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休日の市場巡り

 王都を世界に誇れる文化と学術の都に――

 先代の女王の勅命によって行われた都市開発により、現在のロンディニウムは主に三つのエリアに分類される。

 時計塔(クロック・タワー)を中心に、王宮や議事堂といった重要機関の集まる中央(セントラル)

 王命により国内最高の知識を集約したロンディニウム大学、及びその学生が自治する学生街などを含めた大学(カレッジ)

 そして、一般居住区と日々の営みを支える市場、公園などが広がる市街(シティ)

 その市街(シティ)の一角に、人目を集める奇妙な二人組の姿があった。


 ◇◆◇


「はぁ……」


 多くの人で賑わう市場の入り口。そこに立つ桃銀色(ピーチブロンド)の髪の少女は小さな溜め息を洩らした。

 といっても退屈からではない。見れば常の無表情な顔には僅かに朱が差している。


「さて、目的の市場に着いたわけだけど……」


 隣に立つチャーリーは、ちらりとメアリーの姿を眺める。


「今さらだけど、大丈夫? ちょっと寒かったと思うんだけど」


 空は見事な秋晴れ。とはいえそこは十一月の朝、木枯らしは冷たくせっかくの暖気を容赦なく奪ってしまう。

 コートで防寒してきたチャーリーに対し、この従者の少女は普段のまま、上着の一つも用意していない。


「お気遣いなく。これでも寒さには強いので。それに――」


 ぱちん、とメアリーが指を鳴らす。

 するとどこからともなく、彼女が纏うメイド服と同じ色のマフラーがその首に優しく巻き付いた。


「これでどうでしょうか?」

「……本当に便利だね、キミは」


 今さらこの程度で驚いてもいられない。チャーリーは小さく苦笑するに済ませた。

 と、長いこと立ち止まっていたためにすっかり通行の邪魔になってしまったことに気付く。


「それじゃ行こうか」

「はい。お供します、マスター」


 そうして主従二人は朝の活気溢れる市場に足を踏み入れた。


 ◇◆◇


「らっしゃいらっしゃい! おっと兄ちゃん、今日は可愛い子連れてんじゃねぇか。羨ましいねぇ、これ持ってけ!」

「あら、バベッジさんおはよう。今日は早いのねぇ……ところでそちらの子は?」

「おやチャーリー。フランツやフロー嬢とは一緒じゃないのかね? ……あぁなるほど、訊くだけ野暮だったかの。え、違う? 逢い引きとかじゃない?」


 市場を半分ほど歩き、噴水を中心とした円形広場に辿り着く頃にはチャーリーは普段の三倍ほど疲弊していた。


「はぁ……なんか歩くだけで疲れた」


 大きく息を吐き出してベンチに腰を下ろす。一方、紙袋を抱えたメアリーは座らずに主人を労う。


「お疲れ様です。……マスターは人気者なんですね」


 腕の中にある紙袋を軽く持ち上げる。

 当初は市場を端から端まで案内するつもりで、実際の買い物はその後を予定していた。ゆえに二人とも、まだ一ペニーたりとも払っていない。

 なのに何故、中身のぎっしり詰まった紙袋を抱えているかというと――


「……いやそれ、僕じゃなくてメアリーのせいだから」

「はい?」


 こてん、と首を傾げるメアリー。


(自覚ないのか……ないんだろうなぁ……)


 確かにこの市場はよく使っているし――大学内外を問わない奇行の風聞もあって――顔馴染みは少なくない。

 それでもただの冷やかしでこうも土産を渡されたことなどただの一度もなかったのは確かだ。


「商売人ってのはさ、可愛い子には特にサービスするものなの」

「……可愛い? マスターが?」

「うん。なんでそう思った? あと首捻った? それから微妙に距離取った?」

「冗談です。マスターなら少々化粧して着飾れば一級の美少女に変身することも可能かと」

「否定したいのそっちじゃねぇ!」


 などと会話する間も、遠巻きに通行人の視線が投げ掛けられる。勿論のこと、冴えない大学生ではなく赤い少女の方へ。

 ただでさえ目立つ髪色に加えて、その異様が霞むほどに整ったメアリーだ。あまり目立つ装飾のないエプロンドレス姿であっても、道行けば十人が十五人振り返った。なお余りの五人は二度見したという意味で。

