本願寺顕如語れり
「松永久秀殿の家臣と申すはそなたたちか?」
そう言ったのは本願寺顕如だ。
妖を討伐すべき本願寺がなにゆえ、妖狐に操られている三好勢に味方したのか、それを問いただすために、私達は本願寺まで来ていた。
「左様。
私は柳生宗厳。これらは共に妖を退治している者たちです」
「おお。そなたがあの名高き剣の強者柳生殿か。
して、此度、私に話とは何か?」
「はい。
三好長逸が妖狐に操られていた事はご存じで?」
柳生の言葉に顕如がしかめっ面をした。
もしかして、知らなかったの?
これだけの僧や信者たちの頂点なのに?
なんて思いながら、顕如の言葉を待つ。
「何か思い違いをしておるようじゃな」
「いえ。確かに妖狐が憑いておりました。
我らの手にて三好長逸に憑りついていた妖狐は退治いたしました」
「なに!
葬ったのか?」
「いえ、三好長逸から離れて逃げていきましたが」
「そうであろう。
そなたたちの手で倒せるようなお方ではない。
しかし、あのお方が逃げねばならぬとは、そなたたちの力は大したものじゃ」
「お方?」
柳生が言った。まるで、あの狐が尊い何かであるかのようじゃない。
「あのお方は妖狐などではない。
確かに阿波の国の妖たちを使役していたようじゃが、全てはこの国を守るため。
あれは伏見のお稲荷様の使い。纏われている気を感じれば、そこに邪気なき事くらい分かるであろう」
「えっ?」
柳生も私も、みんな驚きの声を上げた。
その中には有脩もいた。卑弥呼様だけは目を見開いて、驚いた表情をしただけだった。
きっと、卑弥呼様は顕如がそれに気づいた事に驚いている?
あれ? だったら、卑弥呼様ってもっと早く、それを教えてくれたらよかったような……。
いや、卑弥呼様も妖狐って言ってなかったけ??
「ですが、足利義輝様を殺したのは三好三人衆です。
と言う事は、足利義輝様を殺したのも、お稲荷様の使いと言うことですか?
どうして義輝様を殺す必要があったんですか?」
空真が言った。
「お稲荷様のお使いを妖狐と思うて、討伐しようとすれば邪魔者として排除されるのは致し方あるまい。
義輝様もお稲荷様のお使いから見れば、邪魔者と映っておったのであろう。
義昭様も然りじゃ」
「そもそも、誰が三好三人衆に妖狐が憑りついているって言いだしたのですか?」
私の率直な疑問だ。
みんなお互い顔を見合わせるだけで、誰も何も答えない。
その答えはここにいる誰も持っていないらしい。
「では、顕如様。
三好三人衆は信長様にも敵対しています。
つまり、お稲荷様のお使いは義昭様と信長様のお二人を狙っているように思えます。
信長様が狙われるのも義昭様が狙われるのと同じ理由でしょうか?」
空真の言葉に顕如は首を横に振った。
「人々に害をなす妖は東方よりやって来ている。
そなたたちも妖を退治しておるらしいが、妖の数は一向に減る素振りを見せぬ。
元を断たねばならぬ。
私もだが、お稲荷様のお使いもそう考えておられたのであろう。
その邪魔をする者をまず排除しようとして義昭様やそなたたちを狙ったのであろう。
そして、その元と言うのが信長とお稲荷様のお使いは考えておられたのではないかと私は思うておる」
「織田様が?」
柳生が言った。
織田信長が妖を使役したなんて、教科書には載ってない。
て言うか、戦国時代に妖がいたなんて話自身が無いんだけど。
「顕如様もそうお考えなのでしょうか?」
空真がたずねた。
「正直、私にもまだ分からぬ。
私も最近、とてつもない妖が信長に憑いておるのではと考え始めておるが、確信できるような証拠は無い。
それを確かめようと、先日の合戦では私自身陣頭に立ったが、何も掴めなんだ。
だが、織田軍に何かある事は相違ない。
なぜ、私がそう思うようになったのか知りたければ、伊勢長島に向かうがよい。
全てが始まったあの日の清須の事を知っている者がおる」
「あの日?」
「桶狭間の合戦があったと言われておるあの日、東の地で思い出すのもおぞましいほどの妖気が沸き起こったのを私は感じた。
そのほうたち、僧籍の者や巫女やらがおるようじゃが、何も感じなかったのか?」
私はそもそもこの世界にいなかったし、卑弥呼様もその頃にはこの世界にはまだ呼び出されていなかったはず。
空真や有脩は黙り込んだままだ。
「まあよい。
伊勢長島にて、話を聞いて来ればよい。
そこには杉谷善重坊とか言う信長を狙った者もおるので、その者の話も聞けばよい」
「杉谷善重坊が」
空真が身を乗り出した。
探していた杉谷善重坊の居場所が分かった。
私たちは伊勢長島に向かって旅立つことになった。