第十四章 屋敷封鎖
陸炎は、表情ひとつ変えずに口を開いた。
「まあ、悪くはない」
許遠は、にこりと笑った。
「殿下のお気に召したのであれば、間違いございますまい」
そして満座の客へ向き直る。
声は穏やかだった。
「皆さま。本日は靖北王殿下の寿辰。そこへ王爵授与の慶びが重なり、さらにお嬢様の婚儀まで決まりました」
「この許遠、婚儀の祝いの品までは用意しておりません。まずはこの寿宴のめでたさをお借りして、殿下へ一言、お祝い申し上げます」
客たちはすぐに拳を合わせた。
「靖北王殿下、おめでとうございます!」
「殿下、まことにおめでたいことでございます!」
「陸府の祝宴には、ぜひまた一杯いただきに参りますぞ」
「殿下のお屋敷は、この数日、まさに慶事続きですな」
陸炎は、淡い笑みを浮かべたまま祝辞を受けた。
前の広間には、また賑わいが戻っていく。
赤い蝋燭が人影を揺らす。
大きな寿の字が高く掲げられている。
客たちの笑い声が絶えない。
許遠はその中に立ち、穏やかな顔で地元の官や名士たちと杯を交わした。
陸炎も席に座り、許遠と当たり障りのない言葉を交わす。
しばらくして。
許遠は立ち上がり、辞去を告げた。
陸炎は自ら前の広間の外まで見送る。
「許遠侍郎、遠路のところご苦労だった。今日はひとまず駅館で休まれよ」
許遠は拳を合わせた。
「ありがとうございます、殿下」
「殿下はここまでで。私は駅館にて、殿下のご手配をお待ちしております」
陸炎は府門の前に立った。
「許遠侍郎、気をつけて戻られよ」
車駕はゆっくりと陸府を離れていく。
その車が街角を曲がり、見えなくなったところで。
陸炎の顔から、笑みが少しずつ消えた。
呉猛が陸炎の後ろに立ち、低く耳打ちする。
陸炎の顔に、見る者の胆を冷やすような色が浮かんだ。
「三日しかない。急げ」
呉猛は命を受け、頷いた。
それから陸炎とともに府中へ戻る。
二人が戻ったとき、前の広間の賑わいはまだ散っていなかった。
客たちはなお杯を掲げている。
寿を祝う者。
王爵授与を祝う者。
すでに数日後の婚儀の酒を話題にする者までいた。
陸炎は席へ戻らなかった。
回廊を抜け、そのまま演武場へ向かう。
呉猛は後ろに続いた。
陸闕と陸闥は父が戻ってきたのを見ると、すぐに迎えに出る。
演武場の中は、相変わらず恐ろしいほど静かだった。
沈瓷はまだその場に立っている。
腕には、あの割れた磁器を包んだ布。
動くことなどできなかった。
周囲には、刀を帯びた兵士たちがいる。
陸炎が入ってきた。
沈瓷の胸が、すぐに沈む。
まただ。
何かに狙われているような感覚が戻ってきた。
陸炎は、その場にいる者たちを一通り見渡した。
親兵。
管事役。
屋敷の小者。
そして先ほど演武場で砂盤推演を見た者たち。
誰もが、頭を下げた。
陸炎は言った。
「今日、演武場であったことを一言でも外へ漏らした者は、斬る」
演武場の者たちが、一斉に身を震わせた。
陸炎は続ける。
「六日のあいだ、今日府中にいた者は、誰一人として陸府を出てはならん」
「屋敷の者は、出入り禁止」
「外の者は、府門へ近づけるな」
「密かに知らせを流した者は、斬る」
「勝手に屋敷を離れた者は、斬る」
「人を中へ入れた者も、同罪だ」
演武場は、死んだように静まり返った。
親兵たちが声をそろえる。
「承知!」
数人の管事役と小者たちは顔を真っ白にして、慌ててその場に跪いた。
「かしこまりました!」
だが陸闥は、聞きながら呆然としていた。
最初は、父が言っているのは演武場にいる者たちのことだと思った。
あるいは陸府の家人や使用人のことだと。
だが前の広間には、まだ大勢の地元官紳がいる。
今日、寿宴に来た客は少なくない。
府中にいる者全員が出入りできないというのなら、あの客たちはどうなるのか。
陸闥は思わず口を開いた。
「父上、全員というのは……前の広間にいる地元の官紳たちも含めて、ですか?」
陸炎が、ぎろりと陸闥を見た。
その一瞥が落ちた瞬間、陸闥の背筋がぴんと強張る。
「おまえは『全員』の意味も分からんのか」
陸闥の顔が白くなった。
「分かりました」
陸炎の声がさらに沈む。
「次にそんなくだらんことを聞いたら、自分で耳を切り落とせ」
陸闥の喉が詰まった。
「……はい」
陸闕はそばに立ち、前の広間の方角を見た。
