義昭追放
死神に襲われた信玄は甲斐へ引き揚げる途上で命を失った。
が、その事を知らぬ義昭は再び信長討伐のご内書を各方面に下すと共に、自身も挙兵し槇島城に籠った。
戦局は義昭の思い通りとはならず、信長優勢で推移し、二条御所の御殿は破却され、槇島城も織田軍に攻囲されるに至った。
「光秀、なぜじゃ。
なぜそちは信長に味方する」
義昭に降伏を勧めにやって来た明智に向かって、義昭が言った。
「上様。
天下を治めるは信長様以外にはおりませぬ」
「左様な事を申しておるのではない。
そなたは私や我が兄上様と共に妖退治をしておったではないか」
「懐かしい話であります」
「そのような話をしておるのではない。
信長の正体は人ならざる者じゃ。
なぜ、信長の傍におりながら退治せぬ」
「はははは。
上様、何をおっしゃられます。
信長様が人ならざる者などとは」
「本願寺顕如殿も武田信玄殿からも、報告が入っておるわ」
「されど、そのお二人は信長様と直接お会いになった事などないのではございませんでしょうか?
それよりも上様は何度も信長様とお会いになっておられるではありませんか。
人ならざる者とお思いになられたので?」
「いや、それは」
「で、ありましょう。
そのような讒言に惑わされてはなりませぬ」
「もうよい。
そちは私ではなく、信長につくと申すのであるな?」
「いかにも」
「ならば、そちが兄上様より無理やり借用していった鬼切りを返すがよい。
人ならざる者 信長を討たぬそちには無用の長物であろう」
「はて、何の事やら?」
「忘れたと申すのか?
朽木の城で、妖討伐に関し話し合った時に、そちはこう申したではないか」
そう言って、義昭はその時の事を語り始めた。
「京に鬼が跋扈し始めてきております。
上様は鬼をも斬れる唯一の宝刀 鬼切丸をお持ちのはず。
ぜひとも、その宝刀にて鬼どもを退治していただけませんでしょうか?」
明智が義輝に言った。
「光秀、そちは上様に妖退治の先陣に立てと申すのか?
上様に万が一の事があればどうする気じゃ?」
覚慶が言った。
「鬼を退治できる刀をお持ちなのは上様だけではございますまいか。
私は鬼を退治する術を持ってはおりませぬ。
上様に代わって、覚慶様の法力で鬼に立ち向かっていただけますか?」
「何を申す。
わしの法力とて限界がある。
鬼には通じぬ」
「ならば、私や兵たちの刀も同じこと。
鬼相手に勝てるめどなどありませぬ。
鬼を相手に討ち死にしろと申されるのですか?
それとも、京の民が鬼に踏みにじられるのを黙ってみておればよいのですか?」
「左様な事、申しおらぬ。
若狭から土御門を呼び戻しておる。
彼らなら、鬼も退治できよう」
「それまでは鬼のなすがままでよいと?」
「そうは申しておらぬ。
他に手は無いではないか」
「いいえ、一つあります。
上様に出ていただくことなく、兵達や京の民たちを鬼から守る手段が」
「なんじゃ、それは?」
義輝が言った。
「鬼切丸を私にお預けください。
私が妖たちをその宝刀にて退治いたしましょう」
「確かに光秀の剣の腕なら、鬼切丸があれば鬼やそれ以上の妖どもすら退治できるであろう。が、しかし、あれは……」
「上様。
それほど大切な宝刀と申されるなら、やはりここは宝刀を守る事を優先し民や兵を見捨てなさるか、自身でお戦いなさるしかありますまい。
私はこれにて」
「待て、光秀。
おぬしに鬼切丸を預けよう」
義輝はそう言うと奥に戻り、鬼切丸を持って戻って来た。
そして、それを光秀に渡したのだった。
「はて、何の事やら?」
明智はもう一度そう言うと、威圧的に言葉を続けた。
「すでに勝敗は決しました。
上様に残された道は信長様に降伏成される事だけです。
さもなくば、ここにも城を取り囲んでいる織田の兵達がなだれ込むことになりましょう」
織田軍に対抗する術を持たぬ義昭は信長に和睦を申し入れ、畿内から追放されたのだった。




