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風神

 浅井、朝倉の軍勢が逃げ込んだ叡山を織田の軍勢は包囲した。

が、浅井、朝倉の軍勢は叡山に籠ったままで動きを見せず、包囲は長期戦の様相を呈し始めていた。

 そして、信長の多くの兵が叡山に貼りつけられている事は反信長勢力にとっては好機であり、各地で反信長の挙兵が起こり、畿内の不安定さは増していっていた。


 私達は岐阜から尾張を経て伊勢長島へと向かうため、そんな叡山近くを通りかかっていた。

 今、叡山を包囲しているのは佐久間信盛、明智光秀らしい。



 青空の下、街道を進んで行く。


「今まで戦って来た妖の内、どれがお稲荷様のお使い側の妖なんでしょうか?」


 歩きながら、空真にたずねてみた。


「信長様を狙っていた土蜘蛛だけはお稲荷様のお使い側と言うのは確かでしょうけど、他は定かでは」

「だったら、もう土蜘蛛とは戦う事はなさそうですね。

 よかったです。あれ、卑弥呼様の破魔矢で倒せませんでしたから。

 と言いますか、お稲荷様のお使いにも効果なかったんですから、お稲荷様のお使いに関係する妖には効かないんですかね?」


 だったらいいなあなんて思っていた時、空真が言った。


「何か感じませんか?」


 空真が感じると言う事は妖の類だ。

 注意を払いながら進んで行くと、青空の一角に小さな黒い雲が見えた。

 低い位置。そして、筋斗雲のように雲の上に何かが乗っている。

 その何かは緑色の肌に、ぎょろりとした目、頭に一本の角らしきものを持った妖だ。


「雲に乗る鬼ですか?」

「いや、あれは風神です」


 私の言葉に空真が答えた。

 確かに背に膨らんだ白い袋のようなものを持っていて、その袋の口を両手で持っている。


「狙いは叡山のようだな。

 急ぐぞ」


 柳生が言った。

 風神の姿が徐々に大きくなってくる。


 風神に向かう私たちを遮る者たちがあった。

 槍を構えた足軽たち。

 その背後には馬上の武将。


「ここから先は危険だ。

 通る事、まかりならぬ」


 足軽たちがそう言って、私達の進路を塞いだ。


「待て。

 柳生殿ではございませぬか?」


 馬上の武将が言った。

 どうやら、柳生と知り合いらしい。


「おお、明智殿ではござらぬか。

 久しいですね」


 馬上の中年のほっそりとした武将があの明智光秀らしい。


「何をなされているので?」

「見ての通り、われらは信長様に命じられ、叡山を包囲しているところです。

 そこにあの風神が現れてしまいましてなあ。

 私も妖退治をしてはおるが、相手が悪すぎるゆえ、ここで成り行きを見守っているのです」

「風神の狙いは叡山のようじゃが、叡山は結界を張っているのですか?」


 柳生の言葉の通りらしい。

 風神の先にある木々は激しくしなっていて、今にも根元から倒れそうであると言うのに、延暦寺の境内の中の木々は揺れていない。


「結界って、こんな風も防げるんですか?」


 空想科学物語なんかに出てくるバリア並の効果に私は驚きの声を上げた。


「異国の方か?

 あの寺院の中には高い法力を持つ僧の方々がおられる。

 そこにこの国で最も力を持つ神の御使いである清子様と言う方がおられる。

 彼らの張る結界を持ってすれば妖力を全て受け付けぬと言う事も可能なのですよ」

「でも、風ですよね?」

「その風は自然の力ではなく、妖力にて力を得ているもの。

 妖力を受け付けぬ結界の向こうでは力を失うのですよ」

「そう言うことですか。

 お教え、ありがとうございます」


 そう言って、頭を下げた。


「なら、あの風神は無駄な事をしておる訳ですな」


 柳生も結界の事は詳しくないらしい。


「あながちそうとも言えない。

 いつかは綻びも生じましょう」

「でしたら、綻ぶ前に早くあの風神をなんとかしないと。

 ですよね。柳生様?」

「ああ」

「破魔矢では無理ですよね?

 どうします?

 やってみます?」


 最終秘密兵器とは言え、ここは卑弥呼様の出番では?

 そんな思いで、卑弥呼様に向かってたずねてみた。

 が、相変わらず卑弥呼様はだんまりだ。


「異国の方。

 残念ですが、矢程度では通じませんよ」

「明智様、これは卑弥呼様の破魔矢です」


 一応、ただの矢ではない事を強調したくて言った。


「なんと、土御門のお方が呼び出された古の巫女様の破魔矢ですか?」

「はい」

 

 それどころか、このお方こそ、その卑弥呼様であると言いたいところだけど、それはぐっと我慢した。


「うーむ、果たしてどうなるのか、私も知りたいところです。

 どこまで近づけば、その矢、あの風神に当てられますか?」


 俄然、明智光秀がやる気になって来ている。

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