑女を観察すると20歳には満たない年齢だろうか。ブロンドの長い髪を三つ編みにまとめ上げ、甲冑を着てはいるが粗悪で肩や胸、股間を甲冑で隠しているのみ。後は布でつなぎ合わせているだけで、無駄な露出が多い。


 アリシアを庇うように広げた右手は豆こそあるが体に古傷の類いはない。多少鍛えられてはいるが、精神的に未熟で戦闘経験は浅い。その褐色の肌には先ほどの戦闘で出来た真新しい切傷や裂傷があり、程よく鉄の匂いがして千尋の五感を刺激する。


「もう少し着込んだほうがいいんじゃないの?」


 言葉では心配しているようで好奇や劣情を隠しもしない千尋に甲冑女の顔が歪む。胸元を隠すようにしながらゲスでも観るかのように睨んでくる。


 千尋がアリシアとは違いこの甲冑女の反応は楽しめそうだなと思っていると、甲冑女が身を捩りできた隙間から、アリシア様と呼ばれた少女がまた顔を出し、満面の笑顔を向ける。鈍器で殴られたように千尋が顔を歪めているのにも構わず少女は微笑んでいる。


「私も常日頃から言っているんです。もう少し殿方の目を意識して鎧を選ぶべきだと…」


 アリシアが理解者を得たと嬉しそうに近づいてくるので、堪らず千尋が距離を取るように下がるとアリシアは驚いたように口を開けると、はしたないとばかりに手で口元を隠すとまた微笑む。アリシアの目には異性と距離を保つ紳士的な姿に映っているようでモジモジと気恥ずかしそうにしている。


「ほら、ターニャ?やっぱりこの方、いい人ですよ、騎士様かも」


 なんでそうなるんだと千尋が顔を歪めて身をよじるほどに不快感をあらわにするがアリシアは気にすることもなく、甲冑女であるターニャと話し始める。


「ですがアリシア様、あの戦い方は異常です。騎士はあんな戦い方をしません」


 アリシアは小首をかしげてアリシアと千尋を交互に見る。大量の返り血を浴びた千尋を見て、どう思考したら騎士になるのかとターニャと千尋が思っているのを尻目にとんでもないことをアリシアは口にする。


「でも私たちを守ってくださいました。それだけで騎士公に召し抱えていいくらいでは?」


 奇しくも千尋とターニャの顔が同じように歪む。二人とも思っているのだろう。駄目だ、こりゃ…、と。

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