向こうからはまだ、酒の音、笑い声、祝いの声が聞こえてくる。
陸闕は一歩前へ出て、拳を合わせた。
「父上。前の広間の客たちは、騒がせないほうがよろしいかと」
陸炎は陸闕を見る。
陸闕は続けた。
「今日来ているのは、多くが地元の官紳です。自分たちが閉じ込められていると気づけば、かえって騒ぎになります」
「宴はそのまま続けましょう」
「酒も出す。料理も足す。楽も止めない」
「東廂、西廂、南苑をすべて空け、客たちの宿所にします」
「屋敷の男手と兵士は、外院に天幕を張って移せばよろしい」
「外へは、六日後に殿下の屋敷で婚儀があるため、貴賓の皆さまには数日滞在いただき、喜酒を共にしていただく、と伝えます」
陸炎は何も言わなかった。
陸闕はさらに続ける。
「もし、どうしても帰ると言う者がいれば——」
言葉が落ちるより早く。
「シャッ!」
陸闕の腰の長刀が、完全に鞘を離れていた。
冷たい光が演武場に走る。
何人かの管事役が、反射的に頭を下げた。
遠く前の広間から聞こえる酒声や笑い声まで、その一刀で少し低くなったように思えた。
陸闕は刀を握って立つ。
声は、なおも平らだった。
「この刀と話をさせます」
陸闥は、思わず見入った。
兄が父に似ていることは知っていた。
だが、その似方は顔立ちでも、普段の振る舞いでもないのだと、この瞬間になって初めて思った。
刀を抜いたとき。
そこが似ている。
陸炎は陸闕を見ていた。
しばらくして、その目にわずかな満足が浮かぶ。
陸炎はそばの老管事役に目配せした。
老管事役はすぐに意を汲み、前へ出て陸闕の刀を受け取る。
「府中は陸闕に任せる。覚えておけ。一人たりとも漏らすな」
陸闕は目を伏せ、拳を合わせた。
「はい」
老管事役は両手で刀を捧げた。
刃は横向きに掌の上へ置かれ、冷気を放っている。
陸炎は視線を戻し、呉猛を見た。
「五百の兵をそろえろ。それと、大きな箱をいくつか用意しろ」
呉猛は何も聞かず、拳を合わせた。
「はい」
沈瓷は割れた磁器の包みを抱いたまま、胸の内にひどく嫌な予感が湧くのを感じた。
なぜなら、陸炎が呉猛へ命じるあいだ、その目はずっと沈瓷に向けられていたからだ。
沈瓷の喉が強張る。
指先が無意識に縮こまった。
布包みを、さらに強く抱きしめる。
陸清禾はそばに立ったまま、顔色を少しずつ白くしていった。
陸炎が何をしようとしているのかは分からない。
けれど、あの目の意味は分かる。
陸清禾は半歩、前へ出た。
声はとても小さい。
「父上……」
陸炎はすぐには見なかった。
まだ沈瓷を見ていた。
陸清禾がもう一度何か言おうとした、そのとき。
陸炎がようやく目だけを向けた。
たった一目。
それだけで、陸清禾の言葉は何かに押し戻されたみたいに喉で止まった。
陸清禾は袖口を強く握りしめる。
袖の奥、小腕の内側にある淡い赤の歯形が、またかすかに熱を帯びた。
陸炎は言った。
「清禾を部屋へ送れ」
二人の侍女がすぐに前へ出る。
「はい。お嬢様、こちらへ」
陸清禾は動かなかった。
沈瓷を見る。
沈瓷もまた、陸清禾を見ていた。
陸清禾の目元は赤い。
何かを言いたそうだった。
けれど、口を開こうとした瞬間、陸炎の視線に押し返される。
侍女が、陸清禾の腕をそっと支えた。
陸清禾はうつむき、連れられて外へ向かう。
数歩進んだあと。
また一度だけ、振り返った。
その瞬間。
目の前に、ごく淡い影がよぎる。
あまりにも速い光景だった。
陸清禾がそれをつかむ前に、侍女たちは彼女を支え、演武場の外へ連れていった。
沈瓷は、陸清禾の消えていく背中を見ていた。
胸の中には、言い表せない感情が渦を巻いている。
だが、その気持ちを飲み込む時間すらなかった。
陸炎が、もう目の前まで来ていた。
沈瓷は反射的に後ずさろうとする。
その前に、陸炎の腕が伸びた。
ぐい、と首の後ろを抱え込まれる。
沈瓷は首筋に重みを感じ、体ごと陸炎のそばへ引き寄せられた。
陸炎が、耳元で低く言う。
「行くぞ」
沈瓷の頭が真っ白になる。
「……どこへ?」
考えるより先に、そう聞いてしまっていた。
口にした瞬間、後悔した。
陸炎が横顔を向けた、その一瞬。
沈瓷は自分が猛獣に首根っこをくわえられているような気がした。
陸炎は淡々と言った。
「沈家窯だ」
一拍置いて。
さらに低く、言い足す。
「婚儀の話をつけに行く」