 当然その隣に立ち、時折「なんでこんなやつが……」という嫉妬とも怨嗟ともつかない視線を浴びせられるチャーリーはすっかり精神力を削られていた。


「まぁいいや。ほら、メアリーも座りなよ」

「……よろしいのでしょうか?」

「んー? ……あぁ、そういうの気にしない気にしない」


 そう言って軽く腕を引き、やや強引に隣に座らせる。

 抵抗を諦めたのか「失礼します」と言って主人の隣に折り目正しく腰かける従者の少女。


「マスターはヘタレなのに、時々やけに頑固です」

「誰がヘタレか、誰が」


 それきり特に会話するでもなく、ぼーっと道行く人と青空を眺める。

 威勢のいい売り文句と共に商品を掲げる商人、一杯の果実水を仲睦まじく分け合う恋人たち、母親の手を引いて小さな足で駆ける子供――

 未だ不躾な視線はあるものの、少し離れたところでは何気ない日常が広がっている。

 ちらりと横を見る。際立って美しいということを除けば、これといった不自然さのない少女。

 だが文字通り一皮剥けば、その下は硬質な機械部品が複雑に絡み合っている。そしてそれを動かすのはこの世ならざるモノ。


「そういえば、さ」


 ようやく落ち着いてきたところで、再び視点を空にやって呟くように口を開く。


「今日、夢を見たんだよね。少し昔の」


 特に返事をするでもなく、視線だけをチャーリーに向けて続きを待つメアリー。


「子供の頃に見た、凄い完成されたオートマタ。なんで今まで忘れてたのか自分でもびっくりしてるんだけど……あれが僕にとって、機械いじりに傾倒するきっかけだったんだと思う」

「……マスターは、魔術に寄らない方法で人々が平等に生活出来るような社会を作りたかったんですよね?」

「あぁうん。それも本音。既得権益にすがり付く魔術師とか、さっさとくたばれってのもね」


 不穏当な発言をしてから「こほん」と軽く咳をして。


「でも、きっと一番の願いはあのオートマタみたいな、機械部品だけでヒトの想像を表現する、そんなモノを作れる技師になることなんだろうなー、と」

「そう、ですか」

「だから……よっ、と」


 反動を付けてベンチから立ち上がり、そのままメアリーの前に立つ。

 なぜ、自分はこの正体不明の機械仕掛の少女を何の躊躇いもなく受け入れたのか。

 半分は自分の宝物だから。それもある。甲斐甲斐しく尽くしてくれるから。それもある。もっと単純に美少女だから。その下心も、全くないとは言わない。

 だが、何より一番の理由は――半分とはいえその在り方に、かつてのオートマタを重ねて、憧れたからだ。

 いつか、この少女のような機械を――と。

 無表情に瞬くメアリーに、手を差し出す。


「問題ばかりで情けないヘタレな主人だけど、良ければこれからも、よろしく」


 その顔と手を、何度も交互に見て。


「言われるまでもなく。私はマスターの忠実な従者(にんぎょう)ですから」


 手を取って立ち上がる。引き寄せられた勢いでその腕の中に飛び込む形になった。


「っと、ごめん。強く引きすぎた」

「あ、いえ」


 周りの目を気にしてさっと離れる二人。チャーリーは言うまでもなく、珍しくメアリーも視線をさ迷わせている。


「そ、それじゃ残りも見て回ろうか」

「はい……あ、それと一つ訂正を」


 歩こうと踏み出した足を止めて、振り返る。

 すると、今まで微妙な雰囲気程度にしか変わりのなかったメアリーが、


「見た目通りの細身ですが、ヘタレというには少しばかりがっちりしているんですね、ご主人さま?」


 ほんの少し、口角を上げたその表情は間違いなく『笑顔』であった。

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